2016年の熊本地震では最新(2000年)の耐震基準で設計された住宅でも何棟か倒壊しています。また、建築基準法に規定されている耐震性能の1.25倍の強さがあるとされる「耐震等級2」の住宅も倒壊しています。その理由の1つとして「直下率」の低さが挙げられています。
2階の柱のうち、1階の同じ位置にも柱がある割合を「柱の直下率」、2階の耐力壁のうち、1階の同じ位置にも耐力壁がある割合を「耐力壁の直下率」と言います。上下階で部材が連続しているかどうかは、少なからず耐震性に影響を与えます。
「直下率」が高いということは、「1階と2階で柱・耐力壁の位置が揃っている」ということなので、構造的なバランスのいい建物のように見えます。では、「直下率」を高めれば地震に強い建物になるのでしょうか。
直下率とは
上述したように、直下率とは上下階で柱や耐力壁が連続している割合を表しています。
直下率の計算
もし2階の柱が20本あり、そのうち1階の同じ位置にも柱があるものが12本であれば12/20なので、柱の直下率は60%ということになります。
もし2階の耐力壁が12mあり、そのうち1階の同じ位置にも耐力壁があるものが8mであれば8/12なので、耐力壁の直下率は67%ということになります。
ただし、耐力壁には作用する方向がありますので、平面図を見たときに「横方向に長い壁(X方向)」と「縦方向に長い壁(Y方向)」の区別をして計算しましょう。「横長の壁は〇%、縦長の壁は△%」というように、2つ値が求まります。
ちなみに「1階に柱・耐力壁があって、その上の2階に柱・耐力壁が無い」というのは関係ありません。あくまでも2階の柱・耐力壁の下にあるかどうかです。
1階と2階の図面を照らし合わせ、柱の本数や耐力壁の長さを数えるだけなので、直下率は誰でも簡単に計算できる値と言えるでしょう。
直下率の推奨値
建築基準法には「直下率」という言葉は出てきません。「四隅の柱は通し柱にする」と書かれているだけです。
「通し柱」とは上下階で連続した一本の柱です。通常の柱は「管柱(くだばしら)」と呼ばれ、1階と2階で柱は切れており、金物を通して一体化されています。
建物の耐震性能を表す指標の1つである「耐震等級」の取得においても「直下率」に関する記述はありません。直下率がいくら低くても、耐震等級の取得は可能ということです。
耐震等級3は取れるなら取ろう:建築士が優秀じゃないかもと思ったら
直下率という言葉が知られるようになったのは熊本地震以降の報道による部分が大きいでしょう。法律に記載が無いのであれば、知られていなくても不思議はありません。
しかし、ネットで検索をかけると直下率の推奨値(適正値)として「柱は50%以上」、「耐力壁は60%以上」という数値が出てきます。また、「我が工務店では推奨値+10%としています」だとか「耐力壁の直下率30%はやばい」といったような記載も見られます。
恥ずかしながら、この数値が何を根拠に示されているのかバッコにはわかりません。規基準類からは記述を見つけることができませんでした。ただの雑誌記事によるのではないかと思われます。
木造建物以外の直下率
木造以外の建物、つまりRC造(鉄筋コンクリート造)やS造(鉄骨造)では直下率という概念はありません。
上下階で柱や耐力壁の位置がずれれば周辺部材の負担は増しますが、構造計算を行えばそれが数値として表れます。それに対して壊れないような部材を選定することになります。
しかし、木造の戸建住宅ではほとんど構造計算は行われておらず、耐力壁の量や配置を簡便に検証する「壁量計算」だけが行われています。そうなると、上下階で部材がずれることによる周辺部材の負担の増加の程度が分かりません。
実際には、電卓1つで大体計算できてしまうのですが、それができる建築士は少数派です。そのため「直下率」なる概念を持ち出し、あまり上下階で部材がずれないよう制限を加えている、と考えることができます。
直下率とは、構造計算を行わない木造特有の考え方と言ってもいいでしょう。
直下率が低いことで生じる問題
熊本地震で倒壊した耐震等級2の住宅では、柱の直下率が47.5%、耐力壁が17.8%だったそうです。先ほど示した推奨値と比べると小さな値になっていることがわかります。直下率が低いことで生じる問題点を挙げてみましょう。
周辺部材の負担の増加による不合理な設計
建物に生じる鉛直方向(縦方向)の力の大半は柱を通って地面まで伝達されます。水平方向(横方向)の力の大半は耐力壁を通って地面まで伝達されます。
柱や耐力壁が2階から1階まで同じ位置で連続していれば、力はスムーズに流れていくことになります。他の部材を介さないため、柱や耐力壁の中だけで完結します。
しかし、柱や耐力壁の位置が上下でずれていれば、どこか別の部材を経由しなくてはならなくなります。別の部材とは、基本的には床や梁になります。床や梁に補強が必要になる分だけ不合理な設計になります。
2階の硬さの低下
下階に柱が無い場合、上階の柱を支えるのは梁になります。梁が「曲がる」ことで上階の柱から伝わってくる力に耐えます。下階に柱があれば、柱が「縮む」ことで上階の柱から伝わってくる力に耐えることができます。
「曲がる」という変形は、「縮む」という変形に対して、非常に柔らかい変形の仕方です。上階の柱にとって、足元が緩んでいるようなものです。地震の力に抵抗しようにも、踏ん張りが効かない状態になります。
「耐力壁を2階にも十分配置したから大丈夫」と思っていても、それを支えるのが梁だけであれば効果は半減してしまいます。
耐力壁が有効に作用しないと、2階に生じる揺れが大きくなります。その結果、2階を支える1階の負担も大きくなります。2階だけでなく、建物全体に悪影響が出るわけです。
直下率がどうでもいい4つの理由
ここまで読まれた方は「直下率は大事だ」、「直下率を大きくしよう」と思われたでしょう。しかし、ここからは「直下率って本当に重要なの?」という話をします。
1.熊本地震における本当の倒壊理由
冒頭で「最新の基準で建てられた建物が倒れた」、と書きました。これは確固たる事実です。
「直下率が低い」ことが倒壊した理由の1つとして挙げられていることも書きました。しかし、これに関しては「絶対にそうだ」と言えるものではありません。
あくまでも「倒壊した建物を調べてみたら直下率が低かった」ということです。直下率が低い建物全てに大きな被害が出たわけでは無さそうです。
実際、倒壊した7棟のうち3棟は施工不良、1棟は地盤の問題が倒壊の原因とされています。また、残る3棟は不明とされているだけです。
直下率の低さと被害の程度に相関関係はあるかもしれませんが、そこに因果関係があるかはわかりません。
「直下率が低くなるような設計をするところは構造に関する意識が低く、それが施工ミスや設計ミスに繋がったのではないか」という指摘をされている方もいます。なかなか鋭い指摘だと思います。
2.耐力壁の直下率に意味は無い
柱が上下階で連続していることには大きな意味があります。「軸力」という「伸び縮み」を利用した最も効率のよい力の伝達を行うことができるからです。
もちろん、耐力壁も上下階で連続していた方がいいのですが、柱に比べるとその重要性は大きく薄れます。それはなぜでしょうか。
耐力壁が負担するのは水平方向の力ですが、水平方向の力というのは梁にとって「伸び縮み」で伝達できる力です。梁は水平な部材なので鉛直方向の力を伝達するのは苦手ですが、水平方向の力は容易に伝達できるのです。
そのため、耐力壁が上下で連続していなくても、同一直線上にありさえすれば問題ありません。梁の「軸力」を介して下階の耐力壁まで力が伝達されます。
極端なことを言えば、耐力壁を「市松」に配置してもいいということです。柱は上下階で一致していますが、耐力壁は完全にずれていることになります。つまり耐力壁の直下率はゼロです。
熊本地震で倒壊した耐震等級2の住宅は耐力壁の直下率が20%を切っていましたが、別にそれが即耐震性に劣るというわけではありません。市松状に壁を配置している建物はいくらでも実在します。
3.「率」ではなく「質」が大事
建物内にある全ての柱が同じだけ重要ということはありません。ある柱は屋根の重量の大部分を支えているかもしれませんし、ある柱は構造的に特にこれといった役割が無いかもしれません。
前者であれば下階の同じ位置に柱は必須ですし、後者であればどっちでもいいでしょう。どうでもいい柱100本の下に柱を入れるよりも、重要な柱1本の下に柱を入れた方がよっぽど意味があります。
しかし、直下率はあくまでも割合を示すもので、柱毎に重みづけがされているわけではありません。どんな柱であれ、1本は1本なのです。
「柱の直下率を50%以上確保しました」ということには何の意味もありません。50%という「率」が重要なのではなく、どんな柱が上下階で連続しているかという「質」が重要なのです。
4.梁を適正に設計すれば解決
直下率が低い場合の問題点として、「不合理な設計」と「2階の硬さの低下」を挙げました。しかし、下階に柱が連続していない柱を支える梁の断面を大きくしてやれば耐震性能の低下を防ぐことができます。
もちろん合理性は低下しますし、柱を設置した場合と同程度の性能が得られるまで梁を大きくするのは難しい場合もあります。しかし、建物全体で見たときに耐震性が確保できないかというとそうではありません。
下階に部材が連続していないことで、どのくらい性能が低下するかは計算できます。それが分かれば、それを補えるよう部材を追加すれば済む話です。いくらでも設計のやりようはあります。
直下率よりも大切な要素
壁量・偏心
直下率が100%であろうと、地震の力に耐えられるだけの耐力壁が配置されていないと話になりません。まずは耐力壁の量を確保しましょう。
木造の住宅では耐力壁の量がそのまま耐震性能になると言っても過言ではありません。直下に部材があるか無いかというのはそのあとの話です。
また、耐力壁の配置も重要です。できるだけバランスよく、偏心が生じないような配置が望ましいです。
偏心することが常にいけないわけではありません。しかし、偏心する場合は床の設計が重要になるので注意が必要です。
優秀な建築士が設計すること
当ブログでは一貫して「優秀な建築士が設計することで耐震性は確保される」という立場を取っています。
優秀ではない、残念な建築士の例を挙げましょう。実際にバッコが自宅を建てたときの話です。
打ち合わせ時に耐力壁を入れるようお願いしていたはずの場所に、耐力壁が配置されていませんでした。施工中に気づいたので、追加してもらうよう建築士に指示を出しました。
その際、下階に柱が無い位置だったので、追加した耐力壁を支える梁に補強が必要ないか確認したところ、「梁が負担している面積(床の広さ)に変更は無いので補強は必要ありません」という回答でした。
重力だけを支えていればよかった梁から、地震時に耐力壁に生じる力を支える梁に変わったことが理解できなかったようです。
結局耐力壁を追加することは諦めました。工事が進んでいたので梁の補強が難しく、補強せずに耐力壁を追加するとむしろ弱い建物になると判断したからです。
こうしたレベルの低い建築士がいるせいで「直下率」なる指標が出回ることになります。決められた数値を守ればOKというのは、頭を使わずに設計ができるということです。
もちろん上下階で部材が連続するというのは理に適っています。しかし、それに縛られているうちは優秀な建築士とは言えないでしょう。