バッコ博士の構造塾

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柔構造・剛構造とは?結局どちらが地震に強いのか

もし突然、「硬い家と柔らかい家、どちらに住みたいですか?」と聞かれたらなんと答えるでしょうか。

 

「柔らかい家になんて住めないだろ」という人が多いかもしれませんが、「柔らかい方が地震の力を受けにくい、と聞いたことがある」という人もいるかもしれません。「五重塔が倒れないのは柔らかいからだ」という説はあまりに有名です。

五重塔はなぜ倒れない:構造のわからなさがわかる話

 

しかし、そもそも硬い、柔らかいというのは相対的なものです。何と比べての話なのか、それを明確にしないと答えようがありません。

 

また、地震時の建物の揺れは非常に複雑です。全ての状況に当てはまるような、単純な正解があるわけではありません。

 

白か黒か、明快な回答が好まれる昨今ですが、もう少し腰を据えて理解に努めてみてはいかがでしょうか。柔構造と剛構造について、現代の住宅や高層ビルに触れながら説明していきたいと思います。

 

 

柔構造と剛構造

柔構造とは

読んで字のごとく、「柔構造」とは柔らかい構造のことです。大半は壁やブレースを使用せず、「純ラーメン構造」と呼ばれる柱と梁だけで構成されている構造になっています。

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建物が柔らかくなると、ゆっくりと揺れるようになります。地震は基本的にガタガタと素早く揺れることが多いので、地面と建物の揺れ方が異なることで力が伝わりにくくなります。

 

力を真っ向から受け止めるのではなく、受け流すようなイメージを持って頂ければいいと思います。「柔よく剛を制す」といったところでしょうか。

 

柔構造に明確な定義はないと思いますが、建物の周期(揺れが一往復するのに要する時間)が1.5秒以上のものを指すこともあるようです。なぜ1.5秒かというと、その当時「主要な揺れの周期が1~1.5秒」となる地震の観測記録がいくつかあったからです。地震動よりも周期を長くすれば、建物に生じる力は小さくなります。

 

今では「長周期地震動」と呼ばれるさらに周期が長い地震動も複数観測されています。

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剛構造とは

柔構造と対を成すのが「剛構造」です。「剛」とは非常に硬いものを表す言葉で、剛構造とは硬い構造のことです。柱や梁だけでなく、壁やブレースが併用される場合が大半です。

 

柱や梁は「曲がる」ことで力に抵抗しますが、壁やブレースは「ズレる」あるいは「伸び縮みする」ことで力に抵抗します。「曲げ」に比べて「ズレ」や「伸縮」は効率よく力を伝達できるので、壁やブレースを入れた建物は変形しにくくなります。

柱・梁に生じる力と変形を理解する

 

地震の周期というのは、実際に地震が起こるまでよくわからないものです。であれば、どんな周期の地震であろうと耐えられるように造ろう、というのが剛構造の考え方です。

 

柔剛論争

建物は硬い方がいいのか、柔らかい方がいいのか、単純に見えて実は非常に難しい問題です。簡単に一言で答えられません。

 

関東大震災の直後、大正12年頃(1923年)には、「建物は硬くあるべきか、柔らかくあるべきか」についての論争である「柔剛論争」が起こっています。

 

建築業界では有名な論争なので、検索をかければいろいろと情報が出てきます。もし興味があれば、ぜひ調べてみてください。

 

当時は誰でも気軽に「応答解析」を行える時代ではありませんし、観測された地震動のデータ自体も限られたものでした。しかし両者の主張は非常に面白く、今でも参考になります。どちらにも主張するだけの理があったと言えるでしょう。

時刻歴応答解析がよくわかる

 

そして結局明快な結論がでないまま、うやむやになってしまいました。ただし、それ以降の耐震基準には剛構造の考え方が多く取り入れられることになります。

 

「エネルギー」という考え

柔剛論争の結果はうやむやで終わってしまいましたが、それは仕方がなかったのかもしれません。なぜなら「柔構造派」も「剛構造派」もある意味同じことを主張していたからです。

 

「柔らかい」と「硬い」では全く逆の主張をしているようですが、エネルギーの観点から考えるとそうではないのです。

 

柔構造は「変形能力が高い」から壊れない、剛構造は「変形自体を小さくできる」から壊れない、と主張していました。エネルギーとは「力」×「変位」ですので、柔らかくてもたくさん変形すればエネルギーは大きくなりますし、硬ければ少しの変形でエネルギーが大きくなります。

 

両者の主張はどちらも「いかに建物が多くのエネルギーを保持できるか」ということに帰結します。

 

もちろん他にも対立する主張はあります。ただ、「エネルギー」という概念を持ち出すことで、両者の主張を継ぎ目なく説明できるようになりました。

 

結局どっちがいいの?

エネルギーに着目することで、硬くても柔らかくても、どちらでもいいことがわかりました。しかし、「同じエネルギーを保持できるなら、硬い建物と柔らかい建物のどっちがいいか」という問題は依然として残っています。

 

結論から言うと、硬くしやすい建物は硬く、柔らかくしやすい建物は柔らかくするのが効率的です。「え、何それ?」という感じでしょうか。

 

硬くしやすい建物とは低層の建物、柔らかくしやすい建物とは高層の建物です。例えば、木の棒は長ければ長いほど曲げやすくなります。建物も高ければ高いほど変形しやすくなり、柔らかくなりがちなのです。

 

壁がたくさん入った低層の建物は剛構造です。柱と梁だけで構成されている超高層ビルは柔構造です。

 

もちろん柱と梁だけの低層の建物もあります。ただ、「建物の重さに対する柱の太さ」は超高層ビルよりもかなり大きく、実は剛構造なのです。超高層ビルを剛構造にするにはとんでもない量の柱や壁が必要になります。

 

木造住宅は柔?剛?

木造住宅に関するインターネット上での議論を見ていると、「建物を硬くすると地震の揺れがダイレクトに建物に伝わってしまう」という主張に出会うことがあります。柔構造か剛構造か、100年経っても終わらない議論のようです。

 

ただ、この議論についてはすぐに終わらせることができそうです。なぜなら、木造住宅はどれだけ柔らかくしようと剛構造だからです。

 

柔構造の定義(らしきもの)を上述しましたが、周期が1.5秒以上の建物のことです。木造住宅はその構造や建築年代によって大きくばらつきますが、かなり古くて柔らかいものでも周期は0.5秒程度です。最新の基準に適合した建物であれば、柔らかいものでも0.3秒程度と言われています。

 

周期は建物の硬さの平方根に反比例しますので、周期を3倍の1.5秒まで伸ばすには硬さを1/9まで下げなくてはなりません。これはどう考えても現実的ではありません。

 

「設計用応答スペクトル」という建物に生じる力を略算できる図があります。この図では周期が0.64秒よりも長くなると地震の力を低減できるようになっています。これであれば何とか達成できるかもしれませんが、周期が0.64秒より少し長いくらいでは地震力の低減は微々たるものです。

 

つまり、標準よりもいくら建物を柔らかくしても、剛構造のままということです。ということであれば、耐震性を高めるにはできるだけたくさん壁を入れて、建物を硬くするのが正解ということになります。