バッコ博士の構造塾

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五重塔はなぜ倒れない:構造のわからなさがわかる話

1400年以上の歴史を誇る法隆寺五重塔。その他、日本全国にいくつもの五重塔が現存しており、今なお構造技術者を惹き付けて止みません。

 

□■□疑問■□■ 

五重塔は非常に耐震性が高く、地震で倒れたものは無いと言われています。それはなぜでしょうか。そして現代の建物には適用できないのでしょうか。

 

□■□回答■□■

五重塔がなぜ倒れないかは議論が尽きません。非常にたくさんの説があり、それらのどれか1つというよりは組み合わせによるものと考えられています。建立から1400年を超えた今でも謎多き建物と言えます。

個人の見解としては、逆説的ですが「壊れてもいいと思って建てているから壊れない」のだと思います。現代の建物は壊れないように建てなくてはいけないので、適用できません。五重塔の構造を考えることで、今の科学では地震のことどころか、建物のこともよくわかっていないということがよくわかります。

 

 

五重塔がわからない

五重塔が地震に強いことに関していろいろと理由を挙げることはできるのですが「これが一番大事な要素だ」と胸を張って言える人はいません。理由の一つ一つは検索をかければいくらでも出てきます。でも、それが一体どの程度安全性に寄与しているのかは、数値で明らかにされているわけではありません。専門家個人の肌感覚に依る部分が大きいように感じます。

 

「なんだよ、未だにそんなこともわからないのかよ」と思われるかもしれません。残念ながら「はい、わかっていません」と答えるしかないのが現状です。

 

もちろん、複雑なモデルを用いた高度な解析や、縮小模型を用いた振動実験が行われています。いろいろな角度から五重塔の構造特性を究明するためのアプローチをしています。わかってきたことも多いです。ただ、わからないこともたくさんあります。

 

「五重塔がなぜ倒れないのかわからない」ということを通して、「耐震工学は不完全な学問である」ということを説明していきます。

 

全ての建物は「非線形」

非線形とは

非線形」というのは「線形ではない」ということです。では「線形」とはなにかというと「比例」ということです。

 

10gのオモリを吊るすと1cm伸びるバネがあります。このバネに20gのオモリを吊るすと2cm伸びました。これが「線形」です。オモリの重さとバネの伸びが比例していますね。

 

「非線形」の場合、20gのオモリを吊るすと3cm、30gだと7cmというように比例の関係ではなくなります。これが非常にやっかいです。

 

通常の分野では鋼材等を「非線形」の領域で使用することは稀です。「非線形」になるというのは「壊れ始める」「損傷し始める」とほぼ等価だからです。交通事故を再現したような解析では非線形性を考慮していますが、あまり多くはありません。壊れるような使い方をしない、というのが基本です。

 

地震で建物が壊れるかどうかを知るには、この「非線形」の領域での解析精度を高める必要があります。

 

非線形の難しさ

「非線形」の解析は難しいです。「非線形」の部材をモデル化する場合、単純に力に比例するだけの「線形」より複雑になることは理解いただけると思います。

 

交通事故では通常衝突するのは1回だけです。何回も何回も繰り返し衝突するような解析はあまり意味を持ちません。建物の場合は地震が相手ですので、右に行ったり左に行ったり、ぐらぐら揺れ続けます。1回だけであればモデル化の誤差の影響は小さいですが、それが何回も蓄積されていくと大きな違いとなって表れるのです。

 

ブランコでは足を「伸ばす、曲げる」という小さな動きを繰り返すことで、揺れをどんどん大きくすることができます。まさにチリも積もればなんとやら、です。

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コンクリートの様に一体化した材料であればまだいいのですが、五重塔の場合は複数の木材が複雑に重なり合って建物を構成しています。そのため木材そのもののだけでなく、木材の繋ぎ目全てにこの「非線形」な要素が入ってくることになります。

 

同じ条件の建物はこの世に存在しない

ばらつきの話

現代の建物は漏れなくコンクリートを使用しています。木造だろうが鉄骨造だろうが、建物の基礎はコンクリートで造られています。

 

コンクリートは工場で大量生産するものではなく、各建設現場にドロドロの状態で搬入し、その場で型枠に流し込むという方法で形成されます。どうしても天候や施工者の技術に左右され、他の工業製品に比べ性質のばらつきが大きくなりがちです。

 

強さ、硬さ、大きさの全てが図面に描いたものと実物とでは違います。場所によっても違います。これらを全て考慮した解析は不可能に近いです。

 

いろいろと管理されたコンクリートでもこの状態であるのに、自然材料の木材となればさらにばらつきは激しくなります。規格化された木材であっても、実際に測定してみるまでその強さや硬さは正確にはわかりません。

 

1400年前の木材ではどうでしょうか。柱の一本、梁の一本、どれをとっても貴重な財産であり、おいそれと試験機にかけて壊すなどということはできません。しかし、壊さないことにはどう壊れるかがわかりません。

 

地盤の話

建物自身もよくわからないことが多いですが、建物の下にある地盤はよりわからないことが多いです。しかも条件が同じ地盤というのはどこにも存在しないので、他所での知見がそのまま適用できるわけではありません。

 

地震は地盤を通って建物に作用するため、地盤が耐震性に与える影響は非常に大きいです。小さな揺れが起こった場合の特性であれば、ある程度測定することはできます。ただ、地盤は非線形性が強く、いろいろな仮定の下でしか解析モデルに組み込むことができません。

 

地球規模でのマクロな研究と、建物周辺を対象としたミクロな研究の両方が進められていますが、高精度に地盤を評価できるようになるのはまだしばらく先のことになりそうです。

 

実大実験の難しさ

自動車を新しく売り出す際、安全性を確認するためにいくつものテストが行われます。実際に事故の状況を再現し、車が破壊する状況を確認することができます。

 

では建物でもやってみよう、と思ってもできないのが難点です。超高層建物では柱一本で数千トンの重量を支えています。柱の一本さえまともに試験できる装置がないのが実情です。

 

住宅規模であれば大手ハウスメーカーがいくつか実大実験を行っています。研究のためもありますが、主としては宣伝のためであり、大学の先生たちが気軽に行えるものではありません。

 

縮小模型を用いた実験でもかなり大掛かりなものになります。国の補助金をもらい、いくつもの企業が合同で行うこともあります。事前の解析結果と実験結果はあまりよい対応を示しません。実験後、「こういう理屈ではないか」とモデルを修正していくことで初めて精度のよい解析が可能になります。

 

五重塔くらいであれば、実大試験は可能かもしれません。誰かお金持ちがスポンサーに名乗り出てくれれば、1400年の時を超えて謎が解き明かされるかもしれません。

 

心柱の神秘

実はそんなに働いていない?

五重塔の真ん中を貫く大きな柱、心柱。五重塔の構造の要と考える人も多く、信仰の対象でもあります。その一方で、心柱が無くても倒壊しないといった実験結果もあります。

 

心柱の設置方法としては、穴を掘って埋める形式、石の上に建てる形式、上から鎖でぶら下げる形式など時代によりさまざまです。足元の形式で地震時の挙動が変わるはずですが、どの形式のものも倒壊事例がありません。ということは、心柱自体は五重塔全体の揺れに大きな影響を与えないという説の根拠にはなります。

 

心柱自体の硬さは、実はあまり大きくありません。「5層のどこかに変形が集中するのを防ぐ」といった構造のバランスを調整する機能を与えるには、心柱の硬さを数倍から数十倍にする必要があります。

 

解析などの数値的な検証では、心柱はあってもなくても大差ないという扱いを受けることが多いです。逆に「5層を串刺しにして一体化させる」「しなやかに曲がって地震を受け流す」のような感覚的な部分では不可欠な存在に急変します。

 

まさに神秘と呼ぶに相応しい部材です。

 

心柱制振の流行?

日本人の信仰において、五重塔というのは非常に重要な位置を占めているように思われます。そしてその中心を成す心柱は、五重塔の強さの象徴する最たるものです。そのせいか、「心柱」を語る制振システムがいくつか散見されます。

 

その中で最も有名なのがおそらく「スカイツリー」の「心柱制振」でしょう。ただ、心柱は制振とは直接関係ありませんし、そもそもその役割が解明されていません。実際にスカイツリーを設計した人達も「五重塔の心柱とは関係ないが、見た目に似ているから」とコメントしています。

 

専門家の個人的見解

五重塔の専門家ではありませんが、地震時の建物の揺れ方の専門家としての見解を述べます。実際に五重塔の解析をしたことがないので多分に感覚的ですし、もしかしたら全く新しいことを言っていないかもしれませんが、ご容赦ください。

 

五重塔の各層は下の層に載っているだけです。横に押せばずれるし、上に持ち上げれば持ち上がります。心柱ともほとんど繋がっていません。これを現代の建物に置き換えると、もう元から壊れている建物です。隙間だらけ、雨風ビュービュー、地震の度にガタガタして使い物になりません。

 

きれいな部屋を散らかすのは簡単ですが、すでに散らかっている部屋をさらに散らからせるのは意外に大変です。壊れているものをさらに壊すのも大変ではないでしょうか。

 

普通の建物は、「横に強くずらせば壊れる」「上に強く持ち上げたら壊れる」ものです。しかし、最初から「ずれるし持ち上がる」建物ではそれ以上壊しようがないのです。

 

そして「壊せないなら倒してやろう」となったときに、初めて心柱が効いてくると考えています。ずれたり浮き上がったりが大きくなり過ぎて倒れそうになると、若干ではありますが元の位置に戻そうとする力を心柱が与えます。心柱が多少柔らかくて硬さが不足していても、強さが十分であればいつかは元の位置に戻ります。

 

心柱は柔らかいがゆえに折れず、最後の砦として踏ん張り、五重塔を真ん中にそっと戻してくれるのではないでしょうか。

 

理屈を後付けすることもできますが、専門家としてこういった感覚を持っています。割と満足できる説になっているのではないかと個人的には思っています。