バッコ博士の構造塾

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建物観測は誰のためのもの?構造ヘルスモニタリングで被災度チェック

地震により建物のどこがどの程度損傷したのかがわかれば、その後の避難や補修計画に生かすことができます。

 

□■□疑問■□■

地震の後、建物から避難したほうがいいのか、建物内に留まったほうがいいのか、どうやって判断したらいいでしょうか。

 

□■□回答■□■

基本的に建築基準法では、震度5強程度の地震に対して損傷しないことを求めています。この程度の地震であれば、よほど耐震性の低い建物でなければ避難は必要ないでしょう。また、明らかに建物が傾いたり、壁に大きな亀裂が入ったりするような状況であれば、迷わず避難できるでしょう。しかし、その中間の地震となると、急に判断が難しくなります。

建築士資格を有する応急危険度判定員により「調査済み、要注意、危険」の3段階の評価をしてもらうことはできますが、目視による単純な調査だけで判断されます。また、全ての判定員が構造を専門としているわけでもありません。

いざと言う時に備えておきたい人は「構造ヘルスモニタリング」の導入を考えてみてはどうでしょうか。

 

 

応急危険度判定

一級建築士、二級建築士、木造建築士のいずれかの資格を有する者が、半日程度の講習を受けることで「応急危険度判定士」となることができます。日本全国で10万人強の登録があります。

 

地震後に応急危険度判定士により、建物の危険度が判定されます。短期間で多数の建物の判定を行う必要があるため、緊急的な意味合いが強い簡易的な調査です。詳細な調査を行うことで、診断結果が変わることも当然あります。

 

専門家のお墨付きがもらえたということで建物利用者の精神的な安定には大きく寄与します。しかし、建築士と言っても構造を専門としているのは10%程度と言われています。優れた制度だと思いますが、限られた時間と人的資源の中ではできることとできないことがあります。

建築士の専門分化:意匠屋さん本当に構造わかってる?

 

地震後に「うちだけを最優先で詳細に診てほしい」とは言えません。そんな時、自動的に被災状況を診断してくれるサービスがあったらいいなと思いませんか。

 

建物の振動計測の実態

設計事務所やゼネコンが自社施設を建てるときに建物に加速度センサーを取り付ける場合があります。大学や研究機関でも同様に所有物件に設置している場合があります。センサーにより計測したデータを分析し、以後の設計や研究に使用するためです。

 

また、オフィスビルやマンションにもセンサーが設置されている場合もあります。地震後にデータを設計元に送付し、解析・分析の結果を基に補修計画などを立てます。また、どの程度の揺れだったかを知ることができます。

 

しかし、実際に使用者のためになるような使われ方をしているかは不明です。大地震後、すぐに設計元と連絡を取り合えるわけではありませんし、すぐに対応ができるわけでもありません。役に立たないわけではありませんが、計測していることの恩恵を感じにくい状況です。

 

計測もただでできるわけではありません。計測用のセンサーは高価ですし、データを記録しておくパソコンや電気代もかかります。初期費用だけでも数百万円は最低でもかかります。10年に一度、機器の更新が必要な場合もあります。

 

「費用がかかる割に使用者が得られるものが少ないのではないか」、「結局設計会社がデータをほしいだけではないか」、といった批判がありました。これを受けて大手の設計事務所やゼネコン、大学で速報性・経済性に優れた構造ヘルスモニタリングシステムの開発が進められています。いくつか商品化されたものもあります。

 

構造ヘルスモニタリングとは

建物がどんな特性を持っているか、異変が生じていないか、と言ったことを、観測データを基に診断してくれるのが「構造ヘルスモニタリング」です。これを導入すれば、応急危険度判定に頼らずとも安心して建物を使用し続けることができます。簡単に説明します。

 

データ観測

まず、データを観測しないことには始まりません。最下階の床、または基礎にセンサーを設置することで、実際に建物に入ってきた地震の揺れがわかります。どんな地震が起こったかがわからないと仕方がないので、どちらかには必ず設置されます。

 

あとはセンサーを設置できる個数によって変わってきますが、最上階と真ん中の階の2ヶ所にだけ設置する場合、5層ごとに設置していく場合など様々です。コストの都合上、全ての階に設置することはまずありません。

 

変位や速度を測ることもできますが、大抵は加速度を測定します。変位や速度は相対的な値ですが、加速度は絶対的な値なので測りやすいからです。

 

解析モデルの修正

建物の設計時に解析モデルは作成済みです。しかし、いろいろな仮定の下にモデル化されており、実際の建物と一致することはありません。建物内にいる人の数や家具の量は変わりますし、コンクリートは硬さにかなりのばらつきがあります。

 

そのため、取得したデータを用いて解析モデルの調整が行われます。「重さ」や「硬さ」だけでなく、揺れの収まりやすさを数値化した「減衰」も調整します。減衰についてはよくわかっていないことが多く、設計時点では大胆な仮定に基づいています。そのため、実状に合わせて調整することで解析の精度が大幅に向上する場合があります。

建物の減衰とは何か:減衰係数と減衰定数の違いと各種減衰の紹介

 

被災度診断

全層のデータが取れていれば、そこから直接判断することができて簡単なのですが、それだけデータが揃うことはありません。修正した解析モデルを用い、抜けている階の状態を予測するのです。

 

この予測の部分で各社がしのぎを削っているようです。建物が損傷せず健全な状態であればそれほど難しくはないのですが、損傷により軟化が始まると途端に難しくなります。これからしばらくは研究が進められそうな分野です。