バッコ博士の構造塾

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貫とは:柔らかい構造は現代建築にマッチするか

現在、木造住宅の耐震性能は壁の量が足りるかどうか(壁量計算)により確認されることがほとんどです。基本的に「壁の量さえあれば大丈夫」という考え方です。

壁量計算がわかる

 

しかし、寺や神社、古民家など古くからある建物の中には壁のないものも存在します。これらの建物はこの地震国日本において、どうやって長い年月を乗り越えてきたのでしょうか。

 

それは壁以外に地震の力に抵抗できる要素を有しているからです。ここでは昔ながらの地震抵抗要素である「貫(ぬき)」について考えてみます。

 

 

貫とは

柱などの垂直な部材の間に架け渡す水平な部材を「貫」と言います。柱が地震により倒れようとするのを貫が妨げるので、建物が変形しにくくなります。

 

貫を取り付けるのに釘や金物は使用しません。柱などに孔を空け、そこに材を貫通させて取り付けるので「貫」と言うわけです。

 

ただ孔に通しただけではズレて落ちてしまいます。そのため孔には突起が、貫には窪みがあり、両者が嚙み合ってズレないようになっています。

 

しかし、孔のサイズとそこに通す貫の大きさが同じだと突起が引っかかってしまうので、孔は貫よりも大きくしてあります。そして、孔と貫との間を埋めてズレないように「楔(くさび)」を打ち込んで留めます。

 

柱の間に架け渡す水平な部材には「梁(はり)」もありますが、木造建物における梁の主な役割は床の重さを支えることです。そのため梁は床と同じ高さに設置しますが、貫は下の階の床と上の階の床の間の高さに設置します。

梁がわかる

 

貫単独で使用する場合もありますが、土壁などの下地としても使用されます。

 

貫構造はラーメン構造

現在の木造住宅に見られる「筋交い」や「構造用合板」は、材の「伸縮」や「ズレ」によって地震の力に抵抗します。このような構造を「ブレース構造」と言います。

ブレース構造がわかる

 

一方、貫では「曲げ」により地震の力に抵抗します。材の曲げによって地震に抵抗する構造を「ラーメン構造」と言います。

ラーメン構造がわかる

 

「伸縮」や「ズレ」に比べて「曲げ」は変形しやすいです。そのためラーメン構造は柔らかい構造と言うことができます。

 

しかも、木造のラーメン構造は鉄骨造や鉄筋コンクリート造のラーメン構造よりもさらに柔らかくなります。

 

鉄骨造の場合はボルトや溶接によって、鉄筋コンクリート造の場合は柱と梁を同時に造ることによって柱や梁を一体化することができます。しかし、木造の場合は孔を空け、材を嚙み合わせ、楔を打って留めるというやり方なので完全には一体化できません。

 

材自体が曲がって変形するのに加え材と材との間がズレて回転してしまうので、貫を用いた建物(貫構造)は非常に柔らかくなります。

 

貫構造の耐震性

地震に抵抗する要素(貫、筋交いなど)がどのくらい効果的かを判断するには、その要素の「力と変形の関係」が重要になります。

 

どのくらいの硬さがあるのか(剛性)、どのくらいの力に耐えられるのか(強さ)、どのくらい変形できるのか(靭性)といったことを読み取り、それらを総合して判断します。

「硬さ」と「強さ」靭性とは

 

硬さ

前述したように「曲げ」で抵抗する貫は柔らかいです。また、材と材とのつなぎ目も他の木造に比べて柔らかくなっています。

 

金物を介して材をつなぐ場合「木-金属-木」となりますが、楔を介して材をつなぐ貫の場合は「木―木―木」となります。当然金属より木のほうが柔らかいので、間に「木」を挟む貫のつなぎ目はより一層柔らかくなるのです。

 

柔らかいということは、同じ力を発揮するためにはたくさん変形しなくてはならないということです。変形が大きくなると壁紙や外装材に被害が出やすくなります。

 

強さ

硬さと同様、「伸縮」に比べて「曲げ」は弱く、大きな力を負担することはできません。また、柱に孔を空けて配置するため、貫の断面を大きくするのも難しいです。

 

その代わりと言ってはなんですが、柱と柱の間に一本だけではなく、二本、三本と設置することが可能です。数を増やせばそれだけ強くなります。

 

しかし元々あまり強くないわけですから、数を増やしたところで限界はあります。住宅に使用するような細い柱に設置される、それよりもさらに細い貫だけで地震の力をすべて負担するのは大変かもしれません。

 

変形性能(靭性)

部材がたくさん変形できれば、それだけ多くのエネルギーを保持することができます。そして、保持できるエネルギーの量は建物の倒れにくさとほぼ同じです。

 

貫構造は柔らかいだけあって変形性能が高いです。筋交いなどでは最大の力を発揮するのは階高の1/60~1/30程度(数cm)変形したときですが、貫では階高の1/10(20-30cm)も変形したときです。

 

しかし、貫の変形性能はつなぎ目周辺の木がめり込むことで実現されています。一度めり込むと元には戻り切らないので、二度目の変形時にはほとんど力を発揮しません

 

そのため、変形能力が高い割にはエネルギーを保持する能力は低い構造と言えます。

 

総合評価

「柔らかくて、耐えられる力が小さくて、変形性能が高い」のが貫構造ということになります。また、一度大きく変形するとさらに柔らかくなります。

 

変形性能が高いので「傾いたとしても倒壊には至らない」かもしれません。しかし耐えられる力自体が小さいので、一気に地震のエネルギーが入ってくるとそのままパタンと倒れてしまうこともあり得ます。

 

また、柔らかいということは小さな地震でも大きく変形するということです。構造体自体に損傷が出なくても内外装材に被害を受ける可能性が高まります。

 

うまく設計すれば地震で倒れにくい建物となる可能性はありますが、筋交いや合板を多用した現代の建物のほうがより簡単に耐震性を高めることができるのではないでしょうか。

 

熊本地震における被害

2016年の熊本地震では貫などによって地震に抵抗する伝統構法の建物が大きな被害を受けました。

熊本地震の被害状況から考える木造住宅の耐震性

 

もちろん「伝統構法≒古い建物」なので耐震性が低いのはある程度仕方ないのですが、新しいものであっても何かしらの被害を受けたものが多いです。2000年以降に現代構法で建てられた住宅の多くが無被害であることを考えると、やはり耐震性が高いとは言い難いです。

 

貫は先人たちによって生み出された優れた技術かもしれません。しかし、あくまでもその当時の実状に合わせて最適化された技術です。

 

よい部分は取り入れるべきですが、盲目的に「昔の大工さんはすごかった」と考えてしまうのは危険かもしれません。

 

 

参考文献

羽生田ほか:伝統木造社寺建築物における楔を有する柱‐貫仕口の履歴特性に関する実験的研究、日本建築学会構造系論文集、2019.4  など