バッコ博士の構造塾

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耐震スリット・構造スリットとは何か?スリットを入れてはいけない建物に注意

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柱と壁の間、あるいは梁と壁の間にスリット(隙間)を設けることで建物の耐震性が向上する場合があります。

 

□■□疑問■□■

わざわざ建物にスリットを設けることで、どうして建物が地震に強くなるのでしょうか。隙間を埋めた方が強いように感じられます。

 

□■□回答■□■

柱と壁の間に耐震スリットを設ける場合、その柱の硬さは低下しますし、強さも低下してしまいます。その代わり、変形能力が向上することになります。壁が取り付くことで「太くて短く」なっていた柱が、スリットにより壁との縁が切れて「細くて長い」柱になるからです。細くて長ければ、しなやかに曲がることができます。

他の柱や梁が力を発揮する前に部分的に壊れてしまう事態が回避され、建物全体で地震に耐えられるようになり、結果として建物の強さが向上します。しかし、部材自体を強くするわけではないので、闇雲にスリットを入れると耐震性を損ねてしまうこともあります。

 

 

耐震スリット・構造スリットとは

鉄筋コンクリート造の建物において、柱と壁、あるいは梁と壁の間に設けられたスリット(隙間)です。物理的に隙間を空けることで、壁とその周囲にある柱や梁との縁が完全に断たれることになります。

 

耐震スリットも構造スリットも同じ意味です。「耐震性を向上させるから耐震スリットだ」という人もいれば「地震の力を負担しないのに耐震はおかしいので構造スリットだ」という人もいます。要は好みの問題です。本ブログでは耐震スリットで統一します。

 

耐震スリットの効果1:部材の変形能力の向上

柱や梁に壁が取り付いていると、壁が無い場合に比べて硬くなります。単純に壁の分だけ断面が大きくなりますし、壁が他の部材にも繋がっていると部材が曲がるのを拘束するからです。これを耐震スリットにより縁切りすることで部材を曲がりやすく、つまり「柔らかく」することができます。

 

このとき、壁との縁が切れることで断面が小さくなり、部材の「硬さ」だけでなく「強さ」も低下することになります。しかし、強さの低下に比べて硬さの低下の方が大きく、結果として「変形能力」が向上します。「太くて短い」部材よりも「細くて長い」部材の方が柔らかくて弱いですが、「しなやか」に曲がることができるのです。

 

一部でも変形能力が十分でない部材が混ざっていると、他の柱や梁が力を発揮する前に部分的に壊れてしまうことになります。こうした事態を避け、建物全体で地震に耐えられるようにすることで、結果として建物の強さを向上させることができます。

 

耐震スリットの効果2:部材の評価を簡便化

鉄筋コンクリートというのは鉄筋とコンクリートの複合材料であり、コンクリート自体もセメント、砂、砂利、水の混合材料です。そのため非常に複雑な特性を有しており、過去の膨大な実験結果を基に設計が行われています。なかなか理論だけでは評価できない材料だということです。

 

一般的な形状の柱や梁については多くの実験がなされていますが、実際の建物では個々に取り付く壁の形状は様々です。そのため、実験により全てが網羅されているわけではありません。硬さや強さについてある程度の評価は可能ですが、十分な精度かというと疑問が残ります。

 

そこで耐震スリットにより壁の影響を無くし、普通の柱、普通の梁にしてやることで評価が簡単になります。スリットを入れない方がもしかしたら建物が強くなるかもしれませんが、設計という行為においては「正しく評価ができる」ということが優先されます。

 

耐震スリットの設計

耐震スリットの幅

耐震スリットを設けると壁は地震の力を負担しなくなり、梁からぶら下がっているか、上に乗っかっているだけになります。そのため壁は地震により変形はしなくなりますが、隣接する柱は変形します。そのため、柱と壁の間には適切な「幅」を確保しなくてはなりません。

 

多くの場合、建物の高さの1/100程度までの変形を見込んだ設計が行われています。梁からぶら下がっているとすれば、階高が4mで梁のサイズが70cmなら4.0-0.7=3.3mの1/100、つまり3.3cmは隙間を空けておかないといけません。そうでないと、自身が想定した変形に達する前に壁と柱がぶつかってしまうことになります。

 

意匠設計者は細い幅のスリットにしたがります。確かに幅の広いスリットはあまり格好のいいものではありませんが、必要なものは必要です。しっかりと確認しておきましょう。

 

偏心率の改善

耐震スリットは耐震壁にならない細々とした壁が悪さをしないよう、周辺部材から縁を切るために使用するのが本筋です。ただ、開口の無い立派な耐震壁になれるような壁であってもスリットを設ける場合があります。

 

建物のメインエントランス側とバックヤード側とでは、設置できる壁の量に差がある場合が大半です。耐震壁が多い方が建物の強さは向上しますが、壁が偏ることで建物が捩じれるような揺れを誘発する場合があります。捩じれさせてでも壁を多く設置したほうがいいのか、壁を減らしてでも捩じれさせないほうがいいのか、議論の余地はあります。

偏心するのは悪いこと?構造バランスがいい建物と力学の話

 

ただ、技術論とは別に、法律は法律としてあります。偏りが大きい場合は最大で地震の力を1.5倍に割り増さなくてはなりません。壁を設置することで耐震性が1.2倍になるとしても、地震力が1.5倍になってしまっては計算上1.5/1.2=1.25倍各部に生じる力が大きくなってしまいます。

 

ビルの建設が経済行為である以上、コストを抑える設計が求められます。そのため地震力を割り増さなくてもいいよう、本来は耐震壁として設計できる壁であっても耐震スリットを設ける場合があります。

 

建物の捩じれ応答に関する検証が進むことを望みます。

 

耐震スリットを入れてはいけない建物

上述したように、耐震スリットは部材単体で見れば硬さや強さを低下させる行為です。そのため、耐震スリットを入れれば常に建物が強くなるということではありません。では、どういう建物の場合にはスリットを避けるべきでしょうか。

 

まず、耐震スリットが効果を発揮するのは、全体としては柔らかいが、部分的に硬い部材がある建物です。硬い部分が先行して壊れてしまうので、スリットにより全体を柔らかくすることで耐震性を向上させます。

 

では、元々全体が硬い建物ではどうでしょうか。硬いとは、壁が多いということです。この場合、わざわざスリットにより部材の強さを低下させるよりは、壁が取り付いて強いままにしておいた方がいいです。他にも硬い部材があるため、その部材に力が集中するということがないためです。

 

耐震スリットは耐震性を高める有効な方法ではありますが、いつでも正しい方法というわけではありません。構造設計者は当然理解しておくべき内容です。