バッコ博士の構造塾

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『制振はサスペンションと同じ原理』というモヤモヤする例え

なにか難しいことを説明するとき、それに似たなにか別のものに例えるのはよくあることです。当ブログでもこれまでたくさんの例えをしてきました。

 

例え話には厳密さは必要ありません。そもそも厳密に同じものであれば例えになっていません。要は本質的な部分さえ一致していればよく、だからこそ単純化が可能で、受け手も理解しやすくなります。

 

しかし、だからこそ絶対に外してはいけないポイントが存在します。本質をゆがめてしまっては例えが例えではなくなってしまいます。

 

ここでは「制振はサスペンションと同じ原理」という例を取り上げてみます。

 

 

制振とサスペンションの本質的な違い

建物が地震で倒れないようにするための対策として「耐震」「制振」「免震」の3つがあります。

耐震制振免震

 

この中で一番理解が難しいのは制振だと思います。いろいろな種類・形式があるため、「こうしておけば間違いない」と単純化して説明しづらいからです。

 

その結果、制振に関する変な例えを使った言説が出てきます。それが「制振はサスペンション」です。住宅購入検討者向けの説明によく使われているように思います。

 

サスペンションというのは、車などの乗り心地をよくするために、人が乗る部分とタイヤや車軸との間に入っている柔らかいバネのことです。これがあるおかげで路面の凸凹などから伝わる振動を感じずに済みます。

 

振動の伝達経路としては、「地面→タイヤ・車軸→サスペンション→座席」となります。サスペンションが無ければ地面の揺れが硬いタイヤ・車軸を介して座席まで伝わってしまいますが、サスペンションが間に入って柔らかく変形してくれることで効果を発揮します。

 

では制振はどうでしょうか。

 

住宅における制振とは、一般的に上の階と下の階とをつなぐように制振装置を設置することを指します。耐震と比較しながら考えてみます。

 

まず、耐震における地震の揺れの伝達経路としては、細かいところを無視すると「地面→基礎→1階の耐力壁→2階床→2階の耐力壁→屋根」となります。壁を通って力が伝わり、屋根や2階の床を揺らすことで建物が変形したり倒壊したりします。

 

次に制振における地震の揺れの伝達経路ですが、実は耐震とほとんど変わりません。制振装置は1階にしか設置しないことが多いので、耐震の場合の「1階の耐力壁」を、「1階の耐力壁と制振装置」に置き換えるだけです。耐力壁も制振装置も、上の階と下の階の揺れの差に作用するという意味では同じだからです。

 

サスペンションでは「○→☆」を「○→▲→☆」というように「間」に要素が足されます。一方制振では「○→△→☆」を「○→△+▲→☆」というように「元々あるところ」に要素が足されます。

 

これって実は、非常に本質的な部分です。揺れが小さくなるとか、エネルギーを吸収するとか、それは効果の説明であって、原理の説明ではありません。少し専門的に言えば、サスペンションは「直列」の装置、制振は「並列」の装置という原理上の大きな差があります。

 

直列と並列

直列と並列、それが本当にそんなに大事なのでしょうか。

 

直列の場合、装置は柔らかければ柔らかいほど効果を発揮します。間に柔らかいものが入っていれば、片側をどれだけ動かしても反対側にはほとんど力が伝わりません。ただし変形は大きくなります。

 

並列の場合、装置は柔らかすぎても硬すぎてもよくありません。装置が柔らかすぎれば、並列で入っている元からある要素が頑張ることになるだけで効果はゼロです。硬すぎれば、元からある要素は力を伝えなくてもよくなりますが、力自体はそのまま伝わることになってしまいます。その代わり変形を小さくすることができます。

 

つまり、直列は揺れを伝えなくすることが可能、並列には不可能、ということです。これはあまりにも大きな差です。ただし、並列は適切な設計をすれば伝わった揺れを増幅させない効果があります。

 

サスペンションに例えていいのは「免震」だけです。「基礎」と「1階の耐力壁」の間に「免震層」という柔らかいバネを追加するので、まさにサスペンションと言えます。

 

なぜ制振をサスペンションに例えてしまうのか

制振とサスペンションは原理がまったく違うため、例えとして適切ではありません。にもかかわらずこうした例えが横行している理由はなんなのでしょうか。

 

ちょっとわかりづらいのですが、サスペンションという「直列」の装置には、ショックアブソーバーが「並列」で入っているからではないかと思われます。このショックアブソーバーというのが制振装置の一種なのです。

 

サスペンションは「タイヤ・車軸」と「座席」をつなぐ装置です。そしてサスペンション自体は「バネ」と「ショックアブソーバー」で構成されています。

 

つまり「タイヤ・車軸→サスペンション→座席」を「タイヤ・車軸→バネ+ショックアブソーバー→座席」と考えることもできるわけです。

 

ショックアブソーバーはサスペンションに伝わってくる力を小さくすることはできません。その代わり、サスペンションを介して座席に伝わる揺れが増幅するのを防ぐことができます。

 

サスペンションで一番重要なのは揺れを伝えないことであって、わずかに伝わった揺れを増幅させるかどうかはその次の話です。メインではないサブの効果で例えているのであれば、誤解をまねく不適切な例と言えます。

 

人体を使った例え

サスペンションではまだわかりづらいと考えたのか(まあ、サスペンションの例え自体ダメなのですが)、人体を使った例えもあります。それが『耐震は骨・筋肉、制振は関節』というものです。

 

人が転んだ時、地面に手をつきます。このとき、腕を突っ張ったままにすると、その衝撃で骨が折れて大ケガしてしまいます。ひじを曲げて衝撃を和らげることでケガを防げます。これが制振の効果だということだそうです。

 

これはもう完全に制振を「直列」と誤解していることが明らかですね。

 

どうしても人体で例えたいのであれば、右手を耐力壁、左手を制振装置とするしかありません。こうすれば「並列」になります。

 

しかし、そもそも制振は、「人が転ぶ」ときのような「一度だけ大きな衝撃を受ける」という場合にはあまり効果を発揮しません。地震のように「くり返しの力を受ける」という場合にエネルギーが蓄積していかないよう、毎回少しずつエネルギーを吸収するのが本来の役割です。

 

もしこうした例えをしている専門家がいたら注意してください。制振の本質をわかっていない可能性が高いです。