床に段差をつけ、半階ずつずらして空間を構成した建物を「スキップフロア」と言います。敷地を有効に利用できるだけでなく、変化に富んだ空間を作ることができます。
□■□疑問■□■
スキップフロアで住宅を建てようと考えています。地震に強い家にするために注意すべきことはありますか。
□■□回答■□■
どんな建物であっても地震に強くすることは可能ですが、建物が複雑になればなるほど設計が難しくなります。スキップフロアはかなり複雑な建物であり、適切に設計しないと耐震性が十分に確保できなくなります。
建築基準法は一般的な建物を想定して策定されています。そのため、建築基準法のルールに則って設計するだけでなく、建物個別の問題にも対処しなくてはなりません。スキップフロアの設計に慣れていない建築士、構造力学がわかっていない建築士には任せられません。
詳細な理由を以下で説明していきましょう。
理由1:建築士は万能ではない
二級建築士であろうが、一級建築士であろうが、全てに通じている万能な建築士はいません。同じ建物の設計であっても大きく意匠・構造・設備の3つにわけることができますし、使用する材料(木・鉄・コンクリート)によっても大きく建物の性質は変わります。
大規模なビルでは、それぞれの専門家がそれぞれの専門分野を分担して設計を行います。構造設計者なら構造に、設備設計者なら設備に特化しています。分野ごとに深い知識が要求されることになり、一人の建築士が全てを把握することは不可能でしょう。
一方、戸建住宅のような規模の小さい建物では、一人の建築士が全てを担当します。しかし、設計した建物のことを何でも分かっているかと言うと、そうではありません。
例えば、ほとんどの戸建住宅は構造計算が行われておらず、ルール通りに設計しさえすれば建てることができます。仮に構造計算をする場合でも外注する建築士が多く、デザインを手掛ける建築士で構造が分かっているのはほんの一握りです。
スキップフロアは好みが分かれるので、建売ではまず設計しません。建売の住宅ばかり手掛ける建築士では設計できないでしょう。
また、いくつもスキップフロアの住宅を設計していたとしても、構造力学がわかっていない建築士では不安です。ただ建てるだけなら誰でもできます。地震に強いかどうかは、大地震を経験するまで分かりません。
理由2:スキップフロアに「4分割法」は不適切
木造住宅では「構造計算」を行わず、簡便な方法で安全性を確かめている場合が大半です。その場合、「壁の量が適切か」、「壁の配置は適切か」ということをルールに則って確認していきます。
壁の配置については「4分割法」と呼ばれる方法により検討を行います。建物の東側1/4の範囲にある壁の量と、西側1/4の範囲にある壁の量を算出し、①東西それぞれに十分な量の壁があるか、②東西の壁の量に偏りがないか、を確認します。もちろん南北についても行います。
紙と鉛筆があればできるような簡単な方法ですが、普通の整形な建物であれば十分です。しかし、床に段差があるスキップフロアでは不適切な方法になってしまいます。
スキップフロアでは建物の中央部付近で床に段差ができている場合が多いです。西側半分の床が1階、2階位置に、東側半分が1.5階、2.5階の位置になっているとしましょう。
このとき、2階の床は西側の外壁にはくっついていますが、東側の外壁にはくっついていません。2階の床は建物中央部までしかなく、それより東側には半階分だけずれて上側に2.5階の床、下側に1.5階の床があるだけです。
つまり、2階の床に生じる地震の力を、東側の外壁は負担しないということです。2階の床を支えるには、建物中央部にも耐力壁が必要になります。
しかし、「4分割法」ではそういう事情は考慮されていません。あくまでもルール通りにやってOKがでれば問題無いことになってしまいます。そこまで細かい内容を法律には盛り込めません。
ルールも大切ですが、ルールに無くても個別に検討をしておかなくてはならない項目はたくさんあります。ただ、それがわかっていない建築士がいるということを知っておいてください。
理由3:スキップフロアは複雑
建物の重さは、そのほとんどが床位置に集中しています。そのため、地震の力も床位置に生じることになります。床の数が多ければ多いほど力が発生する点が増え、複雑な揺れ方をするようになっていきます。
スキップフロアの場合、役所への申請上は2階建てかもしれませんが、実際の床の数は5階建てと変わらないということもあります。しかもその床は建物全体にあるわけではなく、半分程度だけという場合がほとんどです。
見方によっては、階高の違う2階建ての建物と3階建ての建物を無理やりくっつけたような建物、と言うこともできます。
少なくとも総2階建ての単純な建物ではないということはお分かりいただけるかと思います。
単純な建物は誰が設計してもそれなりに強くなります。ちゃんと強くなるよう、法律が整備されているからです。しかし、建物が複雑になると法律ではカバーしきれない部分が出てきます。そこで建築士の力量が試されます。
一箇所でも弱い部分があれば、そこから建物は壊れます。検討すべき項目を1つでも見落とすことはできないということです。
99%しかケアできない建築士は二流、三流です。100%ケアできて当然で、ケアの内容によって普通か一流かが分かれます。
あなたが設計を依頼している建築士は100%ケアしてくれる建築士でしょうか。不安なまま設計を進めないようにしましょう。
理由4:構造計算が全てではない
スキップフロアの場合、一般的な建物を想定したルールに従って設計しても安全性が確保されるとは限らないことを書きました。では構造計算さえすれば問題無いのでしょうか。
構造計算では専用の解析ソフトを使用します。解析ソフトを使用すれば「立体モデルで解析」することができますし、「各部材に生じる力」も評価可能です。
どんな複雑な形状の建物であろうと解析することができます。もちろんスキップフロアも例外ではありません。
ただ、「解析できる」ことと「解析結果が正しい」ということは全く別物です。
解析を行うためにはいろいろな仮定が存在します。建物のモデル化の違いによっても結果は変わってきます。
他にも、建物の建て方、使用する材料のばらつき、損傷発生後の特性変化等、いろいろな要因によって解析結果と実際の値には差が生じます。
構造計算をするかしないかであれば、した方がいいのは確かです。ただ、解析結果を鵜呑みにするような建築士であればその効果は半減です。
ある建築士の一例
ここまで読んで「スキップフロアの経験が豊富な、構造のわかる建築士に依頼しよう」と思われたでしょうか。それとも「仮にも建築士の最高資格を持っている一級建築士ならスキップフロアくらい設計できるでしょ」と思われたでしょうか。
実はバッコも最初は後者の方でした。一応資格試験では簡単な力学の問題も出ますし、何年か木造住宅の設計をしていれば、当たり前にできるようになるだろうと考えていました。
しかし、そうではなかったから今この記事を書いています。身をもって経験しています。
自宅を建てたときの話です。自分でラフな図面を描いて、それを地元の建築士に任せました。
それほど大きな敷地ではなかったので、床面積に算入されない天井高の低い収納部屋を2階に設けてあります。ミサワホームの「蔵」みたいなものです。その上に2.5階の部屋があります。
軸組(柱、梁等の構造体)が完成間近ということで現場の確認を行ったのですが、2.5階の床に生じた地震の力を伝える壁がありません。床の4辺のうち、2辺しかまともな壁が無いのです。
指摘をして壁を追加してもらわなければ、地震時に床を支える柱が折れてしまうことでしょう。その壁がどれだけ大事か、建築士であっても理解していないのです。
その建築士に関してはそれ以外にも多数問題のある設計を行っていました。しかし、一般の人では気づかないかもしれません。
信頼に足る建築士か、必ず見極めましょう。スキップフロアは素人建築士では設計できません。