「鉄筋コンクリート造(RC造)」は異種材料である鉄筋とコンクリートを組み合わせた複合構造であり、非常に複雑な特性を持っています。その複雑さゆえ、RC造の建物の各部に生じる力を正確に求めることは容易ではありません。
しかし、各部に生じる力の大きさが分からなければ、重力や地震に対して建物が安全であるかどうかがわかりません。そのため、RC造の「構造計算」には色々な仮定が導入されており、精度をある程度保ちながらも計算を簡便化しています。
その仮定の一つとして、コンクリートに対する鉄筋の硬さ(ヤング係数)の比率である「ヤング係数比」の値が設定されています。この値の設定の根拠を知ることで、より鉄筋コンクリート造の理解が深まることでしょう。
コンクリートと鉄筋の力の分担
RC造において、鉄筋とコンクリートは完全に一体化しているものとして計算を行います。コンクリートの柱が縮む場合、その中にある鉄筋も同じだけ縮むということです。
コンクリートも鉄筋も同じだけ変形するのであれば、そのうちの硬い方に力が集中することになります。硬い方が多めに力を引き受けることで、変形が等しくなるのです。
では、「硬い」とはどういうことでしょうか。
まず、部材が太ければ硬くなります。太いということは、「断面積」が大きいということです。
次に、材料自体の硬さも重要です。木とコンクリートと鋼材では、同じ断面積でも全く硬さが違います。この材料自体が持つ硬さを「ヤング係数」と言います。
それぞれの断面積とヤング係数を乗じたものが、コンクリートと鉄筋が持つ硬さということになります。この硬さの比率に応じて力を負担します。
ヤング係数比とは
柱や梁などの部材に使用されているコンクリートや鉄筋の断面積は簡単に計算できます。ではヤング係数はどうでしょうか。
まず、鉄筋のヤング係数は205GPaと決まっています。鉄筋にもいくつか種類がありますが、種類によらず一定の値です。
コンクリートのヤング係数は、コンクリートの強さ(強度)によって変化します。低層建物に使用されるような低強度のコンクリ―トでは20GPa程度で、鉄筋の約1/10になります。ちなみに、強度を2倍にしてもヤング係数は2~3割程度しか増加しません。
では、この鉄筋とコンクリートのヤング係数を用いて負担する力の分担を決めるのかというと、実はそうではありません。RC造の計算規準に「力の分担を計算するときの鉄筋とコンクリートのヤング係数の比率はこの値を使うこと」と数値が記載されているのです。
力の分担を決めるのに、コンクリートと鉄筋の硬さの絶対値は必要ありません。比率が分かれば十分です。そしてこのヤング係数の比率を「ヤング係数比」と言います。

鉄筋コンクリート構造計算規準・同解説〈2010〉
計算に用いるヤング係数比の値
ヤング係数比の値は、実際にどのくらいの値になるのでしょうか。
ヤング係数比は使用するコンクリート強度によって決められており、規準の適用範囲内では9~15の間の整数の値を取ります。
分母がコンクリートのヤング係数、分子が鉄筋のヤング係数になるので、コンクリート強度が低いと15、高いと9に近い値を取ります。
もしかしたら、「あれ、おかしいな」と気づかれた方がいるかもしれません。
先ほど「低強度のコンクリートのヤング係数は鉄筋の約1/10」と書きました。つまり、ヤング係数比は少なくとも1÷1/10=10よりも小さくならないとおかしいことになります。
ではなぜ15という鉄筋を実際より硬く、あるいはコンクリートを実際より柔らかく評価したような値を用いるのでしょうか。
それにはコンクリートの「クリープ現象」が大きく関わっています。
クリープ現象による分担の変化
コンクリートは水、セメント、砂、砂利が水和反応と呼ばれる化学反応によって凝固したものです。この水和反応には水が欠かせないため、水は非常に重要な材と言えます。
ただ、全ての水が水和反応に使われるわけではありません。一部は反応せずに残り、時間をかけてコンクリートから抜け出ていきます。
当然水が抜ければ、それだけ体積は小さくなる、つまり縮んでいくということです。この、時間の経過とともにコンクリートが縮んで変形が増加していく現象を「クリープ現象」と言います。
コンクリートの部材に作用する力は変化していないのに変形が増加していく、これはコンクリートが柔らかくなったのと同じ効果があります。コンクリートが縮んでいこうとする分だけ、鉄筋の負担分が増加するのです。
このクリープ現象の効果を踏まえて、コンクリートの見かけのヤング係数を小さく、つまりヤング係数比を大きくしているのです。
RC規準におけるヤング係数比の設定根拠
クリープによる変形の増大は大きく、初期変形の2倍以上になることもあります。
変形が2倍になるのなら見かけのヤング係数は半分になるので、ヤング係数比は10の2倍の20にしてもいいような気がします。しかし、実際には1.5倍程度の値が採用されています。これはなぜでしょうか。
それを理解するには、ヤング係数比の大小が部材の設計にどのような影響を与えるかを考える必要があります。
まず、ヤング係数比が実情よりも大きいということは、鉄筋が負担する力を過大に評価しているということです。そうすると必然的に、コンクリートが負担する力は過小に評価されることになります。
クリープは長い時間をかけて進行します。クリープの効果を見越してヤング係数比を設定すると、建物が完成した時点でのコンクリートの負担は計算上よりも大きくなってしまいます。
時間が経過すれば解消されるにしても、短期的にはコンクリートが負担できる力の上限である「許容応力度」を超えてしまう可能性があります。これはいいことではありません。
問題は、実際の建物はクリープの前と後という2つの状態があるのに対し、構造計算では前か後かのどちらかの状態しか仮定できないからです。
そこで折衷案として、クリープ前のヤング係数比(1倍)とクリープ後のヤング係数比(2倍)の間を取って1.5倍としているのです。
地震時のヤング係数比
重力に対する設計、地震に対する設計、そのどちらに対しても同じヤング係数比の値が使用されます。そこに問題はないでしょうか。
コンクリートは「線形」な材料ではありません。力を加えていくと軟化していく、つまりヤング係数が低下していきます。
地震の力は一定ではなく、ガタガタと揺れる「動的」な力です。コンクリートはゆっくり力を加えた場合よりも、素早く力を加えた方が硬く、つまりヤング係数が増加します。
コンクリートはクリープ現象によって変形が進行し、見かけ上柔らかくなります。ただ、実際にコンクリート自体が柔らかくなっているわけではありません。瞬間的な事象である地震に対してはクリープを考慮したヤング係数比を使用するべきでしょうか。
実際のところ、1つ目は影響が少ないことが記載されていますし、もう2つも過去の研究結果によって影響が小さいと判断されているのかもしれません。
ただ、なんでも規準の値を鵜呑みにするのではなく、常に疑問を持つようにしておきたいものです。