バッコ博士の構造塾

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建物の靭性と脆性:構造設計者が靭性を重視する理由

材料の分野でよく「靭性(じんせい)」や「脆性(ぜいせい)」という言葉を使いますが、建物についても「靭性」、「脆性」という言葉を使います。

 

□■□疑問■□■

「靭性」、「脆性」とはどういう意味でしょうか。「靭性」がある建物とはなんでしょうか。

 

□■□回答■□■

「靭性」は「材料の粘り強さ」と表現されることが多いです。すぐにブチっと切れてしまうのではなく、グニューっと伸びてなかなか切れないような性質です。一般的に金属材料は靭性がある材料です。「脆性」は「靭性」の反意語であり、「脆さ(もろさ)」のことです。力を加えるとあまり変形しないうちに壊れてしまうような性質です。脆性的な材料で一番身近なものはガラスでしょう。

どちらの言葉も材料の性質を表す場合に使用されることが多いですが、柱や梁のような構造部材や建築物の壊れ方を表す場合にも使用されます。構造部材や建築物が破壊に至るまでの変形量が大きければ「靭性」があるということになりますが、使用する材料に「靱性」があっても、構造部材や建築物に「靱性」があるとは限りません。また「靭性」があっても弱い建物もありますし、「脆性」的であっても強い建物もあります。

 

 

構造部材の靱性・脆性

建物の靱性、脆性を論じる前に、まず部材の靱性、脆性の話をしましょう。

 

鉄骨部材の靱性

鉄骨では鉄筋コンクリートのような中身が詰まった部材ではなく、中が空洞になっている薄い部材を使用します。薄い部材を使用することで合理的な設計を行うことができるのですが、薄いことによる弊害もあります。

 

薄い板を引っ張ってもなかなか引きちぎることはできませんが、圧縮するとすぐに折れ曲がってしまう「座屈」という現象が生じます。座屈はある荷重レベルを超えると急に発生してしまいます。

 

鉄骨の部材は「□」や「H」のような断面形状をしていますが、部材に圧縮する力や曲がる力が加わると断面の一部が局部的に座屈してしまうことがあります。これを「局部座屈」といい、局部座屈しやすい部材ほど脆性的に壊れることになります。

 

局部座屈を避けるには部材を厚くする必要があります。そのため鉄骨の部材の靱性の有無は部材の厚みに、正確には断面の大きさと部材の厚さの比率で決まります。同じ厚さ16mmの柱でも、柱幅が30cmと1mでは靱性は大きく変わります。

 

使用する部材の断面の大きさと部材の厚さの比を「幅厚比」といい、これにより部材の靱性の大小をランク分けしています。

 

鉄筋コンクリート部材の靱性

鉄筋コンクリートでは中身が詰まった密実な部材を使用するので、よほど細い材でなければ座屈を考える必要はありません。ただし、コンクリートという材料自体が脆性的な性質を持っています。

 

鉄筋コンクリートは圧縮に強く引張に弱いコンクリートを、引張に強い鉄筋が補っています。部材に作用する力のうち、圧縮する力はコンクリートが、引っ張る力は鉄筋が負担します。

 

そのため部材が引っ張られる場合は、鉄筋が粘り強く抵抗してくれるので靱性があります。しかし、圧縮される場合は脆性的な材料であるコンクリートが抵抗することになるので、あまり靱性は期待できません。

 

部材をずらす力である「せん断力」に対しても圧縮する力同様、コンクリートが主として抵抗します。そのため脆性的な破壊をすることになります。

 

では部材を曲げる場合はどうでしょうか。実は「曲げる」というのは断面の片側に「引張」、もう片側に「圧縮」が作用しているのと同じことです。そのため、「鉄筋が多く引張に強い部材」では圧縮で壊れるので脆性的になり、「鉄筋が少なく引張に弱い部材」では引張で壊れるので靱性があるということになります。

柱・梁に生じる力と変形を理解する:曲げモーメント・せん断応力・軸応力

 

「鉄筋が多いほど粘り強くなる」と思っていた人もいるかもしれませんが、ケースバイケースです。鉄筋にもいろいろな種類があります。

 

建物の靱性・脆性

一番脆い材で決まる

建物は柱や梁などの構造部材で構成されているので、構成する部材に靱性があるかないかで建物に靱性があるかないかが決まります。一本でも脆性的な破壊をする部材が混ざっていれば、靱性のある建物とは言えません。いくら他の部分が健全でも、柱が一本崩れ落ちてしまえば建物全体の倒壊につながりかねないからです。

 

ただ、梁の場合は一か所や二か所地震により破壊したからと言って即座に建物の倒壊につながるようなことは実際には少ないです。ぐちゃぐちゃになったとしても、なんとか柱にくっついて、急に落ちてくるということにはなりません。とはいえ地震後にその部材の補修を行うことは難しいでしょうし、設計上も不利になります。各部材の靱性は同程度に揃えておいた方が合理的です。

 

靭性=強い?脆性=弱い?

建物に靱性があるに越したことはありませんが、靭性があるから耐震性があるとは言えません。反対に脆性的な壊れ方をするからと言って耐震性が無いとも言えません。

 

細い針金を完全に折り曲げるにはかなり大きな変形を与える必要がありますが、手で簡単に曲げることができます。靭性はあるが弱いということです。逆にガラスの太い棒は上に乗って飛び跳ねればボキッと折れてしまうかもしれませんが、手で曲げることはできません。脆性的に壊れるが強いと言えます。

 

いくら靭性があっても、ある程度の強さが必要になります。靭性がほとんどなく脆性的に壊れるとしても、それを補って余りある強さがあれば問題ありません。靭性に期待するのか、強さに期待するのか、ということです。

 

靭性のある建物、靭性のない建物

靭性がある、ないの説明をしてきましたが、では具体的にどのような建物は靭性があり、どのような建物は靭性がないのでしょうか。

 

基本的には柱と梁で構成される「ラーメン構造」は靭性があります。逆に壁やブレースがたくさんある建物、例えば「壁式構造」は靭性がありません。

 

靭性のないラーメン構造も設計することができますが、柱や梁がかなり太くなってしまいます。細いガラスの棒で造られた建物には住む気がしないでしょう。

 

靭性のある壁式構造の設計はかなり難しいですが、靭性がなくても十分安全な建物にすることができます。壁のような幅のある部材は曲げによる変形をほとんどしないため、靭性がない場合がほとんどです。

 

靱性の大切さ

免震構造では地震の力を大幅に低減できるので、靭性のないラーメン構造でも設計することができます。ただ、その場合でもしっかりと靭性を持たせる設計をするのがいい構造設計者です。

 

靭性があった方が、建物が倒壊するまでに保持できるエネルギーが大きくなるのは確かです。ただ、エネルギーの多寡だけで言っているのではありません。

 

構造設計は非常にたくさんの仮定の下に行われています。建物の重さや硬さも正確な値は建物ができてみるまで分かりません。地震の力も仮定ですし、地盤の影響はいまだにわからないことが多いです。

 

構造計算ソフトで計算した通りの力が実際に建物に生じているとはとても思えません。実際の建物で測定した例がありますが、計算結果とはかなり乖離があったようです。「では構造計算などしても無駄ではないか」と言うとそうではありません。建物建設時に各部材が負担している力が計算と違っていようと、最終的に帳尻が合うようになっています。

 

どういうことか説明しましょう。ある部材が負担する力が計算上よりも実際の方が大きかったとします。そうすると他の部材よりも先に損傷し始めることになります。そうするとその部材は柔らかくなっていきます。部材が柔らかくなると力をあまり負担できなくなり、代わりに他の部材が力を多く負担し始めます。

 

部材が損傷して柔らかくなっても、靭性があれば完全には壊れてしまいません。建物の変形が進むうちに、計算上よりも負担する力が小さかった部材にも次第に力がかかるようになります。結局全ての部材が損傷する頃には計算上の負担割合とほとんど変わらなくなります。

 

もし靭性がなければ、力の負担が偏った部材から順にブチブチと壊れていくことになり、計算の不確かさがそのまま耐震性の不確かさになります。靭性があるということは構造計算の確かさを担保するために必要な性能と言えます。