バッコ博士の構造塾

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壁量計算がよくわかる:4分割法の意味と構造計算との違い

2階建ての木造住宅のほとんどは「構造計算」をせずに建てられている、と言うと驚かれるでしょうか。建設業界ではよく知られていることですが、一般的にはあまり知られていないようです。

 

とはいえ最近は簡単になんでも検索できるので、住宅購入を検討された方や自宅の耐震性が気になった方は知っているかもしれません。

 

何にせよ、あなたが知っていようがいまいが今日もたくさんの木造住宅が構造計算することなく建てられています。そして、法律はこれを認めています。

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では地震に対する検討が一切されていないかと言うと、そうではありません。構造計算の代わりに「壁量計算」を行っているのです。

 

そして、この壁量計算がなかなか優秀なのです。

 

 

壁量計算

なぜ壁の量か

壁量計算では文字通り「壁」の「量」により建物の強さを判定します。壁が多ければ多いほど強い建物ということになります。

 

しかし、世の中には壁の無い「ラーメン構造」と呼ばれる構造形式があります。強い建物を造るために、壁は絶対に必要なものではありません。

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ではなぜ、木造の住宅では壁の量が重視されるのでしょうか。

 

それは、柱と梁をがっしりと繋げることが難しいからです。専門用語で言うと、「剛接合」にすることが難しいということです。

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そのため、柱はほとんど地震の力に抵抗することができません。地震に抵抗できるのは壁しかないのです。

 

また、断面積が同じ場合、断面が正方形の柱よりも平べったい長方形の壁の方が断然硬くて強い部材になります。少ない材料で効率よく強い建物を造るには、壁の方が都合がいいのです。

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必要壁量

壁の量が重要なことはお分かりいただけたかと思います。では、必要な壁の量はどのように計算するのでしょうか。

 

建物の鉛直方向(縦方向)に作用するのは重力や雪ですが、水平方向(横方向)に作用するのは地震です。この2つの力に対して安全になるよう壁の量を決定します。

 

風の力は、風を受ける部分の面積に比例します。平面形状が長方形の建物であれば、細長い面と横に広い面とで必要な壁の量が変わることになります。

 

地震の力は、建物の重さに比例します。建物ごとに重さは違いますが、法律上は標準的な重さが設定されています。屋根に関しては「重い」か「軽い」かの違いがあります。

 

計算上の地震の力が必ずしも風の力よりも大きくなるとは限りません。細長い建物の場合、風の力によって必要な壁の量が決まることもあります。

 

当然2階よりも1階の方が必要な壁の量は多くなります。必要な壁の量は1㎡あたり〇〇mというように、長さで与えられます。

 

ただ、どんな地震や風が起こるかわからない以上、必要量を設ければ絶対に大丈夫というわけではありません。過去の地震被害や実験の結果を基に、倒壊の恐れが少ないよう設定されているだけです。

 

壁倍率

必要な壁の量は○○mというように長さで表されると書きました。ただ、ヒョロヒョロな筋違でできた壁と分厚い合板を打ち付けてある壁とでは、負担できる力が違います。

 

あくまでも「普通の壁」が○○m必要というだけで、普通よりも強い壁であればもっと壁の長さを少なくすることができます。その壁がどれくらい普通の壁よりも強いかを表しているのが「壁倍率」です。

 

1.5cm×9cmの筋違を設けた壁は壁倍率が1となり、標準的な壁と言うことができます。壁の造りに応じて、壁倍率は0.5~5.0の値をとります。

 

計算上は、壁倍率が1.0の壁5mと壁倍率が5.0の壁1mは同じ強さになります。そのため、壁倍率が大きいものを使用すれば壁の数を減らすことができます。

 

計算方法

同じ「計算」であっても、「構造計算」と比べると大した作業は必要ありません。電卓1つあれば事足りるレベルです。

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建物の床面積や受風面積を求め、それに係数を掛ければ必要な壁の量は算出できます。あとは壁の長さと壁倍率を掛け合わせたものの総和が、必要な壁の量を上回っているか確認するだけです。

 

別に構造力学の素養は必要ありません。一般の方でも計算例を参照しながらであれば簡単に計算可能です。実際、「自分で計算してみた」という人も多数います。

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4分割法

壁の配置バランス

基本的に壁の量が多ければ多いほど強い建物になるのは確かですが、闇雲に設ければいいというものではありません。壁をバランスよく配置することが重要です。

 

バランスがいい・悪いを判断する指標として「偏心率」があります。ただ、この値をいちいち算出するのは手間で、せっかく「壁量計算」という簡単な計算を取り入れた意味がありません。

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そこで、より簡単に壁の配置バランスを確認するために用いる計算方法が4分割法」です。「構造計算」しない場合には、「壁量計算」だけでなく「4分割法」による検証も行わなくてはなりません。

 

計算方法

その名の通り、建物を4分割して考えます。建物の右側4分の1の範囲にある壁と、建物の左側4分の1の範囲にある壁の量を比べます。

 

このとき、片側の壁の量がもう片側の半分以下になっていてはいけません。反対側の半分も壁が無いようだとバランスが悪い、ということです。

 

ただし、バランスが悪くても大丈夫な場合もあります。「片方の壁が多過ぎるだけで、少ない側の壁も十分地震に耐えられる」という状況です。

 

「片側に必要な壁の量」に対する「実際にある壁の量」の比率を「壁充足率」といい、これが1を超えていれば左右のバランスを気にしなくてもよくなります。

 

つまり、「いっぱい壁があればバランスが悪くても大丈夫」ということです。とはいえ、壁の量が同じであればバランスをよくした方が強い建物になります。

 

4分割法の意味

構造設計者以外でこの計算の意味がすんなりと理解できる方はほとんどいないでしょう。

 

なぜ建物を4つに分割するのでしょうか。真ん中にある壁は考慮しなくてもいいのでしょうか。バランスが悪くても壁がたくさんあれば大丈夫とはどういうことなのでしょうか。

 

まず、真ん中にある壁は「壁量計算」で考慮しています。すでにその効果はしっかりと見込まれているのです。「真ん中にある壁は地震に効果が無い」と残念な勘違いをしている建築士も一部いるにはいますが。

 

基本的に、真ん中に集まっている壁は配置バランスへの影響が小さいのです。右にも左にも寄っていないので当然です。そこで左右4分の1を外、残りを真ん中と分けているのです。

 

次に、バランスが悪くても大丈夫な理由を考えてみましょう。

 

建物中心部を横から押したとき、壁が多い側と少ない側とではどちらが大きく変形するでしょうか。ねじれが生じ、壁が少ない側が大きく変形します。

 

では壁が多い側から壁の量を減らし、左右のバランスをよくした場合はどうなるでしょうか。この場合はねじれが生じず、左右が同じだけ変形します。

 

しかし、前者の壁が少ない側の変形と後者の変形を比べた場合、前者の方が変形は小さくなります。ねじれが生じるのは、壁が少ない側の変形を壁が多い側が止めようとするからです。

 

バランスももちろん大切ですが、バランスが全てではないということです。

 

構造計算との違い

「壁量計算」と「4分割法」について説明してきました。この2つの簡便な計算を行えば「構造計算」をしなくても木造住宅を建てることができます。

 

人に依っては「簡便と言う割には大変だ」と思うかもしれません。ただ、住宅という通常の工業製品と比べて巨大で高価なものであることを考えれば、非常に簡単な計算と言えるでしょう。

 

では、「構造計算」では実際にどんなことをしなくてはいけないのでしょうか。「壁量計算」と比べて何が違うのでしょうか。

構造計算とは?真面目に計算した建物ほど弱くなる不思議

 

重さの設定

地震の力は重さに比例すると書きました。「壁量計算」では標準的な重さが決められていますが、「構造計算」ではある程度実状に合わせて建物の重さを算定します。

 

骨組を構成する木材の量や仕上げ材の種類は建物ごとに違います。それらの重量を一つ一つ加算していくことで、標準的な値を用いるよりも正確に重さを導き出すことができます。

 

とはいえ、そこまで精緻な値が出るわけではありません。自然材料である木材の比重はばらつきがありますし、家具も買い替えるかもしれませんし、建物内にいる人の数も一定ではありません。

 

計算の結果、標準的な重量よりも軽い値になったとすれば、「壁量計算」よりも小さめの地震の力で設計を行うことになります。

 

これを「実状に応じて理に適った計算」と捉える人もいれば、「壁の量を少なくする危険な行為」と捉える人もいるかもしれません。また、標準的な重量よりも重い値になったとすれば、逆の感想を抱く人もいるでしょう。

 

負担する力

構造計算を行うには力学モデルを作成し、解析ソフトに入力しなくてはなりません。これがかなりの労力を要します。

 

もちろん電卓だけでもできなくはないのですが、さらに時間がかかるのでまずやりません。その上、計算精度も劣ります。

 

柱や壁などの各部材が重力や地震の力をどの程度負担するかは、硬さの比率に依ります。硬い部材ほど大きい力を負担します。

 

同じ壁であっても、周囲に取り付く柱や梁の状況で硬さは変化します。解析ソフトを用いることでこの硬さの変化を知ることができ、結果として負担する力を求めることができます。

 

「壁量計算」では「まぁ、同じ壁なら硬さも大体同じだよね」というのが根底にあります。そのため力が極端に一部の部材に偏らず、十分な壁の量さえ確保できれば安全性が保たれると考えることができるのです。

 

変形

力学モデルを入力しさえすれば、建物がどの程度変形するかは解析ソフトが計算してくれます。柱や梁の影響を考慮して、建物の硬さをしっかりと評価しているからです。

 

「壁量計算」では、「柱や梁の影響はよくわからない」わけです。そうなると壁の硬さの変化が分からないため、どの程度変形するかは「なんとなく」程度しかわからなくなります。

 

なぜ構造計算をしないのか

「壁量計算」よりも「構造計算」の方が正確な計算ができるのは明らかです。

 

ではなぜ全ての建物に対して「構造計算」をしないのでしょうか。なぜ「壁量計算」だけでいいのでしょうか。

 

構造設計は人手不足

一級建築士の登録人数は30万人を超えます。かなりの大所帯と言ってもいいでしょう。しかし、その中で構造設計を専門としているのは2、あるいはそれ以下と言われています。

 

構造を生業としている人は6万人前後しかいません。そして、その上位資格である構造設計一級建築士は1万人程度(2018年11月現在)しかいません。

構造設計一級建築士試験体験記:勉強法と有資格者の位置づけ

 

また、有資格者の中には審査機関やコンサルの人たちもいます。本当に構造設計がわかっている実務者はそんなに多くないのです。

 

構造計算を必須とすれば、今まで通りの数をこなすことは不可能です。計算もそうですが、審査も間に合いません。

 

しかし、住宅産業に支えられている人の数は膨大です。住宅を造るのをやめるわけにはいかないのです。

 

そのために、誰でも出来、かつ誰がやってもそれなりの安全性を担保する計算方法が必要なのです。それが「壁量計算」です。

 

構造計算の精度

構造計算というのはいろいろな仮定の上で成り立っています。耐震工学はまだまだ不完全な学問です。

 

特に木造住宅ではその傾向が顕著です。不確定な要素が多いのです。

 

鉄骨やRCの建物に比べて重量が軽いため、構造計算に見込んでいない間仕切り壁やその他の要素の影響が顕著です。自然材料を用いているためばらつきも大きいです。

 

そのため、精緻なモデル化を行ったところで本当のことがわかるわけではありません。結局建物側に曖昧な部分が多く残されているからです。

 

そうであれば、「壁量計算」という少し精度が荒い計算を行ったところで影響は大きくありません。逆にその程度の捉え方をしておいた方が安全側に働く場合もあります。

 

構造計算がどうこうというより、優秀な構造設計者が担当したかどうかの方がよほど建物の安全性に寄与していると思います。