「構造計算」という言葉をご存知でしょうか。ご自宅を建てたことがある人なら一度は聞いたことがあるかもしれません。
構造計算とは「建物の安全性を確認するための計算」のことです。この計算のおかげで地震や台風などに対しても被害が大幅に抑えられています。
ただ、規模が小さく数も多い木造2階建ての住宅の場合は計算を省略している場合がほとんどです。「壁量計算」という簡易な方法でしか安全性を確認していません。そのため「我が家はちゃんと構造計算されているのか」と気にされる人も多いです。
しかし意外と知られていないのが、一口に構造計算と言っても計算方法にはいくつかの種類があるということです。そして住宅の構造計算といえば「許容応力度計算」を指していることがほとんどです。
ここでは構造計算の基本となる「許容応力度計算」について解説します。
構造計算における許容応力度計算の位置づけ
許容応力度計算のことを理解するために、他の計算方法と比較しながら見てみましょう。
構造計算は大きく以下の4つに分類することができます。
この中で許容応力度計算が最も簡単な計算方法です。番号が大きくなるほど難易度が上がっていきます。
なぜ許容応力度計算が簡単かというと、大地震ではなく重力や中小地震といった小さめの力を対象とした計算方法だからです。ひび割れが入ったり柱や梁が損傷したりして建物の状態が変化してしまうようなことは考慮しないのです。
仮に建物各部に許容値を超える力が生じることが分かっても、許容値を超えたということ以外はわかりません。その部材が損傷することでその後建物がどうなるかを示してはくれません。許容応力度計算でわかるのは、想定した力に対して建物が損傷するかどうかだけなのです。
当然ながら、「建物が損傷しない」と「建物が倒れる」の間には「部分的には壊れたけど倒れない」という状態が存在しますが、許容応力度計算では取り扱えません。建物が倒れる・倒れないという極限の状態は他の計算にお任せしているのです。
昔はコンピュータの性能も低く、また実験データも十分ではなかったため、簡単な計算しかできませんでした。その後いろいろなことがわかってくる中で新しい計算方法が拡充されていったのです。
今では難しい計算も可能ですので、まず「許容応力度計算で中小地震に対し損傷しないことを確認」、次に「その他の計算で大地震に対し倒壊しないことを確認」という二段構えになっています。
許容応力度計算は安全性確認の第一段階なのです。構造計算の基礎であり、非常に重要ではあるのですが、これだけで十分ということではありません。
許容応力度計算の手順
次に、どういった手順で計算するかを見ていきましょう。手順がわかれば全体像が見えてきます。
外力の設定
最初に書いた通り、構造計算の目的は建物の安全性を確認することです。では、一体何に対して安全であればいいのでしょうか。
重力や風、地震などがすぐに思いつくかと思いますが、建物によっては雪や津波、土圧なども含まれます。こうした建物の外側から建物に作用する力を「外力」といいます。
この外力に対して安全であるかどうかを確認することになるわけですが、外力は建物ごとに違います。建物の高さ、立地、建物の形状、その他いろいろな条件で変化します。
そのため、まずどのくらいの外力が作用するかを設定することから始めます。
まず絶対に考慮しなくてはならないのが重力です。建物の重さを知るために柱や梁などの骨組自身の重さ、建物内部にある人や家具の重さを一つずつ拾っていかなくてはなりません。
風の場合は風が強い地域かどうか、風を受ける面積はどのくらいかということが重要です。地震の場合は地面が硬いかどうか、建物自身が硬いかどうか、そしてどの程度重たいかといったことが重要です。
基本的には法律で地震や風による外力の設定の仕方は事細かに決められています。
応力の計算
建物に作用する力を設定した後、今度は建物の各部材にかかる力を計算します。建物の各部材に生じる力のことを「応力」と言います。
応力の計算には電卓1つあれば事足ります。実際、昔の人たちは電卓と紙とペンだけで設計を行っていました。
とはいえ、複雑な建物に生じる応力を精緻に素早く計算するには構造計算ソフトが不可欠です。建物を解析モデルに置き換え、計算を行います。
柱や梁、壁の一つ一つにどのくらいの力が作用するかがわかります。
許容応力度の確認
各部材の応力がわかれば、その部材が損傷するかどうかがわかります。損傷するのならより強い部材に取り換えて再度計算を行います。
応力の計算⇒損傷の有無の確認⇒部材の変更⇒応力の再計算⇒・・・という手順を繰り返し、全ての部材が損傷しないという結果になれば終了です。
では、損傷するかどうかの判断とは一体どのようにやるのでしょうか。
応力の大きい、小さいは計算結果の数字をみればすぐにわかりますが、その数字がその部材にとって大きいのか小さいのかはすぐには分かりません。太い部材にとっては小さくても、細い部材にとっては大きいかもしれないからです。
そこで出てくるのが「応力度」という考え方です。「度」がついただけですが、「応力」と「応力度」では全く違います。
部材一つ一つに生じる力の大きさが「応力」でしたが、部材の単位面積あたりに生じる力が「応力度」です。同じ10tの応力が作用したとしても、細い柱よりも太い柱の方が応力度は小さくなります。
そして、コンクリートや鉄など、建物に使用する材料には「許容応力度」というものが定められています。「応力度がこれより小さければ損傷しない」という値です。各部材に生じる応力度が許容応力度以下であれば損傷しないことを確認したことになります。
「各部材に生じる応力度<許容応力度」を確認するので許容応力度計算というわけです。
変形の計算
各部材に生じる応力度が許容応力度以下であれば、建物の骨組に損傷は生じません。しかし、骨組に損傷が生じないことは建物に損傷が無いことと同じではありません。
とても強い材料を使うことで柱や梁を非常に細くすることも可能です。しかし、骨組を細くすると変形が大きくなります。
変形が大きくなると、骨組は無事でも壁紙が破れたりドアが開かなくなったりといった不具合が生じます。中小地震のたびに不具合が生じては困るので、変形についても制限値が決められています。
重力に対しては部材の長さの何分の一以下の変形にしなさい、地震や風に対しては階高の何分の一以下の変形にしなさいという規定です。
なぜ許容応力度計算だけでいいのか
前述の様に、許容応力度計算は二段階ある安全性確認の第一段階でしかありません。
しかし木造3階建ての住宅では許容応力度計算のみが必須で、それ以降の確認は必要ありません。木造2階建ての住宅に至っては構造計算自体が不要で、許容応力度計算すらほとんどやっていないというのが現状です。
地震国日本において地震に対する安全性の確認をしないとはいったいどういうことなのでしょうか。そんなことで安心して暮らせるのでしょうか。
結論を先にいってしまえば、おそらく大丈夫でしょう。なぜなら、第一段階がOKであれば第二段階もほぼ自動的にOKとなるように設定がされているからです。
木造住宅に使用されている耐力壁は非常に変形能力が高いものです。かなりの変形までしっかりと機能します。
つまり、「損傷し出す」と「機能しなくなる」の間が非常に広いということです。そのため「震度5強で損傷しない」ということを確認しておけば、「震度6強でも倒れない」ということが間接的に言えるのです。
二階建ての木造住宅の場合は「壁量計算」という壁の量の確認作業があります。この規定を守れば恐らく許容応力度計算もOK、ということは恐らく大地震でもOK、ということです。
三階建ての木造住宅の場合は規模が若干大きいので壁量計算だけだと許容応力度計算がOKとならない可能性が上がります。そのため許容応力度計算は必須、でも許容応力度計算がOKなら恐らく大地震でもOK、ということです。
21/4/27追記
「壁量計算がOK=許容応力度OKではないのではないか、実際には壁が不足するのではないか」とのコメントをいただきました。ありがとうございます。
この点、まったくご指摘の通りです。実際に計算してみれば明らかに不足します。
「精度の低い計算(壁量計算)」は計算値と実際とのズレが大きいので安全率を大きめにとる、「精度の高い計算(許容応力度計算)」はズレが小さいので安全率を小さめにとる、だから「精度の低い計算」を適用しても問題無い、というのが本来あるべき姿です。
しかし、実際には精度の高い許容応力度計算の方が安全率が大きく(地震の力を大きめに評価)なっています。とてもおかしな状況と言えます。
ですので「壁量計算がOK=許容応力度OK」はあくまでも「そうであるべき」というだけで、実状はそうはなっていません。「あるべき論」をあたかも「実際の話」のように書いてしまっておりました。
ご指摘箇所を線で消させていただきました。失礼いたしました。
間違った情報を広めずに済み、大変感謝しております。