バッコ博士の構造塾

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構造力学は一級建築士に必要か:試験勉強中の君へ

建築を学ぶ学生は多数いますが、「構造力学」が苦手だという声はよく聞きます。

 

建築学科は工学部に属している「理系」の学科ですが、実際にはデザインや建築の歴史といった「文系」の講義が多くあります。他の工学系の学科に比べて、数学・物理に割く時間は圧倒的に少なくなっています。

 

そのためか、卒業するころには数式を見るのもダメになってしまう人が続出します。

 

また、意匠設計をやりたい、デザインが好きだ、といった工学的な側面では無い方に魅力を感じて入学する学生が多数混ざっています。これも力学が嫌いな学生を生む原因となっています。

 

「建築を生業とするのに構造力学もできないのはけしからん」のでしょうか。それとも「デザインをやるなら構造力学なんて知らなくてもいい」のでしょうか。

 

 

海外の教育から見る構造力学の必要性

日本では、「住宅の設計をしたい」、「超高層ビルを建ててみたい」、そう考える人は「建築学科」へ行きます。「の設計をしたい」、「ダムを造ってみたい」、そう考える人は「土木工学科」へ行きます。

 

海外では違います。「デザインをしたい」という人は「建築学科」へ、「構造をやりたい」という人は「土木工学科」へ行きます。

 

「何を造るか」に主眼を置くのが日本、「何をするのか」に主眼を置くのが海外、と言えるかもしれません。

 

日本では構造設計者であってもデザインの素養が多少あります。そして意匠設計者同様、「建築士」を名乗ります。

 

海外では専攻によってデザインのみ、または力学のみを大学で学ぶことになります。呼び名も”architect””engineer”というように異なるものになります。

 

「海外の建築は力学がわかっていないデザイナーが設計するからいまいちだ」というような評価を聞いたことがありません。であれば、日本でも力学を知らない建築士がいても問題無いように思います。

 

建築士の専門分化

建築の設計は大きく「意匠」「構造」「設備」の3つに分けられます。そして、それぞれの専門を持つ設計者が集まり、調整しながら建物を形作っていきます。

 

設計者の大部分、7割以上が意匠設計です。実際に構造力学を業務に用いる人は限られています。

建築士の専門分化:意匠屋さん本当に構造わかってる?

 

意匠設計者が「鉄筋コンクリートの建物にも関わらず柱と柱の間隔が20mも空いているような図面」を描いてくれば、構造設計者はがっかりします。

 

逆に、構造設計者が「開放感のあるロビーの真ん中に柱を追加する案」を持ってくれば、意匠設計者はがっかりします。

 

これは「意匠設計者が構造を知らない」から、あるいは「構造設計者がデザインを知らない」から起こることなのでしょうか。

 

それは恐らく違うと思います。この程度のことであればほんの少し経験を積めばわかることで、大学で勉強するような内容ではありません

 

「鉄筋コンクリートならせいぜい柱間は10m以下にしておこう」、「力学的に不合理でもロビーに柱は入れられないな」、これは常識的に身につく感覚です。

 

自分の専門ではない領域の実務に必要な知識は、実務を通してでしか得られません。そして、深い理解を要求されるようなものでもありません。

 

もちろん理解しているに越したことはありませんが、構造力学が分からなくても一流の意匠設計者になれます。

 

木造住宅の建築士

建物規模が大きくなれば、必ず構造設計者が構造を担当します。しかし、木造住宅のような小規模な建物であれば意匠設計者が全てをみることになる場合が圧倒的に多くなります。

 

木造住宅の場合、「構造計算」は必須ではなく、簡易な検討方法である「壁量計算」だけで済ませることができます。

木造住宅に構造計算は必要か?計算よりも大事なこと

 

そのため、構造力学を全く理解していなくても設計することが可能です。

 

では構造力学を知らなくてもいいかと言うと、そういうわけではありません。構造設計者が担当せず、構造計算も行われないからこそ意匠設計者自身が構造力学をよく理解しておく必要があるのです。

 

「建築基準法に従ってさえいればそれでいい」、そんな感覚の建築士がいます。「建築基準法だけが全てではない」と言いながら無知故に危険な設計をする建築士がいます。

家づくり体験記:構造のプロが犯した2つの失敗

 

法律の縛りがないからこそ、構造力学を理解しておいてほしいものです。残念な建築士にならないために、木造住宅の設計をしたいと考えている学生諸君は一生懸命構造力学を勉強してください。

 

建築士試験に構造力学は必要か

木造住宅を設計する建築士以外にはそれほど構造力学は重要ではないと書いてきました。しかし、建築士試験から構造力学を無くすべきだとは思いません。

 

資格を取れば名刺に「建築士」と書くわけです。「建築デザイナー」ではないのですから、施主は建築全般の専門家だと認識するでしょう。

 

自分の専門が何であろうと、「建築士」を名乗るなら建築全般に関する知識を有しておくべきです。

 

施主は建築士の専門分野など気にしません。気になることは何でも聞いてきます。施主からの質問に答えられる程度の知識は必要でしょう。

 

建築学科の学生で構造力学が苦手な方、そこまで気にする必要はありません。大学の講義で取り扱うような高度な力学は試験では要求されません。

 

簡単な演習問題だけは解けるようにしておきましょう。実務では使用しなくても試験には出るので、やっておいて損はありません。

 

資格試験の勉強中で構造力学が苦手な方、割り切って勉強しましょう。できるようになってしまえば暗記が必要ないので得点源にできます。

 

どうしてもわからないなら、それはそれで仕方ありません。他の問題で点数を取れるようにして、構造力学のことは忘れましょう。「わかる」より「受かる」が最優先です。

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