科学技術は日進月歩ですが、いまだ地震を予測することはできません。近い将来に地震の予測ができるようになるということもないでしょう。
どんな地震が起こるかわからないからといって、「どんな地震が起こっても絶対に壊れない建物」を設計することはできません。建物の強さにも限界がありますから、「このくらいの地震を想定しておけばとりあえずは安心」という基準を設定する必要があります。
しかし、地震の強さというのは一つの指標で表せるものではありません。建物の揺れ方との相性にもよりますし、そもそも建設地によって起こる頻度や強さもマチマチです。
そのため、建物の安全性の検証にはいろいろな特徴を持った複数の地震動が用いられます。設計に使用されるものにはどのような種類があるでしょうか。ひとつずつ見ていきましょう。
「地震」と「地震動」、「波」
説明に入る前に、まずは言葉の定義を確認しておきましょう。
ここまで何度か「地震」という言葉を使ってきましたが、「地震」ではなく「地震動(じしんどう)」としているところが一ヵ所だけあります。似た言葉ではありますが、実際にはちょっと意味が違います。
国交省のサイトでは「地震」と「地震動」の違いを以下のように説明しています。
“岩石の破壊そのものを「地震」、地震による地面の揺れを「地震動」と呼んでいます。”
具体的には以下のような使い分けをします。
「1995年の兵庫県南部地震において、神戸海洋気象台で観測された地震動」
建物の設計においては、ある特定の地点における地面の揺れが重要となります。そのため検証に用いるのは「設計用地震」ではなく「設計用地震動」です。
また、地震動とは地面を通して伝わってくる「波」でもあります。そのため地震動そのものや、地震動の種類を「○○波」と表現します。
観測波
観測波とは、読んで字のごとく実際に観測された地震動の記録です。
全く同じ地震が別の地点で起こる可能性はありませんが、ひとつの事例として参考になります。「過去に起こった地震に対して安全なよう設計します」というのは納得しやすいのではないでしょうか。
今でこそ観測網が整備され、大きな地震動がたくさん記録されていますが、それ以前は大きな地震動の記録というのは希少でした。有名なものとして1940年のEl Centro波(カリフォルニア)、1952年のTatf波(カリフォルニア)、1968年の八戸波があります。この3つの波は設計の際に標準的に採用されるため、標準3波と呼ばれています。
しかし、観測された記録をそのまま使うわけではありません。大きいとは言っても、日本で実際に起こりうる地震のレベルと比べるとまだまだ小さいため、倍率を調整しています。
地震というと最大加速度(単位:gal)に注目されがちですが、最大速度(単位:kine)で基準化を行います。加速度も無視できない指標ではありますが、建物の被害との相関が強いのは速度だからです。
建物が倒壊するかどうかの安全性の検証を行う場合、最大速度を50kine(=50cm/s)にそろえた波を用います。これは実際に観測された記録の概ね2~3倍程度になります。
告示波
告示波とは、平成12年(2000年)の建設省の告示に従って作成された人工的な地震動です。一番の特徴は、「特徴が無い」ことです。
観測波はある特定の地震、特定の地点において観測された記録ですから、それぞれクセがあります。断層の壊れ方や、震源から観測地点までの地盤の特性の影響が観測記録に含まれるからです。
こうしたクセがあること自体は自然なことではありますが、建物の安全性を検証するという意味ではあまりよくありません。ある観測波に対して、たまたま揺れが増幅しやすい建物、たまたま揺れが伝わりにくい建物が出てきてしまいます。
これでは、設計時に想定した地震では「揺れが伝わりにくい」から柱を細くしたのに、実際の地震では「揺れが増幅」してしまい建物が壊れてしまった、ということが起きかねません。また、あえて「揺れが伝わりにくい」ところを狙って設計するということもできてしまいます。
そこで、「多少建物の特性が変化したところで建物に伝わる揺れの大きさがあまり変化しない人工的な地震動」に対しても検討を行うことが2000年以降必須となりました。これが告示波です。
告示波は人工的な地震動なので、作ろうと思えばいくらでも作ることができます。ただ、先ほど挙げた標準3波など、実際に観測された記録を参考にして作られることも多いです。
サイト波
サイト波とは、検証を行う建物の建設地において起こりそうな地震を想定して作成した地震動です。
複数の観測波や告示波に対して安全性を検証することで、建物の最低性能はかなり底上げされます。地震が予測できない以上、いろいろな状況を想定した検証を行うのは理にかなっています。
しかし予測はできないと言っても、地震というのは「○○断層に近い」だとか「○○平野は堆積層が厚い」といったその土地が持つ特性を反映したものになります。やはり、実際に起こりそうな地震に対しても安全性を検証したほうが安心です。
サイト波は、建設地ごとにオーダーメイドした特注の地震動と言えます。
基整促波
基整促波とは、南海トラフ地震を想定して作成された地震動です。長周期成分が多く含まれていることが特徴です。
国土交通省住宅局が「建築基準整備促進事業」を活用して検討を進め、平成28年(2016年)に発表しました。そのため「基整促波」と呼ばれます。
南海トラフ地震の影響が特に大きい関東・静岡・中京・大阪の4地方について、新たに設計用地震動が規定されています。関東を除く静岡・中京・大阪ではさらに3地域に分けられており、海沿いの地域では告示波の2倍程度の揺れを想定しなくてはならなくなっています。
また、関東大震災を引き起こした相模トラフについても言及があり、関東地方で想定すべき地震動の大きさが引き上げられる可能性が示唆されています。
設計用地震動のまとめ
設計時に想定する地震動には①観測波、②告示波、③サイト波、④基整促波の4種類があることを見てきました。①観測波や②告示波は複数あり、また③サイト波についても複数作成することがあります。
当初は①観測波のみでの検証を行っていましたが、2000年以降は②告示波が必須、2016年以降は地域によって④基整促波が必須となっています。これから先も検討対象となる地震動が増える可能性があります。
新しく建物を建てる場合、将来に渡って法律を満足するには余裕を持った設計としておくことが不可欠です。