バッコ博士の構造塾

建物の安全性について本当のプロが綴る構造に特化したブログ

柱・梁に生じる力と変形を理解する:曲げモーメント・せん断応力・軸応力

柱や梁などの構造部材は、重力や地震により作用する力に耐えなくてはなりません。

 

□■□疑問■□■

構造力学の講義では「モーメント」、「せん断力」、「軸力」といった言葉がよく出てきますが、それぞれにいろいろな式があってよくわかりません。

 

□■□回答■□■

構造設計者になるには、これらの力をよく理解しておかなければなりません。意匠設計者になる場合でも一級建築士試験には必ず力学が出題されます。一般の方でも、力学の素養があれば日常生活で役立つこともあります。とはいえ、式の導出や詳細な意味を理解するのは簡単ではありません。ここでは学問的に厳密な理解ではなく、感覚的な理解ができるような説明をしようと思います。感覚的に理解できれば、意外に式もすんなり頭に入ってくるようになります。

 

 

建物に作用する力

建築における構造設計者の役割は「安全・安心な建物」を提供するところにあります。常時は重力に対して、時には地震や台風などの災害に対して抵抗できるよう建物を設計します。

 

地震大国である日本では地震以外の災害が設計に与える影響は小さく、基本的には重力と地震の力に対して設計を行います。重力は鉛直(縦)方向の力、地震は水平(横)方向の力であり、建物に与える影響は大きく違います。

 

重力や地震により柱や梁などの構造部材に作用する力が「軸力」、「せん断力」、「力のモーメント」です。そして、こられの力に抵抗するために各部材に生じる力が「軸応力」、「せん断応力」、「曲げモーメント」です。少しややこしいですね。一つずつ説明していきます。

 

外から作用する力:軸力、せん断力、力のモーメント

内から抵抗する力:軸応力、せん断応力、曲げモーメント

 

軸力・軸応力・軸変形

軸方向の力

「部材を伸び縮みさせようとする力」を軸力、「部材が伸び縮みしないよう耐える力」が軸応力です。部材の軸方向(長さ方向)と力の方向が一致しているときに作用します。建物の重さを支える柱には、下の階ほど大きな軸力が作用します。水平な部材である床や梁には、基本的にはほとんど作用しない力です。

 

材を伸び縮みさせる力:軸力 ⇔ 伸び縮みしないよう耐える力:軸応力

 

軸変形の式を考える

軸力により生じる変形を「軸変形」といいます。「ある部材をある力で引っ張ったら何㎜伸びるか」は計算により求めることができます。軸変形は「作用する力」と「長さ」に比例し、「断面積」と「材の硬さ」に反比例します。

 

同じ棒を一人で引っ張ったときより、二人で引っ張ったときの方がよく伸びるのはすぐ理解できます。棒が太くなったり、棒を木から鉄に変えたりすれば伸びにくくなるのもすぐ理解できます。では棒が長くなるとよく伸びるようになるのはどうでしょうか。

 

二人で綱引きをする場合を考えてみます。綱の両端を持ってお互いに引っ張るわけですが、このとき綱に作用している引っ張り力(軸力)はどこでも同じです。部分的に力が強かったり弱かったりすることはありません。また、綱の長さを変えても力の大きさが変わるわけではありません。

 

綱のどの部分も同じだけ力を受けているということは、どの部分も少しずつ伸びているということです。この「少しずつ伸びている」ものを全部集めると、実際の綱の変形になります。長さを変えても各部分の伸びが変わらないのであれば、長くした方がたくさん伸びることになります。

 

なぜ軸変形は小さいか

曲げやせん断による変形に比べ、軸変形は小さい値となります。これは軸変形が体積変化を伴う変形だからです。

 

棒を引っ張ると伸び、圧縮すると縮みます。これは棒の体積が引っ張るときは増え、圧縮するときは減るということです。体積を変化させるというのは大きな力が必要になります。

 

例えば、水鉄砲の銃口を指でふさぐと引き金が非常に硬くなります。行き場のない水を無理やり圧縮しているからですが、水のような液体であっても体積を変化させるのが大変なことがわかります。

 

せん断力・せん断応力・せん断変形

軸直交方向の力

「部材をずらそうとする力」をせん断力、「部材がずれないよう耐える力」がせん断応力です。部材の軸方向(長さ方向)と力の方向が直交しているときに作用します。

 

材をずらす力:せん断力 ⇔ ずれないよう耐える力:せん断応力

 

重力に対して柱は平行、地震の力に対して梁は平行ですが、その場合でもせん断力が作用することに注意しましょう。柱一本だけの構造、梁が一本だけの構造であれば作用しませんが、隣接する部材が曲がろうとするのを拘束するために部材と直交する力が作用します。

 

せん断変形の式を考える

せん断力により生じる変形を「せん断変形」といいます。「ある部材をある力で横に押すと何㎜ずれるか」、これも計算により求めることができます。せん断変形は軸変形同様、「作用する力」と「長さ」に比例し、「断面積」と「材の硬さ」に反比例します。

 

基本的には軸変形と同じなので理解いただけると思います。しかし、せん断変形を算出する際に使用する「材の硬さ」は、軸変形を算出する際に使用する「材の硬さ」とは別の数値です。

 

先ほど「軸変形は体積変化がある」と書きました。しかし「せん断変形は体積変化がない」のです。変形の仕方がそもそも違うため、同じ数値を使うことができないのです。

 

コンニャクを例に挙げて考えてみましょう。上からコンニャクを押さえつけると、ぐにっと潰れて高さが低くなります。これが軸変形です。横にはらみ出す部分もありますが、体積は小さくなっています。

 

ではこのコンニャクを横にずらしてみましょう。そうすると、横から見ると平行四辺形のようになります。長方形から平行四辺形になるためにずれた分がせん断変形です。長方形も平行四辺形も面積は「底辺の長さ×高さ」で表されますので、面積は変わらずです。ずらす前と後で奥行きの変化もありませんので、体積が変化していないことがわかります。体積変化が無い分だけ、軸変形よりも変形しやすいのです。

 

式を順に追っていけば「軸」と「せん断」に対する「材の硬さ」がどういう関係にあるかは導出できるのですが、「体積変化」の有無から「せん断」の方が柔らかい理由を示してみました。実際には40%くらいの硬さになることが力学的に示せるのですが、ここでは割愛します。

 

力のモーメント・曲げモーメント・曲げ変形・回転変形

回転方向の力

「部材を回転させようとする力」を力のモーメント、「部材が回転しないよう耐える力」が曲げモーメントです。力のモーメントは「力の大きさ×力までの距離」で表されます。そのため、力の作用する位置と力を支える位置がずれているときに作用します。

 

材を回転させる力:力のモーメント ⇔ 回転しないよう耐える力:曲げモーメント

 

せん断力があるところには必ず曲げモーメントが生じます。力の大きさだけでなく距離の影響も受けるので、部材の途中に力が作用していなくても部材の位置によって曲げモーメントは変化します。

 

力のモーメントに対する部材の抵抗

回転させる力といっても、結局は圧縮と引張で抵抗することができます。足を開いて立っている人の左肩を横から押すと、「押した力の大きさ×地面から肩までの高さ」の力のモーメントが作用します。

 

この時、足を大きく開いている方が倒れにくいのはわかるかと思います。この人の右足には押しこまれるような力(圧縮)が生じ、左足には浮き上がるような力(引張)が生じますが、この「力」と「足を開いている幅」を掛けたものが力のモーメントと釣り合うようになっています。

 

片側が圧縮、反対側が引張を負担することで、回転にも抵抗することができます。

 

曲げ変形・回転変形とは

力のモーメントにより生じる変形には「曲げ変形」と「回転変形」があります。

 

部材を小さい正方形の集合と考えた場合、各正方形が縦長の「長方形」になったり横長の長方形になったりするのが軸変形です。各正方形がずれて「菱形」になるのがせん断変形です。

 

力のモーメントによる変形は正方形が「台形」になることです。正方形の縦の2辺のうち、片側は圧縮されて短く、反対側は引っ張られて長くなるためです。

 

長方形の上に長方形を重ねていっても、長方形の各辺は地面と平行を保ちます。これが菱形でも同じです。つまり、軸変形でもせん断変形でも、部材の各部は回転していません。しかしこれが台形になると違ってきます。

 

台形を積み上げていくと、どんどん横方向にずれていくと共に、台形の斜めの辺の傾きも大きくなっていきます。この横にずれていく変形が「曲げ変形」、辺が傾いていく変形が「回転変形」です。

 

回転変形の式を考える

「ある部材をある力で横に押すと何度傾くか」という回転変形の値は、「作用する力」と「長さの2」に比例し、「断面二次モーメント」と「材の硬さ」に反比例します。

 

軸やせん断と違う要素が2つ出てきました。

 

まず、「断面積」ではなく「断面二次モーメント」というものが出てきました。これは部材の断面形状に応じて変わる値です。仮に同じ断面積であっても、曲げに対する硬さは大きく変化します。

 

例えば長方形の断面を持つ棒であれば、曲げる方向によって硬さが大きく違うことがわかるでしょう。これが四角や丸でも同じです。「H型鋼」はこの断面二次モーメントが大きくなるよう工夫された形状です。

 

次に「長さ」ではなく「長さの2乗」というものが出てきました。どうして長さではないのでしょうか。

 

確かに各部が少しずつ傾いているので、この傾きを全部集めれば回転角になります。しかし、力のモーメントは長さに比例するという性質がありました。

 

長さが2倍になれば、「力」の大きさが同じでも「力のモーメント」が2倍になり、各部の傾きが2倍になります。そして傾きを集計する長さも2倍になっているので2倍の2倍になるのです。これが2乗の正体です。

 

曲げ変形の式を考える

「ある部材をある力で横に押すとどのくらい曲がるか」という曲げ変形の値は、「作用する力」と「長さの3」に比例し、「断面二次モーメント」と「材の硬さ」に反比例します。

 

またしても違う要素が出てきました。先ほどの回転変形では2乗だったものが、3乗になりました。これはなぜでしょうか。

 

電柱のような、足元を固定した一本の棒を考えてみましょう。この棒の真ん中を横方向に押します。棒を押した真ん中部分よりも、棒の先端の方が大きく変形することがわかります。

 

実際には、棒の真ん中より上には何の力も作用していません。それでも棒の先端が大きく変形するのは、棒の真ん中部分が回転変形をしており、地面と平行ではなくなっているからです。力が生じていなくても足元が傾けば、そこから先にあるものは変形するのです。

 

長さが2倍になれば回転変形は2の2乗の4倍になり、その先の回転する部分の長さも2倍になるので4倍の2倍、つまり8倍になるのです。これが3乗の正体です。

 

軸変形やせん断変形が長さに比例し、回転変形が長さの2乗、曲げ変形が長さの3乗に比例することを感覚的に理解する手助けになれば幸いです。