バッコ博士の構造塾

建物の安全性について本当のプロが綴る構造に特化したブログ

建物の精度:建築は機械と違ってとてもラフ

人間がつくるものには必ず誤差があります。どれだけきれいにできているようでも、実際には図面とはぴったり一致しません。ぴったりでなくても、誤差が許容範囲内であればよしとされます。

 

高い精度が求められるものとして、まず半導体が挙げられるでしょう。いまやナノ・メートルという領域でしのぎを削っています。

 

金属加工も場合によっては非常に高い精度が求められます。半導体ほどではありませんが、モノによってはマイクロ・メートルの精度が必要です。

 

あまり精度を気にしないものであればミリ・メートルの誤差があっても十分です。子供のオモチャが少しくらい大きかろうが小さかろうが、気にする人はほとんどいないでしょう。

 

それに対し、建物というのは非常に粗い精度で建てられています。精緻な納まりを要求されるところも無くはないですが、それでも他の分野に比べて許容される誤差は大きいことが多いです。場合によってはセンチ・メートルの誤差でも問題ありません。

 

建築とは一体どの程度の精度を持っているものなのか、そのカタチだけでなく、性能の面も含めて見ていきましょう。

 

 

施工の精度

まずは建物をつくる際、どれくらいの寸法誤差まで許容されるかを見てみましょう。

 

鉄骨建物の場合、工場でつくられた部材を現場で繋ぎながら建物をつくっていくわけですが、この部材一本一本が誤差を持っています。柱や梁は、図面に記載されているよりも±3mm程度長さが違ってもいいですし、また、±2mm程度なら細くなったり太くなったりしても大丈夫です。誤差がミリ・メートルの領域です。

 

現場で人の手で型枠をつくらなくてはならない鉄筋コンクリート建物の場合、精度は一桁下がります。型枠の位置、つまり建物の位置は±20mmまでずれてもよく、柱や梁などの部材は最大で20mmまで大きくなってしまっても大丈夫です。基礎に至っては最大で50mmまでが許容されます。誤差がセンチ・メートルの領域になります。

 

そして最も許容量が大きいのが「杭」です。建物の重さを支える重要な部材ですが、手の届かない地面の中に構築されるので、誤差が非常に大きくなります。杭の中心位置が±100mmずれてもよく、また、図面に「100mm以上ずれた場合はこういう補強をしてくれればOK」という記載があることもあります。数十センチ・メートルというものすごい誤差を許容する領域です。

 

このくらいの誤差を持っていても、建物というのは安全なようになっています。

 

材料の精度

次は建物に使用され3つの主要な材料である、鉄・コンクリート・木について見ていきましょう。

 

まずは木ですが、自然材料である木は非常にばらつきが大きくなります。同じ樹種であっても、生育状況によって硬さ・強さ・重さのすべてが変化します。しかも、部材一本一本を全て検査するのも大変なため、目視だけで分類されることもあります。

 

次にコンクリートですが、コンクリートは工場内で全てを管理することができません。現場で型枠に流し込んで固める必要があるため、現場での作業によって品質が左右されます。部分的に取り出したコンクリートを後日検査することになりますが、設計時に想定した80%の硬さ、85%の強さしかないものが部分的に混ざっていてもOKと判断されます。

「硬さ」と「強さ」の違い

 

最後に鉄ですが、鉄は製造工程が工場内で完結するので、品質管理が行き届きやすい材料です。しかし、その鉄であってもばらつきはそれなりにあります。490材と呼ばれるものでは、強さが490MPaから610MPaの範囲であればOKとなります。

 

どの材もかなりのばらつきを有しており、精度が高いとは言い難い状況です。

 

「それは同じ材料を扱っているどんな分野でも共通のことではないか」と思った人もいるかもしれません。しかし、建築特有の事情があります。それを次の「計算の精度」で見ていきましょう。

 

計算の精度

建物の安全性を検証するため、ある規模以上の建物には「構造計算」を行うことが義務付けられています。

構造計算とは?

構造計算における材料強度の重要性

一般的な機械や製品というのは、使用中に壊れないように作られています。使用中に作用する力に対して、十分な余裕を持った設計がなされています。

 

壊れなければいいということであれば、使用する材料の強度が多少ばらついても問題ありません。それを見越した安全率を取ればいいだけだからです。

 

一方、建物というのは、大きな地震の際にはある程度壊れることが許容されています。場合によっては壊れてもいい、というのは他の分野にはあまり見られない特徴です。

 

壊れるところまで考えた設計をする場合、材料は強ければ強いほどいいということにはなりません。ある部分が壊れなくなることで、設計時に想定していたのとは違う部分が壊れてしまうかもしれないからです。

 

材料の強度が高すぎても低すぎても都合が悪く、構造計算の精度を下げてしまう可能性があります。

 

構造計算における仮定

また、計算そのもの自体も決して精度が高いとは言えません。

 

構造計算は、建物が図面通りきれいにできていることが前提で行われます。

 

しかし、実際には工程ごとにたくさんの誤差が生じます。それを次の工程で調整しながら進めてくため、建物の各部には設計時には想定できない「ひずみ」がどんどん溜まっていきます

 

建物の各部材にセンサーを取り付け、どのくらいの力が生じているかを計測しながら工事をすると、計算とはかなり違う値になることが知られています。そして、どのような値になるかは工事の手順や精度次第なので、設計時点では絶対にわかりません。

 

精度は悪くてもいい

施工・材料・計算、どれを取っても建物というのは誤差だらけで、精度は決して高くありません。

 

では安心して使用できないのか、計算することに意味はないのか、というとそうでもありません。要は考え方次第です。

 

安全率を掛けることで避けられる誤差があります。部材一本一本のことはわからなくても、全体としては平均的な値になることを利用することもできます。誤差がある、精度が悪いこともある、ということさえわかっていれば、それに対処した設計ができるのです。

 

設計から施工までが一発勝負となる建築の分野は、どうしても細かなミスが出てしまいがちです。しかし、そうした部分を考慮した設計がなされていれば不安になることはありません。