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共振現象の恐怖:建物と地盤の固有振動数・固有周期の関係

地震が起こったとき、大きく揺れる建物とあまり揺れない建物があります。建物が倒れるかどうかは、耐震性が高い、低いだけではありません。

 

□■□疑問■□■

東北地方太平洋沖地震では、耐震性が高いと言われている超高層ビルがとても揺れたと聞きました。超高層ビルの方が低層の建物よりも揺れやすいのでしょうか。

 

□■□回答■□■

建物頂部の変形で比べると、低層建物よりも高層建物の方が、耐震建物よりも免震建物の方が大きくなります。ただ、それがすなわち揺れやすいということにはなりません。建物が揺れやすいかどうかは地震との相性、地盤との相性によります。がちがちに硬くした建物が揺れにくいとは限りません。地震と建物の揺れとの関係について見ていきましょう。

 

 

建物の固有振動数・固有周期

建物の揺れ方を表す基本となる値について説明します。

 

固有振動数・固有周期とは

オモリをヒモで吊るしてブラブラと揺らす、あるいはオモリにバネを付けてビョンビョンと揺らす。誰しも一度はやったことがあるでしょう。このとき、オモリは決まったリズムで揺れ続けます。急に早く揺れたり、ゆっくり揺れたりはしません。このリズムはヒモの長さやバネの硬さに応じて決まります。

 

この時、1秒間にくり返す揺れの回数を「固有振動数」と言い、単位は「Hz(ヘルツ)」で表します。右に揺れ、左に揺れ、元の位置に戻ってくるまでが1回です。「固有」というのはその振動系が持っている決まった値という意味です。

 

これの逆数、つまり「1÷固有振動数」を「固有周期」と言い、単位は「秒」で表します。1秒に何回揺れるかではなく、1回揺れるのに何秒かかるかということです。構造の分野では電気や音と比べて小さな振動数を取り扱うため、周期で表現した方がわかりやすい場合が多いです。

 

振動するものであればどんなものでも「固有振動数」があり、もちろん全ての建物にもあります。建物はいろいろな揺れ方が混在する複雑な揺れ方をしますが、その中で最も影響が大きいのが「1次モード」と呼ばれる揺れ方です。この「1次モード」が持つ固有振動数を「1次固有振動数」、固有周期を「1次固有周期」と言います。「2次」や「3次」とついていない場合は、まず「1次」のことを指していると考えて間違いありません。

 

建物の固有周期

建物の固有周期は、建物の重さと建物の硬さの関係から計算することができます。建物が重くなるとゆっくり揺れるようになるので周期は長くなり、建物が硬くなると素早く揺れるようになるので周期は短くなります。

 

固有周期は建物の重さの平方根(√:ルート)に比例して長くなり、硬さの平方根に反比例して短くなります。建物が4倍重くなると周期は2倍に長くなり、硬さを4倍にすると周期は半分に短くなります。変化率があまり大きくないので、意図的に周期を調整するのは難しいです。

 

固有周期は建物の揺れ方を決定する重要な指標ですが、少し複雑なモデルになると電卓1つで求めることはほぼ不可能です。そのため「大体このくらいですよ」というのが簡単に求められる式があります。

 

1次固有周期=建物の高さ(m)×係数

 

鉄筋コンクリート造(RC造)であれば係数を0.02、鉄骨造であれば0.03としたものが大体の固有周期(秒)になります。100mの鉄骨造のビルであれば固有周期が3秒程度になります。低層の建物であれば、この数字を用いて地震の力を計算します。

 

ちなみにRC造は一般的な鉄骨造よりも1.5倍建物重量があります。重たいほど周期が長くなるのですが、それでも鉄骨造の周期の方が1.5倍長いということは、1.5×1.52、つまり3倍以上鉄筋コンクリート造の方が硬いということになります。

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免震建物では「免震層」という柔らかい層を建物の下に挿入することで固有周期を劇的に長くしています。低層の建物であっても超高層ビル並みの4秒程度の固有周期を持っています。

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地震動が持つ周期特性

地震の揺れは基本的にランダムですが、「戸建住宅にとっては問題の無い揺れだった」だとか「建物よりもブロック塀を揺らしやすかった」ということをどうやって判断しているのでしょうか。

 

もちろん地震の被害を見て、結果論的に言っているのではありません。地震の揺れを分析して、特徴を調べる手法がいくつかあります。

 

応答スペクトル

構造設計者にとって一番わかりやすいのは「応答スペクトル」でしょう。

 

地震が起きると、日本中に設置された地震計により加速度のデータが取られます。このデータを用いて、無数の計算を行います。

 

「固有周期0.5秒の建物だと最大これだけ揺れる、0.51秒だとこうで、0.52秒だと・・・」と知りたい範囲の中で固有周期を変えながら計算をくり返すのです。一見大変そうですが、エクセルやちょっとしたプログラムでささっと計算できてしまいます。

 

そうすると横軸に「建物の固有周期」、縦軸に「建物の最大応答(加速度や変位)」を取ったグラフが描けます。そうすると「ははぁ、この地震は固有周期2秒あたりの建物を強く揺らすな」ということが一目瞭然になります。固有周期と建物の高さには関連があるので、戸建住宅が揺れるか高層建物が揺れるかもすぐにわかるわけです。このグラフが「応答スペクトル」です。

 

一般的に固有周期4秒程度になると地震の影響は非常に小さくなります。構造設計者はこのグラフを見て地震動の特性を把握するとともに、必要な設計手段を講じるわけです。

 

フーリエスペクトル

「応答スペクトル」は「地震が建物に及ぼす影響」を可視化したものですが、「地震そのもの」の特性を可視化したものが「フーリエスペクトル」です。

 

19世紀の数学者ジョゼフ・フーリエは「一見不規則な波形でも、規則正しい波形の組み合わせで表現できる」と考えました。つまり「この地震は周期4秒が10と周期2秒が6と周期1秒が3の組み合わせでできている」というように地震の波形を分解することができるのです。これをグラフ化したものが「フーリエスペクトル」です。

 

これにより、例えば「周期4秒に強い力を持っている地震だ」ということがわかるようになります。この図から直接建物への影響を推し量るのは難しいですが、複雑な波形を単純な波の組み合わせで表現できるということは知っておいて損はありません。

 

地盤の周期

地震は震源から地盤を伝わってくるものですから、地盤の影響を大きく受けます。硬質な地盤であればあまり地震は変化しません。軟弱な地盤だと周期の短い成分は減少し、周期の長い成分が増幅されます。

 

地震への影響は建物直下の地盤だけではありません。関東平野や大阪平野は堆積層が厚く、地盤自体が6秒から7秒程度の固有周期を持っています。大きなすり鉢状の中に柔らかい堆積層を敷き詰め、その上に東京や大阪という街が建っているということです。

 

直下型地震ではごく浅い部分だけが揺らされるのであまり影響はありません。しかし、東北地方太平洋沖地震のような巨大な海溝型地震では、堆積層が持つ固有周期の影響を受けた地震が建物に達することになります。

 

共振現象

建物は固有周期と言う決まった時間間隔で揺れること、複雑な地震も単純な揺れの組み合わせであることを紹介してきました。ここからこの記事のメインである「共振現象」について説明していきます。

 

共振現象とは

「共振現象」の説明に一番多く使われる例はおそらく「ブランコ」でしょう。ブランコの揺れに合わせて足を伸ばしたり縮めたりをくり返していると、どんどんブランコが大きく揺れ出します。一回一回の力は小さいですが、積み重なることで大きな揺れを引き起こすことができます。

 

外部から加えられた力がタイミングよく振動系(ブランコ)に伝わり、揺れが増幅していく現象を「共振現象」と言います。

 

小さい子供の中にはこの足の伸縮のタイミングがうまく合わせられず、いつまで経っても揺れを大きくできない子もいます。揺れを大きくしようとしても、あまり効果的でないタイミング、あるいは逆に揺れを打ち消してしまうようなタイミングになってしまっています。

 

この「ブランコを揺らすタイミング」を「建物の固有周期」、「足の伸縮」を「地震の揺れ」に置き換えたものが「地震による建物の共振現象」ということになります。建物の固有周期と地震の周期が一致することで生じます。

 

地震はランダムに見えて単純な揺れの組み合わせですから、一部の揺れが建物に共振しないとは限りません。もしその揺れの成分が大きければ、建物に大きな被害をもたらすことになります。

 

共振時の減衰の効果

ブランコがあれだけ大きく揺れるのは、ブランコを支える吊元のピンにほとんど摩擦が無いからです。小さな力を積み上げて揺れを大きくしているので、小さなロスがあるだけで揺れは大きくなりません。

 

ブランコが1往復する間に失うエネルギー(ピンの摩擦や空気抵抗)と、足の伸縮による追加のエネルギーが釣り合うところまで揺れは大きくなります。これは建物でも同じです。

 

建物が1往復する間に消費するエネルギーの割合を「減衰定数」といいます。鉄骨造建物では減衰定数を2%として計算することが多いです。ちなみに2%というのは「共振現象」が起こった時に「建物の揺れは地面の揺れの25倍まで増幅される」ということを意味しています。

建物の減衰とは何か:減衰係数と減衰定数の違いと各種減衰の紹介

 

揺れの増幅率は減衰定数に反比例します。制振ダンパーを追加することで減衰定数を3%増加させて5%にすれば、増幅は10倍で済みます。減衰定数5%というのは小さな値ではありませんが、それでも揺れが10倍に増幅するというのは大き過ぎるでしょうか。

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それだけ「共振現象」は恐ろしいということです。ちなみに減衰が一切なければ建物の揺れは理論上、無限大になってしまいます。

 

免震建物と共振

地震は4秒を超えるような周期の成分が弱いため、固有周期を4秒程度以上としている免震建物を激しく揺することはほとんどありません。共振現象をうまく避けることで免震建物は高い安全性を発揮することができます。

 

しかし、南海トラフ地震のような巨大地震では4秒以上の周期の成分を多く含む地震が発生すると考えられています。免震建物は固有周期が長いだけでなく、減衰定数も十数%以上になっているため、共振したからと言って必ずしも危険と言うわけではありません。ただ一部の古い免震建物では性能が不足する場合もあるので、設計者に確認しておいた方がいいでしょう。

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東北地方太平洋沖地震

東北地方太平洋沖地震において新宿の超高層ビル群は長時間に渡り大きく揺らされました。実は超高層ビルが最も大きく揺れているとき、中低層以下のビルにいる人は地震が収まってきたと感じていました。ガタガタとした周期の短い地震は小さくなり、グラグラとした周期の長い地震に変わっていたからです。

 

周期の短い中低層ビルはこの周期の長い地震に対してあまり揺れません。しかし超高層ビルでは共振現象を起こしていました。揺れが繰り返されるたびに大きく増幅されていくのは、さぞ怖かったことと思います。これからの超高層ビルには制振が必須です。

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建物の損傷による非線形応答

建物に損傷が生じていない場合、建物の硬さは「線形」と考えても差し支えありません。「線形」とは「力と変形が比例関係にある」、簡単に言うと「1の力で引っ張ると1伸びるとしたら、2の力で引っ張ると2伸びる」ということです。

 

「そんなこと当たり前だ」と思われるかもしれませんが、建物に損傷が生じ始めるとこれは成り立たなくなります。損傷が生じると建物は軟化するからです。

 

つまり建物の固有周期が地震前と地震中で変わるということです。「共振現象」とは建物と地震の「周期」が一致することですが、建物の固有周期が損傷の程度によりコロコロと変わります。そのため「共振現象」が起こらなくなり、揺れの増幅がストップします。そのため「共振」だけで建物が倒れることは無いでしょう。

 

とはいえ建物の軟化は進んでいます。「共振」ではなくても強い揺れがくれば倒れてしまうので「共振」はやはり避けるべき現象です。