バッコ博士の構造塾

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木造住宅なら耐震で十分である:構造の専門家がたどり着いた結論

家づくりに正解はありませんし、建て主の数だけ正解があるとも言えます。また、耐震性については地震があるまで正解かどうか答え合わせすらできません。それでも「正解が知りたい」というのが人情です。

 

□■□疑問■□■

耐震・制振・免震のメリット、デメリットを考慮したうえで、木造住宅にはどの構造が最適でしょうか。

 

□■□回答■□■

耐震を推します。万が一、億が一、兆が一・・・と考え続けるとどの構造であっても絶対はありませんが、木造の戸建住宅であれば耐震で十分です。より安全性を高めていくには、制振、免震も選択肢に入るかもしれませんが、導入コストを考えると、そこまでの価値は無いと判断します。

しかし、大前提として優秀な設計者が関与していることです。構造形式の違いによる性能差よりも、設計者の優劣による性能差が大きいということもあり得ます。制振、免震にすれば誰が設計しても性能の底上げはされるでしょうが、無駄なコスト増と言えます。

 

 

熊本地震での被害状況からの考察

新耐震基準の効果

2016年の熊本地震では古い建物を中心に大きな被害が出ました。中でも「益城町で震度7の揺れが2回」というのは建築基準法が想定している地震のレベルを超えており、被害を拡大したと言われています。想定以上の地震が起これば、基準ぎりぎりの設計の場合無傷で済まないのも当然のことでしょう。

 

1981年の法改正を機に、建物の耐震性が大幅に向上したと言われています。これを「新耐震基準」といい、必要な壁の量が1.4倍に増加しています。益城町中心部において「旧耐震基準(新耐震基準以前の基準)」の建物の倒壊率は約32%、新耐震基準の建物では約8%と4倍の開きがあります。なお、2000年の法改正では壁の配置バランスにも言及しており、壁の量が多いだけでなくバランスのよい建物になるようになっています。

 

よく「建築基準法は最低基準を定めているだけだ」と言われますが、これは事実です。「最低これだけは」というラインを設定したおかげで、想定より厳しい条件の地震が起こっても8%の倒壊で済みました。一部では「耐震工学の負け」「国交省の怠慢」と言った意見もあるようですが、そうは思いません。大きな地震の度に確かな歩みを見せています。

 

旧耐震基準が倒れなかった理由

新耐震基準が一定の効果を発揮している一方で、旧耐震基準の建物の68%が倒れずに残っているという事実は注目に値します。揺れの激しさは震源からの位置関係や地盤の影響を大きく受けるため、極端に言えば隣同士でも違います。とはいえ同じ町内であれば、ここは震度5強だけどあそこは震度7というような大きな差はないでしょう。それなのにある新耐震基準の建物は倒れ、ある旧耐震基準の建物は倒れていないのです。

 

一体何が違うのでしょう。「建物が不整形だった」「壁の配置バランスが悪かった」等、理由を挙げようと思えば挙げられるでしょう。しかし最も端的に言うと「設計した建築士のレベルが低かった」ということに尽きます。

 

木造の戸建住宅は構造計算が必要ない場合が大半です。「このルールを守れば国が定めた耐震性が得られるだろう」という仕様規定なるものに適合させるだけです。極端に言えば「誰でも頭を使わなくても設計できるようにしたルール」ということです。

木造住宅に構造計算は必要か?計算よりも大事なこと

 

住宅を大量に供給するためにはそうした簡易なルールが必要だったのでしょう。しかし、構造がわからない建築士を大量に生み出してしまったようです。

建築士の専門分化:意匠屋さん本当に構造わかってる?

 

新耐震基準に適合していようと、ルール策定の背景にあるいろいろなデータの蓄積や知見を理解していない建築士が設計すれば、弱い建物ができるわけです。逆に、旧耐震基準であろうと、優秀な建築士が「頭を使って」設計していれば強い建物になります。

 

仕様規定は弱い建物の比率を下げることに成功しましたし、住宅の大量供給も可能にしました。しかし、全ての住宅を強くするにはもっと細かいことまで仕様を決めてあげないといけないようです。

 

耐震等級2が倒壊

建物の耐震性能を表す指標として「耐震等級」があります。耐震等級1が基準通りの建物、耐震等級2でその1.25倍、耐震等級3で1.5倍の地震力に耐えられることになっています。そして熊本地震では耐震等級2が倒壊しています。

 

一部では「まさか耐震等級2が倒れるとは」と驚きを持って捉えられているようですが、本当にそうでしょうか。旧耐震基準の1.4倍の耐力を確保した新耐震基準の建物が旧耐震基準の建物より先に倒れているのだから、新耐震基準の1.25倍の耐力を確保した耐震等級2の建物が新耐震基準の建物より先に倒れても不思議はないでしょう。

 

いくらルールが新しくなろうと、設計の全てをルールだけで網羅できません。建築士の能力が不足していたことを露呈しただけです。

 

耐震で十分である理由

耐震等級3は大変か

耐震等級2では1棟倒壊してしまいましたが、耐震等級3では損傷なしか軽微な損傷でした。では耐震等級2や3を実現するのはどれほど大変なのでしょうか。

 

実際にはいろいろ検討することが増えるのですが、端的にいえば以下の3つです。

 

1.壁をたくさん(1.25倍or1.5倍)設置

2.壁に力を伝えられるよう床をしっかり作る

3.ちゃんと工事されているか監理する

 

これを見てどう思われるでしょうか。「うわ、大変になるなぁ」ではなく「まぁ、そうだろうね」という感じがしませんか。

 

1の壁の量に関しては「合板」だけだったところに「筋違(すじかい:柱間にある斜めの材)」を足せば済む話です。もともと基準ぴったりではなく、少し余裕を持った設計でしょうから大した話ではないです。

 

2の床や3の工事に関しては「耐震等級2、3を取らない場合ってそんなことすらしてないの?」と不安になるぐらいです。優秀な建築士、というより普通の建築士なら建て主に言われなくても最低そのくらいの設計はしておいてほしいです。

 

地震に耐える部材は、昔のような細い筋違ではなく、信頼性の高い合板が使われています。壁量の確保は簡単になってきているでしょう。床からの力の伝達を考えるのは構造設計のイロハのイです。工事監理もまともにできないで何が建築士でしょうか。

 

耐震等級など取らなくても(もちろん、取れるなら取ったほうがいいですよ)、優秀な建築士が設計すればそれ以上の安全性は確保できるのです。耐震等級3を超える性能が比較的容易に手に入るとして、まだ不安でしょうか。

 

「まだまだ不安だ」という方のために、もう少し続けましょう。

 

震度7が2回は怖いか

1回目の揺れには耐えたが2回目で倒壊した、熊本地震ではこういったケースが多数あります。激しい揺れが1度ならず2度もやってくるのだから怖いに決まっています。ただ、過度に不安がらず、適切に怖がりましょう。

 

2回目の揺れが怖いのは、1回目の揺れのダメージにより建物が弱っているからです。では、あまり弱っていないのであれば別に何回でもあまり関係無いことになります。

 

ダメージが残らないような、例えば震度3の揺れが何回起こっても怖くありませんね。ある揺れのレベルを超えないと建物にダメージは残りません。しっかりとした設計であれば、ダメージが残る揺れのレベルを上げることができます。

 

震度5クラスでは建物は無損傷である、と建築基準法で求められています。ではその1.5倍の性能があれば、震度6弱くらいなら大したダメージは残らないでしょう(震度と地震力の関係は曖昧な部分があるので何とも言えませんが)。耐震等級3の実績を見れば、震度7が2回でもひどいことは起こっていなさそうです。

 

この記事を読んでいるあなたは今まで何回の震度6弱、6強、7を経験しましたか。そしてこれから一体何回の震度6弱、6強、7を経験する予定ですか。

 

住宅における制振・免震のデメリット

まず、コストが上昇するのは当たり前の話です。それに見合った性能の向上があるのかが問題です。

 

制振のデメリット

あなたがダンパー設置のために窓を1枚犠牲にする気があるなら何も言いません。それは耐震性能上、完全にプラスに作用します。耐震だけではどうしても不安だという人はそうしてください。でも、壁の代わりにダンパーを入れようとしているあなた、少しお待ちください。

制振・制震ダンパーの種類と特徴:構造設計者が効果を徹底比較

 

単純にダンパーを足すだけならいいですが、通常はスペースの都合上「壁にするかダンパーにするか」という二択になることが多いです。そして、ダンパーにもよりますが、おそらく「硬さ」で言えば壁の方が大きいです。

 

ダンパーは確かに地震を何回経験しようが性能の低下はほとんどありません。ただ、ダンパーが必ずしも壁より建物の変形を小さくできるとは限らないのです。

 

壁にダメージが残るかどうかは建物の変形によって決まります。全ての壁をダンパーに置き換えることはないので、壁をダンパーに置き換えることで他の壁にとってよくない影響を及ぼす可能性があります。

 

実際には今挙げたデメリットよりも、繰り返しに対する耐久性や2階床の揺れの低減などのメリットの方が大きいです。ただ、メリットの方だけを強調されて、こうしたデメリットがあることを知らない人がほとんどです。おそらく、構造設計一級建築士の中にも知らない人がいるでしょう。

 

ハウスメーカーが行った「壁のみ」の場合と「ダンパー」を入れた場合の比較実験の結果を見たことがあるかもしれません。当然ダンパーを入れたほうが性能がよいでしょう。そうなるような実験をあえて行っているからです。

 

では「ダンパー」を入れた場合とコストが同程度になるよう「壁を増量」した建物との比較はどうでしょう。おそらくどこに行っても見ることはできません。ハウスメーカーにとって不都合な結果が出るはずですから。

 

制振は使いどころを間違えなければ優れた技術です。ただ戸建住宅にとってベストな技術かは疑問です。それでも数十万円の価値があると思われる方は制振にしてください。否定はしません。また、十数回、数十回の大地震を経験すると予測しているなら、制振も悪くありません。

 

免震のデメリット

今から書く免震のデメリットは戸建住宅用の安価な免震にのみ当てはまる部分が多いです。ビルの免震や、ビルと同程度の性能を持たせた高級な免震の話ではないということを念頭に入れておいていただけると助かります。

 

免震建物の下に設ける地震の揺れを遮断するための「免震層」は、建物が揺れた後に元の場所に戻る力を与える「ばね」と、建物の重さを支えながらもツルツル滑る「ローラー」で構成されています。

 

この「ツルツル」が厄介で、本当に摩擦がゼロだと強風で動く等の不具合がありますし、摩擦により揺れを止めるということもできません。「それなりに滑るし、それなりに滑らない」というちょうどいいポイントを狙っています。

 

滑らない程度の地震では免震効果は一切ありませんし、少し滑るくらいでは思ったほどの低減効果はありません。本当に効果を発揮するのは大地震時のみです。

 

「いや、大地震時に効果があればいいでしょ」という意見もごもっともなのですが、住宅の免震は敷地に余裕が無い分、建物の動くスペースにあまり余裕はありません。建築基準法で想定しているレベルの大地震であればかなりの効果を発揮します。しかし、東北地方太平洋沖地震以降頻繁に耳にする「想定外」の地震に対してはスペースが不足する恐れがあります。

 

スペースが不足したあとはどうなるか、これはいろいろな研究が現在進行形で行われていますが、確かなことは言えません。よくないことが起こりそうだということはご理解いただけるかと思います。

 

免震は素晴らしいと思います。最高の地震対策技術であることに疑いの余地はありません。ただ、戸建住宅に対しては、何百万円をかけてまで導入する価値があるかは疑問です。しかもプランの制約も大きいわけです。

 

高級なオーディオ機器や骨董品があり、それらを保護する必要があるというなら免震もコストに見合うかもしれません。しかし、免震にするためのコストをほんの少しだけ構造に割いてあげれば、非常に性能のよい耐震建物になります。

 

どうでしょう、耐震が一番いいと思えてきましたか。構造の専門家として耐震が一番と判断しました。とはいえ、自分の家です。最後は自分の判断に従ってください。判断材料の一つにでもなれば幸いです。