バッコ博士の構造塾

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特定天井の耐震化:天井落下による被害とその対策

地震による死亡の原因の多くは家屋の倒壊や家具の転倒による圧死です。そのため建物の耐震化や家具の転倒防止措置が推奨されています。

住宅とマンションとで違う家具の転倒防止

 

しかし、その二つだけを防げればいいというわけではありません。たとえば天井の落下も多数の死傷者につながる重大な事象です。

 

しかし、比較的最近まで天井についてはそれほど注意が払われてこなかったようです。意外に見落とされがちな天井の耐震化について見てみることにします。

 

 

天井落下による人的被害

大きな地震がある度にコンサートホールや体育館、屋内プールなどの天井が落下しています。深夜や早朝の地震であれば人的被害は出にくいものの、週末の利用客がピークの時間帯であれば被害は拡大します。

 

2005年の8・16宮城地震では、震度5強を観測した地区の屋内プールで天井の落下が生じました。盆休み中の昼前の時間帯のため利用客も多く、35名もの負傷者が出ています。

 

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)では地震の規模が大きく、震源から遠く離れた首都圏でも多数の被害が出ました。中でも東京都のホールでは人命が損なわれるという大変な事故となりました。

 

また、全国約1600の学校施設で天井材が落下したそうです。あまりに数が多くニュースとしては取り上げきれなかったでしょうが、生徒や教職員がケガをしたケースも多数あるはずです。

 

上記の事例では、建物の構造体に被害が出るような大きな震度の揺れではありませんでした。それにも関わらず大きな人的被害につながっています。

 

天井の構成

天井の役割のひとつとして「目隠し」があります。建物には電気、水道、空調のためのいろいろな配線・配管がありますが、天井のおかげで利用者の目に触れることはありません。

 

外からはきれいな部分しか見えないため、毎日見ているはずがその裏側がどうなっているかは意外に知らないものです。耐震化の話の前に、天井の基本的な構成を押さえておきましょう。

 

まず、天井の大半は上から吊られています。上の階の床の下側にペタッと貼りつけられているわけではありません。

 

天井の裏にたくさんの配線、配管があることを思えば当然です。上の階の床と天井の間にスペースを確保する必要があります。

 

まず、上階の床から吊りボルトという細長い材を吊り下げます。吊りボルトの下端にはハンガーというフック上の金物を取り付けます。

 

このハンガー間に野縁受けという水平の材を架け渡します。これで吊りボルトとハンガーによる「点」の状態から野縁受けによる「線」の状態になります。

 

そして野縁受けにクリップという小さな材を引っ掛け、このクリップを介して野縁というこれまた水平の材を野縁受けと直交するように架け渡します。

 

最後にこの野縁に天井板を貼り付けてようやく完成です。思った以上に多数の材が使用されていたのではないでしょうか。

 

整理すると、上階床から始まって、

吊りボルト ⇒ ハンガー ⇒ 野縁受け ⇒ クリップ ⇒ 野縁 ⇒ 天井板、という流れです。

 

天井耐震化の動き

今も昔も天井の被害が起こっているのは同じです。ではなぜ注目され出したかというと、相対的に建物が強くなってきたからです。

 

以前は建物自体が壊れることによる被害が目立ちましたが、最近は耐震性の向上により倒壊・全壊の比率が低下してきました。しかし天井の耐震化は遅々として進んでいません。

 

その結果、「天井も建物も壊れた」という状態から「建物は無事だけど天井は壊れた」という状態に移行して来たためです。

 

ここでは天井の耐震化に向けた国の対策をかいつまんで見てみます。 

 

『伊予地震被害調査報告の送付について(技術的助言)』

まず、2001年の伊予地震のあと技術的助言が出されました。以下の2つがポイントです。

 

・構造躯体と天井の間に隙間を設けること

・吊りボルトが長くなる場合は吊りボルト同士をつなぎ材で連結すること

 

上述の通り、天井は上の階の床から吊られているだけです。地震で建物の床が揺れれば、そこから吊られている天井も揺れます。

 

建物と天井は揺れる周期が違いますし、天井の揺れは吊り元の床より増幅します。そのため柱や壁と天井が衝突し、破損する可能性があります。

 

そこで、構造躯体と天井の間に隙間を設けることでそれを防ごうということです。また、吊りボルトをつなぎ材で連結することで振れ止めとし、天井の揺れ幅自体を小さくしようとしています。

 

『大規模空間を持つ建築物の天井の崩落対策について(技術的助言)』

2003年の十勝沖地震のあとにも技術的助言が出されました。5つ項目が挙げられていますが、重要と思う2つを示します。

 

・天井面に凹凸や段差があるときは相互に隙間を設けること

・既設の天井ですぐに改善できないものはネットなどで落下防止措置を取ること

 

構造躯体と天井との間の隙間についてはすでに言及されていましたが、同じ天井同士であっても隙間が必要な場合があります。吊りボルトの長さが違ったり部分的に補強されていたりすると局所的に揺れ方が違うためぶつかってしまうのです。

 

また、天井は多数の部材からできているため、補強は簡単ではありません。とにかく人的被害を防ぐために「ネット」という応急措置が提案されています。

 

『特定天井及び特定天井の構造耐力上安全な構造方法を定める件(国交省告示第771号)』

上記の他に、2005年、2008年には耐震化対策の実施状況調査や徹底が求められています。

 

しかし、特筆すべき大きな動きは2011年の東北地方太平洋沖地震のあとです。2013年の建築基準法施行令の改正と国交省告示の公布です。

 

そこでは「特定天井」というものが規定され、これまでのような「助言」ではなく、「特定天井は構造耐力上安全なものとしなさい」という「強制」に変わりました。

 

特定天井とは

では、特定天井とはどういった天井のことを言うのでしょうか。

 

まず、「吊り天井」であることが前提です。上階の床の下側に直接天井を貼った「直天井」であればそもそも落下の危険性は低いため対象ではありません。

 

吊り天井であって、かつ以下の項目すべてを満たしているものが特定天井となります。

 

・高さ6m超

・面積200m2

・質量2kg/m2

・人が日常的に利用する場所

 

人的被害を抑えるのが目的ですので、そもそも人的被害が出ないような天井は対象とはなりません。天井が低ければ落下の速度は小さいですし、天井自体が軽ければ高いところから降ってきても問題ありません。

 

また、人が日常的に利用しないのであれば危険度は非常に低くなります。

 

面積については微妙なところですが、少なくとも地震時に避難スペースとなるような大規模な空間に関しては該当するということです。

 

過去に被害が出ているコンサートホール、体育館、屋内プールは完全に該当するでしょう。他にもホテルのロビーや大型オフィスのエントランスなどがあります。

 

天井の耐震対策

広くて階高の大きい空間の天井をどのようにすれば安全性を確保できるでしょうか。

補強

耐震性が不足しているのなら、新設であれ既設であれ、建物同様耐震補強が必要です。補強には斜めの材(ブレース)を設けます。

 

建物の場合、柱と柱の間にブレースを追加して補強します。では天井の場合、柱に該当する吊りボルトと吊りボルトの間にブレースを追加すればいいかというと違います。

 

吊りボルトは非常に細いため、ブレースの追加によって力が集中するとグニッと曲がってしまう(座屈)ので補強にならないのです。

座屈がわかる

 

そのためブレースは吊りボルト間に「/」のように設置するのではなく、2本のブレースを対にして「V字型」にして設置しなくてはなりません。

 

天井レス

天井の落下が嫌なら天井を無くす、これが一番安全かつ簡単な方法です。身も蓋もないように思われるかもしれませんが、実際に多数行われています。

 

例えば、体育館の天井裏は特に大した設備もありませんから、むき出しにしても問題になることは少ないです。体育館は日本全国多数ありますから、早く安く簡単にできる方法として非常に有効です。

 

オフィスや商業施設でも天井を貼らず、配線・配管をむき出しにしているものが多くあります。それほど階高はないので特定天井には該当しないことが多いでしょうが、安価で安全、かつ見せ方によってはお洒落にもなると三拍子そろっています。

 

軽い天井

どれだけ補強しても、設計時に考慮した以上の力が生じれば落下は免れません。であれば元々落ちてもいいような天井にしようということで、天井を軽くするという発想もあります。

 

天井の重量はピンキリですが、オフィスなどでは10~20kg/m2程度でしょうか。告示では2kg/m2超が条件でしたから、重量を従来の1/10くらいにしてしまえばどこでも自由に使えるようになります。

 

特に東北地方太平洋沖地震以降、何が何でも壊れないようにすると言うよりは、あえて壊す、壊れる場所を限定する、壊れても大丈夫にするといった考え方が建築業界にも浸透してきたように思います。

 

 

参考文献

株式会社桐井製作所:その天井が危ない!、ダイヤモンド・ビジネス企画、2014.4