耐震基準が改正され、耐震性の高い建物が増えてくるにつれ、地震による建物被害は以前よりも小さく抑えられるようになってきました。非常に大きな地震が発生しても、特に被害が無いという建物もたくさんあります。
とはいえ、最新の基準に適合している建物であれば被害が無いというわけでもありません。どれだけ耐震性を高めたつもりでも、大きな地震の後には使用できなくなってしまう可能性もあります。
地震後に立ち入り禁止の判断を下された建物の中には、建物周辺の斜面が崩壊していたり、液状化が生じていたりと、地盤自体になにか変状が起こっているものがあります。地震の揺れそのものではなく、地盤の変状によって被害が引き起こされています。
近い将来に起こるかもしれない南海トラフ地震でも、地盤に起因する被害が多く発生することが予想されます。大地震でも被害の出ない、地震に強い家にするにはどうすればいいでしょうか。
地盤被害と耐震性の関係について見ていきましょう。
「耐震」が意味するところ
地震によって建物に被害が生じる要因として、「地震の揺れによる被害」、「地盤の変状による被害」、「津波による被害」の三つが挙げられます。これらの要因に対して「耐震」はどこまで考慮されているのでしょうか。
まず、「地震の揺れ」に対しては当然考慮がなされています。揺れに耐えてこその耐震です。地震時に建物に生じる力を算出し、損傷あるいは倒壊しないことを計算により確認しています。
次に「地盤の変状」ですが、こちらはあまり考慮されているとは言えません。基礎や杭が「揺れ」に対して壊れないかの検討は行いますが、土砂が流出したり、沈下や隆起が生じたりといったことは基本的に対象外です。「揺れ」に対する検討の際に、液状化の影響を考慮するくらいです。
最後の「津波」についても考慮されることはほとんどありません。津波について考慮しているのは、一部の土木構造物や津波避難ビルくらいです。そもそも木造住宅であれば津波に耐えるのはほぼ不可能なため、検証するまでもありません。津波警報が出た場合は高いところに避難しましょう。
地震によって建物が倒れる要因はいくつかあるものの、「耐震」とは結局のところ「揺れ」にしか備えられていないことになります。激しい揺れに耐えられるような建物であっても、地盤が少し崩れただけで住めなくなってしまうこともあるということです。
重力と慣性力
建物には常に「重力」が作用しています。地球の中心方向に向かって働く「縦」方向の力です。
それに対し、地震の際には建物に「慣性力」が作用します。左右に揺れる「横」方向の力です。縦揺れによって生じる縦方向の力もありますが、建物に被害を与えることは多くありません。
実は、地震による慣性力よりも、重力の方が数値としてはかなり大きいです。特に超高層の建物になると、大地震であっても慣性力は重力の1/10程度しかないこともあります。
しかし、重力の作用だけで建物が被害を受けることはほとんどありません。小さな力しか作用しないにもかかわらず、地震による被害の方が圧倒的に多いです。
これには力の向きが関係しています。
重力は地面に向かって作用するので、柱を介して地面までまっすぐ力を伝えることができます。力の方向と力を支えるものの方向が一致していて無理なく伝わるので、大きな力であっても問題ありません。
一方、慣性力は地面には向かいません。横方向の力ということは、建物周囲のなにも無い空間に向かって作用するということです。力の方向と力を支えるものの方向がずれているため無理が生じ、小さな力にしか耐えられません。
もし地震によって建物を支える地盤の一部が流出してしまえば、重力が向かう先に、それを支えるものが無くなってしまいます。地震の力よりもよっぽど大きい重力が、まっすぐ伝えられなくなるということです。
耐震性と地盤変状
「耐震性が高い」というのは、「地盤の揺れ」に対して強い建物であることを指しています。「地盤の変状」に対して強いかどうかは必ずしも保証してくれません。前述のように、地盤の変状に関する検討はほとんどされていないからです。
では、耐震性を高めても本当に意味が無いのか、木造住宅の場合で考えてみましょう。
バルコニーを設ける際、下に柱を設置しないで建物から張り出すようにすることが多々あります。このとき、張り出す距離は90cm程度としていることが大半です。
大きな材を使うなどすれば2mでも3mでも張り出すことは可能ですが、一般的にそういうことはしません。周辺部材の納まりやコストの増大を考えると、あまり合理的ではないからです。
しかし、もし地盤が流出してしまうと、建物の端が地面に支えられずに2m以上張り出している状態になってしまうかもしれません。この張り出した部分の強さ次第で、建物自体に被害が出るかどうかが決まります。
耐震性が低い建物では、耐震性が高い建物よりも「壁」の量が少なくなっています。壁は柱や梁よりも大きな力に耐えることができますが、壁の量が少なければ、張り出した部分に壁がある可能性は下がります。
耐震性を高めるために、壁自体を強くすることがあります。張り出した部分に壁があったとしても、壁の強さが不足してしまえばあまり効果がありません。強い壁を使用している方が重力に耐えられる可能性は上がります。
地盤の変状の仕方によってどうなるかはわかりませんが、建物の耐震性を高めておけば、多少なりとも地盤変状に対しても強くなると言えそうです。ただ、あくまでも付加的な効果だということは覚えておきましょう。
地盤変状に耐えられるかどうかは基礎次第
材料と配置
地盤の変状に対して建物を強くするには、建物の耐震性を高めるよりも、基礎をしっかりと設計することの方が重要です。現代の建物の基礎はすべて鉄筋コンクリート造ですが、鉄筋コンクリートは木に比べて非常に硬く、かつ強くすることが可能だからです。
木造の柱や梁は部材のサイズ自体が小さく、しかも部材同士の接合は緩いものです。張り出した状態で重力に耐えるには厳しいものがあります。
壁であればある程度の強さを持っていますが、どこにでも設置できるわけではありません。どの部分で起こるかわからない、ましてや起こるかどうかわからない地盤変状に備えて壁を設置しまくる、という選択肢は無いでしょう。
基礎であれば、建物の下部全体に張り巡らされています。プランに影響することなく、地盤の変状に備えることができます。
過去の被害状況
過去の地盤変状による被害状況からみても、基礎が重要なことがわかります。
地盤変状によって大きく損傷を受けた建物の大半は、鉄筋による補強がされていない無筋コンクリート造の基礎を採用していました。
鉄筋が入っていないと、コンクリートは簡単に割れてしまいます。基礎が割れてしまえばあまり強くない木造部分だけで耐えなくてはならず、多少耐震性を高くしていたところで被害は防げません。
もちろん、基礎を鉄筋コンクリートでつくってあったとしても、地盤自体が大きく傾いてしまえば建物も傾くしかありません。しかし、その場合でも基礎が十分に強ければ、建物自体に損傷は出ません。ジャッキで持ち上げてやれば、そのまま住み続けることも可能です。
伝統構法の基礎にご用心
近年の木造住宅の大半は「在来軸組構法」か「枠組壁構法」で建てられています。しかし、「伝統構法」で建てられるものが無いわけではありません。
伝統構法の基礎は、「石場建て」と呼ばれる現代の建物とは異なる方法でつくられています。鉄筋コンクリートでつくった基礎と土台と呼ばれる木材をボルトでつなぐのではなく、石でできた基礎の上に直接柱が載ります。
石場建てを適切に設計すれば、地震の力を建物に伝えにくくする効果があり、耐震性を高めることができます。しかし、地盤変状に対しては弱くなりやすいです。
現代の基礎であれば建物の下に鉄筋コンクリートの一体化した基礎が張り巡らされます。硬くて強い基礎のおかげで、部分的に地盤に不具合があったとしても建物にはあまり変形が生じません。
それに対して石場建てでは、柱の下にある石の基礎はそれぞれ独立です。どこかが部分的に沈んだとしても、周囲の基礎が支えてやることができません。柱同士をつなぐ木材でしか重力に抵抗できないため、大きく変形する恐れがあります。
伝統構法で家を建てようと考えているのであれば、地震の「揺れ」だけではなく、地震によって引き起こされる「地盤の変状」にも注意を払ってください。