何か構造物を設計する際、使用する材料の「強さ」や「硬さ」を知る必要があります。
この二つがわかれば、想定した力に対して構造物が「壊れるかどうか」がわかります。しかし、その構造物が「どう壊れるか」までは分かりません。安全な構造物とするには壊れ方まで考慮した設計が必要です。
そしてそのためには材料の壊れ方の特性である「靭性(じんせい)」や「脆性(ぜいせい)」についても知る必要があります。
靭性と脆性
靭性とは
「靭性」は「材料の粘り強さ」と表現されることが多いですが、イメージできるでしょうか。ある材を変形させたときにすぐにブチっと切れてしまうのではなく、グニューっと伸びてなかなか切れないような性質のことです。
大抵の材料は、変形させていくとどんどん柔らかくなっていきます。柔らかくなるということは材料がダメージを受けているということですが、ダメージを受けながらも破断せずに変形できるので「粘り強い」という表現がピタリとくるわけです。
一般的に金属は靭性のある材料です。金属でできた構造物であれば「あぁ、柔らかくなってきた、もうダメかも」という状態からでも意外に粘るため、「急に壊れてしまった」という状態を避けることができます。
脆性とは
「脆性」は「靭性」の反意語であり、「脆さ(もろさ)」のことです。力を加えるとあまり変形しないうちに壊れてしまうような性質です。
壊れる直前まで柔らかくなることもないので、傍目には「お、まだ大丈夫かな」という印象を与えます。しかし限界を超えた途端に一気に力を負担できなくなってしまうので取り扱いに注意が必要です。
脆性的な材料で一番身近なものはガラスでしょう。ガラスでできた吊り橋などもありますが、透明であることとともに「パキっと壊れる」ことを経験的に知っているので、より恐怖感が増すわけです。
材料の靱性・脆性
代表的な建築材料である鋼材、コンクリート、木材について見てみましょう。
鋼材
前述の通り、金属系の材料である鋼材は靭性のある材料です。低降伏点鋼と呼ばれる弱いものから高強度鋼と呼ばれる強いものまで、いろいろなものがあります。
0.1~0.2%程度伸びると軟化しはじめますが、最終的に切れるまでには20%程度変形することができます。長さ1mの鋼材の棒であれば1~2mm伸ばすと柔らかくなり、20cm伸ばしてやっとブチっと切れるくらいです。
鋼材とは炭素を若干量含む鉄の合金ですが、炭素が多いほど脆くなります。鋼材よりも炭素の含有量が多い鋳鉄では1%程度の伸びで切れてしまうものもあります。
コンクリート
コンクリートは砂や砂利がセメントを介して固まったものです。そのため圧縮される分には強いのですが、引張にはとても弱いです。
もとが砂や砂利の集合体なので、引張で壊れるときはバサッと一気に壊れます。靭性のない危険な壊れ方です。
また、圧縮の場合も強いとはいえ靭性があるとは言えません。圧縮力を加えていくと砂利の角を起点にひび割れが入るので少し軟化しますが、壊れるときの変形は0.3%程度です。
木材
木材と言えば変形能力のある材料の代表のように思っている人も多いのですが、そんなことはありません。意外に靭性のない、脆い材料です。
確かに木材は鋼材やコンクリートに比べて柔らかいため、ダメージを受けるまでの変形量は大きくなることもあります。しかし、肝心なのは壊れるまでの変形量です。
鋼材は0.2%程度の変形でダメージを受け始めますが、実際に壊れるのはその100倍の20%です。一方の木材は、ダメージを受けた後は早々に壊れてしまうので変形能力はありません。
ただし、木材は力を加える方向によって性質が変わります。引っ張ったり曲げたりすると靭性はありませんが、繊維に直角(丸太の半径方向)に押すとめり込みながらも壊れずに変形するので靭性があります。
構造部材の靱性・脆性
通常、「靭性がある・ない」という言葉は材料の特性を表す場合に使用します。しかし、構造部材にも使うことができます。
材料自身に靭性があっても、構造部材としても靭性があるとは限りません。靭性のある材料でも脆性的に壊れることがありますし、うまく設計すれば脆性的な材料であっても靭性のある壊れ方をします。
鉄骨部材
鉄骨の部材は密実ではなく、「□」や「H」のように薄い板を組み合わせたような断面をしています。薄い部材を使用することで合理的な設計を行うことができるのですが、薄いことによる弊害もあります。
薄い板を引っ張ってもなかなか引きちぎることはできませんが、圧縮すると横に折れ曲がってしまう「座屈」という現象が生じます。座屈はある荷重レベルを超えると急に発生するので、脆性的な壊れ方です。
鉄骨の部材に圧縮する力や曲がる力が加わると、断面の一部が局部的に座屈してしまうことがあります。これを「局部座屈」といい、局部座屈しやすい部材ほど脆性的に壊れることになります。
局部座屈を避けるには部材を厚くする必要があります。そのため鉄骨の部材の靱性の有無は部材の厚みに、正確には断面の大きさと部材の厚さの比率で決まります。同じ厚さ16mmの柱でも、柱幅が30cmと1mでは靱性は大きく変わります。
使用する部材の断面の大きさと部材の厚さの比を「幅厚比」といい、これにより部材の靱性の大小をランク分けしています。
鉄筋コンクリート部材の靱性
鉄骨と違い鉄筋コンクリートでは中身が詰まった密実な部材を使用するので、よほど細い材でなければ座屈を考える必要はありません。ただし、コンクリートという材料自体が脆性的な性質を持っています。
鉄筋コンクリートは圧縮に強く引張に弱いコンクリートを、引張に強い鉄筋が補っています。部材に作用する力のうち、圧縮する力はコンクリートが、引っ張る力は鉄筋が負担します。
そのため部材が引っ張られる場合は鉄筋が粘り強く抵抗してくれるので靱性があります。しかし、圧縮される場合は脆性的な材料であるコンクリートが抵抗することになるので、あまり靱性は期待できません。
部材をずらす力である「せん断力」に対しても圧縮する力同様、コンクリートが主として抵抗します。そのため脆性的な破壊をすることになります。
では部材を曲げる場合はどうでしょうか。実は「曲げる」というのは断面の片側に「引張」、もう片側に「圧縮」が作用しているのと同じことです。
そのため、「鉄筋が多く引張に強い部材」では圧縮で壊れるので脆性的になり、「鉄筋が少なく引張に弱い部材」では引張で壊れるので靱性があるということになります。
「鉄筋が多いほど粘り強くなる」と思っていた人もいるかもしれませんが、ケースバイケースです。同じ鉄筋でもいろいろな使い方があり、靭性を大きくするには「せん断補強筋」が重要になります。
木質部材の靱性
木でなにかをつくるには、木と木をつなぎ合わせていく必要があります。木自体に靭性はありませんが、このつなぎ目のおかげで木質部材の靭性は大きくなります。
木をつなぎ合わせる方法として「金物と釘」によるものと「木材同士の噛み合わせ」によるものがあります。
金物と釘でつなぐ場合、釘と木とでは硬さが全く違うため釘に力が加わると周囲の木にめり込みます。めり込みに関しては木も靭性があるので、靭性のある部材となります。
噛み合わせでつなぐ場合、完全に隙間をゼロにはできません。しっかり噛み合うまでにパカパカとつなぎ目が動くので変形能力が高まります。また、噛み合う部分はめり込みながら力を伝えるので、これまた靭性のある部材となります。
建物の靱性・脆性
材料や部材だけでなく、建物に対しても「靭性がある・ない」という言い方をします。
一番脆い材で決まる
建物は柱や梁などの複数の構造部材で構成されていますが、その中に一本でも脆性的な破壊をする部材が混ざっていると靱性のある建物とは言えません。いくら他の部分が健全でも、柱が一本崩れ落ちてしまえば建物全体の倒壊につながりかねないからです。
ただ、梁の場合は一か所や二か所地震により破壊したからと言って即座に建物の倒壊につながるようなことは実際には少ないです。ぐちゃぐちゃになったとしても、なんとか柱にくっついて、急に落ちてくるということにはなりません。
とはいえ地震後にその部材の補修を行うことは難しいでしょうし、設計上も不利になります。各部材の靱性は同程度に揃えておいた方が合理的です。
靭性=強い?脆性=弱い?
建物に靱性があるに越したことはありませんが、靭性があるから耐震性があるとは言えません。反対に脆性的な壊れ方をするからと言って耐震性が無いとも言えません。
細い針金を完全に折るにはかなり大きな変形を与える必要がありますが、手で簡単に曲げることができます。靭性はあるが弱いということです。
逆にガラスの太い棒は上に乗って飛び跳ねればボキッと折れてしまうかもしれませんが、手で曲げるのは難しいです。脆性的に壊れるが強いと言えます。
いくら靭性があっても、ある程度の強さが必要になります。靭性がほとんどなく脆性的に壊れるとしても、それを補って余りある強さがあれば問題ありません。
要は、靭性に期待した設計にするのか、強さに期待した設計にするのか、ということです。
靭性のある建物、靭性のない建物
靭性がある・ないの説明をしてきましたが、では具体的にどのような建物は靭性があり、どのような建物は靭性がないのでしょうか。
基本的には柱と梁で構成される「ラーメン構造」は靭性があります。逆に壁やブレースがたくさんある建物、例えば「壁式構造」は靭性がありません。
靭性のないラーメン構造も設計することができますが、柱や梁がかなり太くなってしまいます。細いガラスの棒で造られた建物には住む気がしないでしょう。
靭性のある壁式構造の設計はかなり難しいですが、靭性がなくても十分安全な建物にすることができます。壁のような幅のある部材は「曲げ」ではなく「せん断」で壊れることが多いため、靭性がない場合がほとんどです。
靱性の大切さ
建築基準法さえ守っていれば靭性のないラーメン構造でも設計することができます。ただ、法律上問題が無い場合でもしっかりと靭性を持たせる設計をする方が望ましいです。
靭性があった方が建物が倒壊しにくくなるということもあるのですが、他にも理由があります。それは「計算の精度の低さや材料のばらつきの影響を取り除いてくれる」からです。
構造計算は怪しい
そもそも構造設計は非常にたくさんの仮定の下に行われています。建物の重さや硬さも正確な値は分かりません。地震の力も仮定ですし、地盤の影響はいまだにわからないことが多いです。
そのため構造計算で求めた力や変形と、実際に建物に生じている力や変形は一致しません。実際の建物で測定した例がありますが、かなり乖離があったようです。
また、自然材料である木は一本一本強さが違います。現場で流し込んで固めるコンクリートも強さのばらつきが大きいです。工場生産される鋼材であってもばらつきはゼロにはできません。
部材に生じる力もわからないし、部材の強さ自体もわからない。だったら構造計算などしても無駄じゃないか、と言う気がしてきます。
しかし、実際にはそうではありません。「靭性」があれば最終的に帳尻が合うようになっています。
では靭性があるとどんないいことがあるか、簡単な計算例を示しながら説明します。
靭性がある建物とない建物の比較例
例えば、3本の柱でできた建物があるとします。平均的には100の力に耐えられますが、ばらつきがあるのでそれぞれ80、100、120の力に耐えられます。
設計者には強さのばらつきがわからないので「100の強さが3本なので、建物としては300の強さがある」と考えます。実際3本の柱の強さの合計は300に違いありません。
もし地震によりこの建物に120の力が作用すると、各柱は40の力を負担します。一番弱い柱でも80まで耐えられるので、この地震で建物は倒れません。
次に、2倍の大きさの地震を考えます。地震により建物に240の力が作用すると、各柱は80の力を負担します。そうすると一番弱い柱は限界まで力を負担することになります。
このとき、柱に靭性がないと柱が折れてしまいます。折れてしまえば負担する力はゼロです。
そうなると残りの2本で240の力全てを負担しなくてはなりませんが、今度は100の強さしかない柱が耐えられなくなります。連鎖的に強さ100の柱、強さ120の柱も折れてしまうことになり、結局建物の強さは一番弱い柱の強さ×3本分にしかなっていません。
しかし、もし柱に靭性があると、80の力を負担したときでも一番弱い柱は折れません。80を超えて力を負担することはできませんが、80を保持したまま変形できます。
さらに地震が強くなり280の力が作用したとすると、各柱の負担は80、100、100となります。二番目に弱い柱も限界に達しますが、100の力を保持できます。
さらに地震が強くなって300の力が作用すると、各柱の負担は80、100、120となり壊れることになります。建物の強さは平均的な柱の強さ×3となり、柱の強さにばらつきがあっても計算値と一致しています。
もし靭性がなければ、力の負担が偏った部材や平均よりも弱い部材から順にブチブチと壊れていくことになり、計算や材料の不確かさがそのまま耐震性の不確かさになります。靭性は構造計算の確かさを担保するために必要な性能と言えます。