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南海トラフ地震で大都市圏が揺れる:長周期地震動の恐怖

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東海地震から東海・東南海地震、東海・東南海・南海地震ときて、今では南海トラフ地震という巨大な規模の地震を想定するようになりました。

 

□■□疑問■□■

東北地方太平洋沖地震のように、南海トラフでもマグニチュード9クラスの地震が起こるのでしょうか。

 

□■□回答■□■

もちろん可能性はゼロではありません。東北地方太平洋沖地震、熊本地震を経験し、多くの技術者が自然災害の恐ろしさを再認識しています。「想定外」の事象を減らすべく最悪の事態を想定した検討が行われており、対応すべき地震の規模は非常に大きくなっています。特に揺れが大きくなると想定される地域に関しては、設計時に用いる検討用の地震動が新たに規定されています。

 

 

南海トラフ地震に関する国の対応

内閣府の「南海トラフ沿いの巨大地震モデル検討会」および「首都直下モデル検討会」により、『南海トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動に関する報告』がなされました(平成27年12月17日)。

 

これを受け、翌18日に国交省から『超高層建築物等における南海トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動への対策案について』発表がなされ、同時に意見募集が行われました。そして平成28年6月24日には「案」が取れた形で発表され、内容が確定しました。平成29年4月1日以降の申請から効力を発揮しています。

 

『対策』では、南海トラフ沿いで約100~150年の間隔で発生しているとされるマグニチュード8~9クラスの地震を対象にしています。マグニチュードが1違えば地震のエネルギーは31.6倍違うため8と9では大違いですが、「9を含めた」という点が東北地方太平洋沖地震の反省が生かされている点でしょう。

 

南海トラフ地震の検討対象となる建物

検討対象となる地域

南海トラフ地震がいかに巨大な地震とはいえ、日本中に大きな影響を与えるわけではありません。基本的には太平洋側の地域が大きな揺れに見舞われます。今回対象となるのは東から順番に「関東地域」「静岡地域」「中京地域」「大阪地域」の4つの地域です。

 

静岡はそうでもないですが、他の3つは日本が誇る大都市圏です。なぜ大都市圏ばかりが検討対象地域なのでしょうか。理由としては2つ挙げられます。

 

まず、大都市は平野部につくられているということです。日本は国土の大半が山なため、少ない平野部に人が集中します。そして平野は川の堆積物によってつくられており、地盤が軟弱である場合が多いです。そのため、大きな地震が起きるといつまでも揺れが収まらず、結果として地震の被害が大きくなる傾向にあります。図らずも日本人は地震の危険性が高い地域に都市を形成してしまっているのです。

 

次に、影響の大きい大都市をとりあえず対象としているということです。人がほとんど住んでいない田舎を一生懸命検討するよりも、まずは都市部を検討するというのは合理性があります。実際、地震動の伝播を検証した解析の結果を見ると、上記の4地域以外にも揺れが大きくなる地域は認められます。しかし限られた時間と人員ではそこまで手が回らないのでしょう。今後その他の地域でも何かしらの対応が必要になる可能性はゼロではありません。

 

検討対象となる建物

対象となるのは高さ60mを超える建物と地上4階建て以上の免震建物です。地震の規模、つまりマグニチュードが大きくなると、地盤は大きくゆっくりと揺れます。そのため、ゆっくり揺れる特性を持つ高さが高い建物と免震建物を対象としています。

 

東北地方太平洋沖地震でも首都圏や関西圏で超高層ビルが大きく揺れましたが、低層建物では液状化を除いてあまり影響はありませんでした。震源地に近ければ低層建物も大きな揺れに見舞われるでしょうが、南海トラフ地震と言うよりはその他の直下型地震の方が危険性は大きいです。

 

免震建物の場合、4階建てであっても平屋であっても振動特性に大きな違いはありません。今回は検討対象に入っていませんが、3階建て以下であっても注意が必要です。

 

南海トラフ地震に対し検討すべき内容

長周期地震動

従来設計に使用していた地震動に加え、地域ごとに指定された地震動を用いて検討を行う必要があります。「関東地域」では1種類の地震動が、その他の地域ではさらに3地域に分けられており、3種類の地震動が設定されています。条件が厳しい地域では、従来の1.5倍や2倍の大きさの地震動に対し設計を行うことになります。

 

「静岡地域」、「中京地域」では3秒程度で揺れが一往復するような地震(周期3秒)、「関東地域」、「大阪地域」では6秒程度で揺れが一往復するような地震(周期6秒)となっています。これは各地域の地盤の特性を考慮した結果で、非常にゆっくりとした揺れであることから「長周期地震動」と呼ばれます。

 

この地震動の特徴としては継続時間が非常に長いことです。東北地方太平洋沖地震でもそうでしたが、従来のガタガタと揺れる1分に満たない地震と違い、グラグラと数分に渡って揺れが続きます。いままで想定していた2倍にもなる大きな揺れが長時間生じるわけです。既存の建物はひとたまりもないでしょう。

 

家具の転倒

地震時に家具が倒れるかどうかは建物に生じる加速度が重要ですが、速度も重要になります。家具が「倒れ出すかどうか」は加速度によって決まり、「本当に倒れるか」は速度の影響が大きくなります。長周期地震動では加速度はそこまで大きくありませんが、速度が大きくなる傾向にあります。

 

コピー機などのキャスター付きの大型の事務機器は、あまり大きくない加速度で滑り出します。そしてどれだけ滑るかというのは速度によって決まります。かなりの重量物なので室内の人も危険ですし、窓から飛び出してしまうと大惨事につながります。

 

そのため、家具の転倒や移動の防止対策について設計上の措置を行い、説明しなくてはなりません。

 

長時間の繰り返しの影響

今まではガタガタと強い揺れが短時間生じることを対象とした設計が行われていました。そのため、長時間繰り返し揺れた場合の影響をモデル化していない場合も多くありました。

 

ダンパーと呼ばれる装置は建物の振動のエネルギーを熱に変換することで吸収しますが、地震が長時間続くと非常に高温になります。温度の影響によって性状が大きく変化するようなダンパーも存在します。耐久性の大きくないダンパーであれば破断することもあり得ます。

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多くの建物では地震時に梁の端部が軟化することで地震のエネルギーを吸収しますが、吸収できるエネルギーには上限があります。針金を繰り返し折り曲げると熱を帯びてきますが、さらに折り曲げ続けるとちぎれてしまいます。梁にもこれと同じことが起こります。

 

繰り返しの影響を考慮したモデル化は従来よりも複雑になります。まだ実験により繰り返しに対する性能が十分に確認されていない材もあります。今後さらに研究が進んでいくでしょう。

 

揺れの強さも重要ですが、揺れの継続時間も非常に重要な要素です。

 

まとめと相模トラフ

南海トラフ地震に対する国の対応と、設計方法について説明しました。今後数十年のうちにかなりの高確率で発生することでしょう。そのとき、この対策の真価が問われます。

 

ただ、熊本地震は誰も発生するとは思っていませんでした。地震の発生確率が低いからといって、起こらないわけではありません。常に備えておく必要があります。

 

今回関東地域は地震動が1種類だけ設定されており、他の地域と比べると揺れの強さ自体はあまり大きなものではありませんでした。ただ『対策』では「相模トラフも現在検討中だから、近い将来設計用の地震動が大きくなるかもしれない」といったことが書かれています。関東大震災は相模トラフにより引き起こされています。

 

日本に住む限り地震は避けることができません。南海トラフ地震の対象地域外に住んでいるから、ということではなく、地震大国日本に住んでいることを意識しておきたいものです。