バッコ博士の構造塾

建物の安全性について本当のプロが綴る構造に特化したブログ

構造設計者になるなら知っておきたい建物の力のオーダー

解析ソフトを使えば誰でも構造計算が出来てしまう時代です。だからこそ、実際の建物の寸法、重さ、硬さ、空間、そういったものを感覚的に身に付けておきたいものです。

 

□■□疑問■□■

建物のような大きな構造物が地震時に変形すると言われてもピンときません。免震建物は柔らかいと言いますが、どのくらい柔らかいのでしょう。大学の講義を聞いていても、実際の建物とリンクしません。

 

□■□回答■□■

大学の講義は先々非常に重要な知識となるのでしっかりと聞いておいてください。ただ、大学は職業訓練校ではなく、真理を追究する場です。そのため学問と実務の橋渡しをしてくれる先生はそれほど多くはありません。しかし、実際の建物を知っていればより理解が深まるでしょう。

建物が壊れるまでに変形できる量は非常に小さいです。免震建物は思った以上に硬いです。いろいろな数値について見ていきましょう。

 

 

オーダーを掴むことの大切さ

コンクリートを専門とする先生がいつも言っていました。「オーダーさえ間違えなければ何でもいい」と。その先生のテストでは、少し変な計算をしていようが、間違った数値を使っていようが、答えのケタさえあっていれば正解になりました。逆に手順や式が正しくても、最後にゼロを1つ間違えてしまうと点数はくれませんでした。

 

建築物はいろいろな余裕度を持っており、少し数値を間違えたくらいでは壊れることはありません。ただ、ゼロが1つ違えば壊れてしまいます。ところどころ計算を間違ってしまっても、最後に出てくる数値を見て「これはおかしい」と判断することができれば計算はやり直せます。

 

そうした判断をすることができない技術者は、たった1つの計算ミスも許されないことになってしまいます。人間誰しもミスは絶対に犯します。ミスをすることが問題なのではなく、ミスをしたことに気が付かないことが問題です。

 

定年近い上司らは計算尺を使っていたといいますが、今や電卓すらそっちのけで解析モデルの入力をしています。しかし、構造計算用の解析ソフトも往々にしてミスがあります。常にアップデートをくり返していることからも、そのミスの多さがうかがえます。解析ソフトに頼りっきりで、電卓片手にパチパチっと見当をつけられないようでは、安心して設計を任せることはできません。

 

材料のオーダーを掴む

コンクリートのオーダー

コンクリートは遥か昔、ローマの時代から、あるいはもっと昔から使用されています。建築材料の代表格です。

 

低層の建物に使用されるような強度のコンクリートの比重は2.3です。コンクリートはセメント、砂、砂利、水、その他の混合材料ですが、セメントの比重が3を超えていて一番重たいです。コンクリート強度を大きくするにはセメントの使用量を多くするため、強度が上がるに連れて重たくなります。コンクリートに鉄筋を組み合わせた鉄筋コンクリートの場合は、平均的な鉄筋の量を鑑みて比重に0.1を足します。

 

コンクリートの床の厚さは150mmが一般的ですので、床だけで1m2あたり360kgもの重さになります。これだけで木造住宅の重さ(300kg/m2)を超えてしまいました。他にも、柱や梁、積載物、仕上げ等を含めると1tを超える場合が多いです。住宅の重量物と言えばお風呂のお湯200Lくらいでしょうか。それより断然重たいわけです。

 

柱一本はどれくらいの重さになるでしょうか。600mm角で階高が3.5mとすれば3tです。やはり密実な部材はかなり重たいです。

 

コンクリート強度を中低層建物でもよく使用される24MPaとした場合、この柱が支えられる重さは880tにもなります。重さに対しては安全率を3倍見るので、常時300t近く負担させてもよいことになります。しかし、材に直交する力であるせん断力に対しては40tくらいしか耐えられません。

 

中規模の地震(震度5強程度)では建物の重量の20%の地震力が生じるものとして計算を行います。柱が許容できるギリギリまで重さを負担させてしまうと、地震時に壊れてしまうことがわかります。

 

柱を大きくしたくない場合は鉄筋による補強が必要になります。ただ、鉄筋に期待するということは「コンクリートがひび割れることを許容する」ということを忘れないでおきましょう。耐震壁を組み合わせて、柱に生じるせん断力を減らすという設計もあります。

コンクリートのひび割れは当たり前?マンションも戸建住宅も

 

鉄筋のオーダー

どんな建物も基礎はコンクリートで造られています。そのためコンクリートを補強する鉄筋は非常に身近な材料です。

 

表面がツルツルした「丸鋼」や、古くは断面が三角形のものもありましたが、今や鉄筋と言えば「異形鉄筋」を指します。英語ではDeformed barといい、この頭文字のDと鉄筋の直径(mm)を合わせてD○○と呼びます。表面に節があり、コンクリートに引っかかるようにすることで力を発揮しやすくしています。

 

コンクリートの床に使用する鉄筋はD10やD13といった細い材です。鉄でできているので比重は7.85です。D10なら1mあたり560g、D13なら1kg程度です。床に200mm間隔で並べるので、結構な本数を使用します。長さも数mになるので、束ねるとかなりの重量です。

 

壁式の鉄筋コンクリートの戸建住宅であれば、D13で大部分は賄えます。しかし、中層のビルになるとD29といった少し太径のものも使用しますし、超高層マンションでは柱や梁にD41を使用します。大型ビルの基礎ではD32がところ狭しと並べられることもあります。

 

D29だと1mあたり5kg、D41だと10kgを超えます。柱の鉄筋であれば階高分の長さがあるので30kg以上になり、鉄筋一本を持ち運ぶのも一苦労です。鉄筋工のお兄さんと腕相撲をしたことがありますが、両手でも簡単に負けてしまいました。

 

図面にただ「D41」と書いてオフィスに座っているだけでは、どれだけ苦労してその鉄筋が施工されているかわかりません。「径を少し落としてその分本数を増やす」という発想は出てこないでしょう。

 

次に鉄筋の強さですが、使用する材料によっても違います。細い径の鉄筋はSD295A、中くらいの径ではSD345、太くなるとSD390やSD490を使用することが多いです。このSD○○の数値は降伏点(部材が軟化する力)の下限値で、単位はMPaです。

 

ということでD10であれば2t、D25だと17t、D41だと50t以上耐えることができます。柱や梁にはこの鉄筋が何本も配置されています。建築の世界では1tや2tというのは非常に小さな力だということがわかります。

 

重さのオーダーを掴む

単位面積あたりの重さ

建物の1m2あたりの重さは使用する材料によって大きく変わります。木造なら300kg、鉄骨なら700kg、鉄筋コンクリートなら1000kg程度です。もちろん規模や形状によっても変化しますが、基本の数値として押さえておきたいところです。

構造設計の基本を押さえる:建物の重さの話

 

少し意外かもしれませんが、建物は水に浮きます。洪水で木造家屋が流されている映像を見たことがあるかもしれませんが、鉄筋コンクリートの建物でも開口部を全て目張りすれば浮きます。1m2あたり1000kgですが、階高が3mだとすれば、1m3あたり300kg強しかないことになります。

 

室内はほぼ空洞なので、見た目よりも軽いのです。鉄製の船が浮くのと同じことです。そのため地震により液状化が生じると、地下のある建物が浮かび上がることもあります。

 

建物内にあるものの重さ

建物の重さの内、構造体や仕上げ材のように変化しない重さを「固定荷重」、家具や人のように使用方法や時間帯によって変化する重さを「積載荷重」といいます。土木の分野ではそれぞれ「死荷重」、「活荷重」と言います。

 

固定荷重はある程度正確に算定することができますが、積載荷重は変動が大きく曖昧な部分が大きいです。実況に合わせて設定しなくてはなりませんが、建築基準法にも指定された数値があります。住宅なのか、病院なのか、事務室なのか、用途によって値は変化します。

 

住宅では床の強さを計算するために使用する積載荷重は180kg/m2です。大人が3人肩寄せ合うとオーバーしてしまいますね。もちろん余裕度はありますが、木造住宅にギュウギュウに人を詰め込むとまずいことが起こる可能性もあります。グランドピアノは300kg以上するものもあり、設置には補強が必要になる場合が多いです。

 

同じ住宅でも、地震の力を計算するときの積載荷重は60kg/m2です。局所的に人が集まることはあっても、全体的に見ればそんなに重くはないだろうということです。

 

「平均的にこれくらい」という数値を掴んでいるととても便利です。突然施主に「こういうものを置きたい」と言われても、それが重いのか軽いのか、置けるのか置けないかの判断が容易になります。

 

特殊な装置のオーダーを掴む

免震ゴムの硬さ

免震とは一言で言えば「柔らかい」ことによって地震の揺れを伝われないようにする構造です。では「柔らかい」とはどの程度のことを指しているのでしょうか。

 

とても小さい建物を考えてみましょう。平面が1辺6mの正方形で平屋、柱は4隅に1本ずつ、構造も最も軽い木造とします。上屋を300kg/m2、基礎を700 kg/m2とすれば36tになります。一般的な免震建物の硬さ(固有周期4秒)に設定すると約9tf/mになります。

 

免震装置は柱の下に設置されますので、1台あたりの硬さは2.3tf/m=2.3kgf/mmです。2kg強の力で1mm変形しますので、これなら頑張れば数cm動かせるかもしれません。建物全体でも1cmくらい動かせそうです。建物が人力で1cmも動けば「柔らかい」と言えるかもしれませんし、「硬い」と感じる人もいるかもしれません。

 

しかし、これがビル用になると明らかに硬くなります。ビル用の装置は小さいものでも直径600mmくらいにはなります(直径300mmもあるにはあります)。柔らかい仕様のゴムであっても70tf/mを超えます。これが1つの建物にいくつも配置されるわけです。

 

「免震建物は柔らかい」と言っても、それは何十t、何百tという建物の世界のオーダーです。人間の世界のオーダーではやはり非常に硬いです。

 

制振ダンパーの強さ

制振建物に設置されているダンパーは大きいもので1台あたり200tの力を発揮します。これはかなり大きい力です。世の中にある200tくらいのものを見てみましょう。

 

先ほど免震のところで例に挙げた小さな建物5.5棟、一般的なお風呂1000杯、25mプールの半分、軽自動車200台、大型の関取1000人、鉄製の1辺3mの直方体。

 

かなりものすごい力だということがお分かりいただけるかと思います。この力をロスすることなく伝達させようと思うと、それなりに大変です。竹中工務店はこの200tダンパーを3台繋げたような600tという巨大なダンパーを開発しています。どのように建物と繋げるかが非常に重要になりそうです。

 

変形のオーダーを掴む

普段から「建物が動くもの、変形するもの」と認識している人はほとんどいないでしょう。「不動産」と言うくらいですから、基本的には動かないものという認識でしょう。

 

とはいえ、地震や台風、あるいは人の歩行程度でも動いたり変形したりしています。その量が目に見えるかどうかというだけです。では実際にどの程度の量なのでしょうか。

 

50年に一度経験するような風や地震に対しては、建物の高さの1/200以上変形しないよう規定されています。階高が4mなら1階あたり20mmです。高さ200mの超高層ビルなら最上部で1mくらいまで変形してもいいことになります。それなりに大きいような気もしますが、実際に1/200の傾きだと「何とか視認できる」というレベルです。

 

これが500年に一度という規模になると倍の1/100まで緩和されます。超高層ビルの最上部が右に左に2mも動くとなると、これはけっこうな量だと思います。免震建物であれば、建物を支える免震ゴムが40cm程度変形することもあります。これは遥か上空200mのできごとではなく地盤のレベルで起こるので、超高層ビルの揺れより衝撃的でしょう。

 

重力に対する変形は1/250以下であれば使用上の支障は少ないということになっています。5mの梁であれば20mmですから、それなりに変形しているようにも思います。実際には「それ以下」としているため、もっと変形は小さい場合が多いです。

 

建物の構造にまつわる数字をいくつか取り上げてみました。「今自分が取り扱っている数字は実際の建物ではこのくらい」ということを頭の隅に置いておけば、大学の講義の理解が非常に高まると思います。