「紺屋の白袴」と言うが、「建築家の借家」も言えそうだ、と何かの記事で読んだことがあります。建築士も多忙なので、なかなか自分の家にまで手が回らないのでしょうか。意匠設計者が自宅の設計をしたという話はチラホラ聞きますが、構造設計者ではかなり少なくなります。
そもそも構造を専門としているのは「デザインのセンスは無いが、数学・物理は得意」という人がかなりの比率を占めます。必然的に、自分で設計しようとは思わないのでしょう。
そんな構造設計者が、自分で設計したわけでもなく、大手ハウスメーカーに頼んだわけでもなく、地元の工務店にプランを渡して家を建てたお話です。
家づくりに至るまでの経緯
マンションにしようか戸建にしようか、みなさんも一度は迷われたことがあるかと思います。モデルルームや住宅展示場に頻繁に通い、いろいろと悩みました。
でも、結局の決め手は子供の小学校でした。妻との長きに渡る議論の末「子供を転校させない」ことが絶対条件となり、そうなると条件に合うマンションがまったくありません。
戸建に絞って探し始めた矢先、立地・値段ともになかなかよさそうな物件のチラシがポストに入っていました。実際に見学に行ってみると環境もよく、小学校へも近くなります。ただ、肝心の建物は今一つ気に入りません。
帰ろうかなと思って外に出たところ、見学した建物の横に空き地があることに気づきました。聞くと、そこも近いうちに家を建てるつもりだが、プランは未定とのこと。好きなプランで建ててくれるというので即決しました。
これにより「構造設計者が描いたプランを地元の建築士が申請し、地元の工務店が建てる」という流れができました。
構造設計者の描くプラン
敷地は第一種低層住居専用地域で広さが100㎡強、建蔽率が60%、容積率が100%です。容積率、建蔽率ともに目一杯活用しました。
整形な建物ですが、2階に一部天井高さの低い収納部屋があり、その上にも部屋(2.5階)があります。2.5階の高さに建物を合わせているので、2階の階高は高いところで通常の1.5倍あります。リビングを2階にし、1階には間仕切り壁を多く入れられるようにしています。
また、奥行き1820mm、幅4550mmのバルコニーを設けています。片持ち(先端に柱がない)ではなく、しっかりと先端に柱を設けています。ただし、壁は短辺(1820mm)の片側にしか設けていません。
デザインのセンスは無いので、使いやすさを重視しました。その中で、できるだけ構造のバランスを考えた建物です。妻は壁紙やキッチンさえ自分の思い通りになれば満足なようで、あまりプランに口出しされずに済みました。
一応建築学科を卒業しているので、製図の授業も受けています。普通の建売住宅よりは少しこだわっているかな、というくらいのプランができたと思っています。
「これほど家づくりとは思い通りに行かないものか」と思うのは少し先の話です。
失敗1:建築の門外漢を過信
図面が出てこない ~専門用語がわからない営業~
先に言い訳をさせてください。家づくり中は公私に忙しく、建築士と工務店にほとんど任せきりになっていました。仕事ではないので、完全にお客さんとして振舞っていました。もっとよく見ておけばとも思いますが、とにかく話を先に進めましょう。
建築士を交えた最初の打ち合わせでこう伝えました、「軸組図ができたら見せてください」と。軸組図とは柱や梁などの構造部材のみが描かれた図面で、建物の骨組がよくわかる図面です。一般の方がわざわざ見たいというような図面ではありません。
「わかりもしないのに何でも見たがるうるさい客だ」と思われても嫌ですので、自分の身分はしっかりと営業、建築士の両方に事前に明かしてあります。「構造が専門なので、構造に関しては納得できる家にしたい」という旨を伝えました。
打ち合わせにあたって、こちらで用意したのは簡単な平面図のみです。壁の配置くらいは描いてあります。一から自分で設計する暇もありませんし、先方から出てきた図面に修正を入れようと考えていました。
そしてこの軸組図の初めての確認が、まさか上棟(建物の骨組が完了した状態)の当日になるとは思いもよりませんでした。この図面がひどい有様だったので大問題へと発展していくのですが、なぜ営業は図面を送ってこなかったのでしょうか。
実は、彼は図面を送っていたのです、少なくとも彼の中では。それも修正がある度に。
彼が一生懸命送ってくれていた図面は単なる立面図、建物の外観を描いただけの構造的に意味のない図面でした。いくら催促しても意味が無いわけです。
「え、これが軸組図じゃない?立面図?そうでしたか・・・先生(建築士のこと)そんな図面ありますか?」だそうです。40歳前後に見受けられましたが、軸組図を求められたのが初めての経験だったようです。一言「軸組図って?」と社内なり建築士なりに聞いておいてもらえればよかったのですが、知っているつもりだったのでしょうか。
モノづくりがわかっていない ~建設の工程がわからない営業~
建築現場には一週間か二週間に1度は行くようにしていました。図面は無くても、現地を確認することでわかることはたくさんあります。
「バルコニーを支える梁がやけに大きいな」「壁があるべきところに壁が無いが、まだ施工前かな」「床から壁に力が伝達できる作りになっていないけど、この後どうするのかな」と思いながら見ていました。
とはいえ一級建築士が設計・監理をしているのです。最後にはしっかり思った通りのものができるだろうと考えていました。これが完全に甘かったです。
営業の立ち合いで現場に行ったときに大工さんに聞いてみました、「ここと、ここと、ここと・・・はいつ工事しますか?」と。「いや、もう軸組の工事は終わったよ」と返されるとは思いませんでした。上棟していたようです。
営業に「え、途中で現場の立ち合いをして、修正の指示ができる場を作ってくれてと伝えましたよね」と聞くと、「今日がその日のつもりですが・・・」とのことでした。いや、別にいいですよ、今からでも修正可能であれば。上棟した後の修正、とても難しそうに見えますが。
失敗2:建築の専門家を過信
バルコニーが気になって仕方がない ~こだわりどころを間違える建築士~
上述しましたが、奥行き1820mmのバルコニーを設置しています。建築士としては先端に壁を設けないことがどうしても嫌だったらしく、「壁が必要です」を何度となく繰り返していました。今まで1820mm以上の奥行きで壁を設けなかったことがないらしいです。
先端に柱が無い、だから難しい、というのならわかります。先端に壁があったほうがいいというのもわかります。「法律上は壁無しでも建てられますが、法律が全てではないです」とおっしゃる気持ちもよく理解できます、同感ですね。
ただ、建物全体の構造のバランス、直交する壁の量、床の強さを考慮したうえで、地震の揺れを建物側に伝えられると判断しています。1820mm以上は自動的にNGというのは乱暴でしょう。結局壁は設置しないことになりました。
しかし、不安で仕方なかったのでしょう、バルコニーを支える梁が明らかに大きいのです。「地震でバルコニー先端の柱がずれて倒れても、重さを支えられるような部材にしました」とのことです。胸を張って回答いただきました。
相談無しの階高変更、その理屈は?
いや素晴らしいですね、そんな大変な状況まで考えて設計していただいて。恐縮です。ですが、その梁はバルコニー下だけでなく室内側にも当然続いています。梁を大きくしたことで「階高が100mm下がりました」はありえないでしょう。事前の報告も無しに、です。というより聞かなければ下がったことを答えなかったでしょう。
構造的にも突っ込みどころが満載です。まず「柱が無くても大丈夫な梁」にするのなら「柱」も無くしてくださいよ、と言いたい。別に好きで柱を設置しているわけではありません。柱が無くても大丈夫なのに柱を設置する理由がよくわかりません。
次に「柱がずれた場合」とはどういう状況を想定しているのでしょうか。「バルコニー先端の柱はずれたけど建物自体は健全で、バルコニーは建物から出ている梁で支えられている」ときに役立つ梁を設計してくれたわけです。そんなことありえますか。
まず、柱がずれるほどバルコニーが変形していれば梁も折れているでしょう。それに1820mmの片側に壁がついている床と、3640mmの両側に壁がついている床とはほとんど条件が同じです。3640mm以上壁間の距離が離れている床が他にもある中で、バルコニーだけに固執するほうが不自然です。
「では、壁から壁まで4550mm離れているこの床の真ん中にある柱もずれますね」には返答できず、「この柱がずれても支えられる梁になっていますか?」には「いえ、なっていません」の返答。
まさかバルコニーが残って、屋根が落ちてくる建物になっているとは。建築士の仮定が正しいとしたら、ですが。正しくないことを祈るばかりですが、祈りは届くでしょう。
プラプラな2.5階
天井高さが1400mm以下(条例によって異なります)であれば面積に参入しなくてもよいので、収納を増やすために6畳程度の天井高さの低い部屋を設けました。その上に設置した部屋は2.5階となります。ミサワホームの「蔵」のようなものです。
住宅展示場で情報を集めているとき「中二階は危ない」「スキップフロアは熊本でも被害が大きかった」と散々忠告されました。少し特殊な構造になるものの、そこまで危険性が増えるとは思えなかったのですが、今回の家づくりで理由がわかったような気がします。
2.5階部分は地震時に2階とは異なる動きをします。この部分をどう扱うかは、建築士の裁量によるところが大きいです。ということは、普段「ルールさえ守っていれば大丈夫」と考えている建築士にとっては鬼門です。
元々のプランには2.5階の揺れを下の階まで伝えられるよう、4辺に壁を配置してありました。それがなぜか3辺しかなくなっています。しかもそのうちの1辺は壁に力を伝えられない造りになっています。
壁が3辺に設置してあれば、床が頑張ることで力を伝えることはできます。しかし、4辺よりバランスが悪いのは明らかです。しかも今回はほとんど2辺しかないのと同じ状況でした。
建築士にぶつけた疑問は次の2点、「なぜ3辺しか壁がないのか」「そのうちの1辺は実質床と繋がっていないのではないか」です。
それでも過ちを認めない建築士
1つ目の疑問、「なぜ3辺」については「すみません、もう1辺追加します」という回答でした。建て主の指摘に対して何の説明・反論もなく「改めます」ではあまりにも情けなくありませんか。「え、じゃあ他にも危ないところがあるのでは?」と思われても仕方がないでしょう。「構造のことがわかっていないことを、ここに宣言します」というのと同じです。
そんな対応をしておきながら、2つ目の疑問「壁と床が繋がっていない」については「こういう考え方もあります」の一点張り。何が彼をそこまで頑なにさせたのでしょう。「ゼネコン勤めの若造に何がわかるのか」というところでしょうか。床と壁を繋ぐ補強をお願いしてもやってくれません。
確かにもう工事が進み過ぎていて難しいのはわかりますが(これは営業のせい)、こういうトラブル時こそ建築士の腕が試されると思います。最終的には「お絵かき」のような図面が建築士から提出され、それを大工さんが納まるように工事しました。
これで終わりならまだマシだったのですが、続きがあります。補強が壁の中で納まらず、部屋側に飛び出しているのです。しかもまたしても事前の報告無しに。そこは収納部屋の入り口のすぐ横で、とても大きなものを搬入できるような幅ではなくなってしまいました。
まともな設計も報告もできないなんて、どうかしています。これには呆れ果ててしまいました。これ以降、建築士は表に出てこなくなり、営業を介して意味の無い反論をしてくるだけになりました。
その後
いろいろすったもんだがありまして、最後には契約に至りました。驚くほど無駄にエネルギーを消費したな、という感じです。
営業は建築の専門家ではない、という当たり前の事実。戸建住宅が専門の建築士は構造設計者ではなく意匠設計者である、という当たり前の事実。この2つの事実を忘れ、過信してしまったのが大失敗でした。
彼らは驚くほど本質を理解していません。構造設計者は意匠設計者よりも知らないことが多いのも事実です。ただ、これまた当たり前のことですが、構造設計者の方が意匠設計者より構造のことを知っているということです。
住宅を建てる際に構造にかなりの重点を置かれている方は、ぜひぜひ本当の専門家のコンサルを受けてください。