バッコ博士の構造塾

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地震予知・予測は構造設計を変えるか?オーダーメイドの設計用地震動

予め、いつ、どこで、どんな地震が起こるかわかる、防災の面でこれほど助かることはありません。

 

□■□疑問■□■

地震の発生を予め知ることはできないのでしょうか。もしできるとすれば、建物の設計にはどんな影響があるでしょうか。

 

□■□回答■□■

いろいろな研究者がいろいろなアプローチで地震の予知・予測を試みています。しかし、地震の発生をピンポイントで行うことはできません。そうである以上、地震に耐えられるようしっかりと造らざるを得ません。地震の予測は「建物が弱くても大丈夫」ということを保証するためのものではなく、「この場合は基準以上の強さが必要」というように建物を強くする側に作用すべきです。

 

 

地震予知・予測の方法 

検索画面で「地震よ」まで打ち込むと「予知」「予測」「予言」「予兆」「予報」といろいろな「予」が出てきます。地震の発生を予め知りたいというのは当然の心情です。では、現在どのような方法があるのでしょうか。有名なものを挙げて簡単に説明します。

 

プレートテクトニクス理論 

「地球の表面は固い複数のプレートに覆われており、一年に数cmの割合で移動している。日本の載るプレートの下側には海から来るプレートが沈みこんでいる。沈み込みによる歪が大きくなると、プレートがずれて地震になる。」というものです。

 

プレートの動きに連動するため、周期的に繰り返すことが知られています。東北地方太平洋沖地震や南海トラフ地震もこれにあたります。

 

古文書の記載や、過去の津波堆積物から地震の周期を推定することができます。「30年以内に70%」というような予測の基となっています。

 

GPS(東京大学:村井先生) 

地面の動きをGPSにより観測し、異常な動きを事前に察知することで地震予知を行っています。

 

地盤という非常に大きく重いものが、何の前触れもなく突然激しく動き出したりはしません。そのため、何かしら地盤に従来と違う動きがあれば地震発生の可能性が高まるということです。

 

異常が観測された地域に実際地震が起こるわけですから、場所の絞り込みとしてはかなり明確になります。ただし、異常が観測されない限りはわからないので、数年先、数十年先という少し遠い未来の地震は予測できません。

 

電磁波(電気通信大学:早川先生)

地震の前兆である地殻のひび割れが電磁波を発することを利用し、地震の予知を行っています。

 

地震発生の約一週間前に地殻のひび割れが入るため、数日先の地震の予知ができます。しかし、直接地殻の電磁波を観測しているわけではないので、地震発生位置の予測範囲が少し広いようです。

 

予知・予測の精度:カオス理論

村井先生、早川先生の理論は地震工学の立場からのものではないので、反対の立場を取る研究者の方も多くいるとのことです。地震工学会としては「予知はできない」としています。

 

そもそも自然現象のような複雑な事象は精確な予測ができません。僅かな誤差の蓄積で結果が全く変わってしまうからです。これは「カオス(混沌)理論」と呼ばれています。完璧なモデル化、完璧な計算の両方があって初めて予測が可能になりますが、その両者とも実現不可能です。

 

天気予報の精度は日に日に高まっていますが、やはり一週間先ともなると途中でコロコロと変わります。気象というのは複雑でカオスな状態です。当然地震もカオスです。

 

構造設計への影響

予測は予測 

例えば巨大地震の発生確率が「今後30年で70%」と言われて、一体どう判断すればいいでしょうか。死ぬまでには起こりそうなので、強い建物に住みたい気持ちにはなります。しかし、「30年」と「70%」という数値が100%の精度で予測されているかが疑問です。

 

「70%は70%で、そこに100%も何もない」と思われるかもしれません。ただ、2016年の熊本地震で被害が大きかった地域の地震発生確率は非常に低いものでした。もちろん0%ではないので起こらないわけではないですが、発表される期間や確率は参考程度にしかならないということです。

 

有名な構造の先生が講演でこう問いかけられました。「華奢な女性しか使わないからと言って、すぐ折れてしまうようなボールペンを作りますか?」と。

 

華奢でも見た目よりずっと力が強いかもしれませんし、その女性から誰かが借りるかもしれません。結局可能性がゼロでない限り、必要最低限の強さは持たせるしかありません。

 

建物でも同じです。地震があるかもしれないし、ないかもしれないなら強く造るしかありません。予測の精度が100%にならない限りは同じです。

 

地域係数の是非 

熊本地震は大きな被害をもたらしわけですが、その一因として「地域係数」が挙げられます。

 

日本は島国とはいえ大きな国ですから、日本中どこでも地震のリスクが同じではありません。そこで「過去に大きな地震が起こった記録が少ない地域では、地震の力を割り引いて設計しても問題ないのではないか」というのが「地域係数」です。一般的な設計用の地震の力を1とすると、熊本では0.80.9といった数値が使われています。

 

「地域係数」は地震予測に則って設定された数値と言えます。「地震が発生する可能性が低い」という予測の下、「構造にお金をかけなくてもよい」という経済活動を優先して設定しているわけです。

 

割り引いた地震の力ではなく、元々の地震の力を用いて設計を行っていれば倒れずに済んだ建物もあるでしょう。しかし、一度も地震を経験せずに役目を終えて取り壊しになった建物はその10倍、100倍、あるいは1000倍とケタ違いに多いわけです。

 

絶対に壊れない建物が造れない以上、地震の力の設定は非常に難しい問題です。建築基準法は「最低ライン」を設定しているだけなので、やはり施主と建築士に委ねられているのでしょう。「地域係数」を悪者にするのではなく、自身が責任を持って判断する必要があります。

 

サイト波:オーダーメイドの設計用地震動 

いつ、どこで地震が起きるかはわかりません。しかし、どんな地震かは予測することができます。

 

超高層建物の設計では「観測波」と呼ばれる過去に観測された地震動と、「告示波」と呼ばれる人工的に作成した地震動を用いて安全性の検証を行います。そしてさらに、「サイト波」と呼ばれる建設地近傍で生じる地震を想定した地震動による検証も行います。

時刻歴応答解析がよくわかる:免震建物・超高層ビル検証の必須技術

 

サイト波は震源域から建設地周辺までを含めた巨大な解析モデルを用いて作成されます。場合によっては日本全体をモデル化するような場合もあります。過去に観測された地震動の伝播状況から地盤の特性を推定してモデル化がなされています。

 

巨大なモデルから得られた地震動を用いて、建物直下の地盤状況を考慮した解析も行います。こうすることで震源域から建設地周辺地域までの地盤の揺れ方と、建設地そのものの地盤の揺れ方の両方の特性を組み合わせて作られたオーダーメイドの地震動が得られます。

 

「観測波」、「告示波」、「サイト波」を組み合わせることで、いろいろな揺れに対しても安全性が確保されるような設計がなされています。

 

「いつ」、「どこで」を予測することは防災上重要です。そして「どんな」を予測することは建物の安全性を高めるうえで大きな役割を果たしています。構造設計は「今」、「ここで」地震が起こることを想定する必要があります。