バッコ博士の構造塾

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ハニカム構造とは:建築との親和性とその欠点

できるだけ少ない材料で、できるだけ強いものをつくりたい。昔からたくさんのエンジニアが取り組んできた課題であり、今も研究や開発が続けられています。

 

これまでたくさんの構造が提案されていますが、一般の方にも広く知られているものとして「ハニカム構造」があります。

 

実際にいろいろなところで活用されており、ごくごく身近なものから普段はあまり縁のない最先端のものまで、多数の使用例があります。

 

ではこのハニカム構造、建物の構造体としてはどうでしょうか。構造設計の視点から見てみましょう。

 

 

ハニカム構造の基礎知識

本題に入る前に、最低限知っておきたいハニカム構造の知識について説明しておきます。

ハニカムとは

「ハニカム」とは正六角形を隙間なく並べた構造のことで、英語で「ハチの巣(honeycomb)」を意味しています。まさにハチの巣は正六角形を並べたきれいな形状をしています。

 

自然界ではハチの巣以外にもいろいろなところで見られます。例えば、トンボの目は小さな目がたくさんあつまってできた複眼となっていますが、ひとつひとつは六角形になっています。

 

六角形になっている理由については諸説あるようですが、「無数の円をどんどん大きくしていくと互いに干渉しあって六角形に落ち着く」というのが個人的にはもっとも説得力があるように思います。

 

六角形の利点①:隙間

複数の材を組み合わせて「面」をつくることを考えます。

 

このとき、隙間ができてしまうとその部分が弱くなったり、力が集中してしまったりするので避ける必要があります。また、組み合わせる材の形がそれぞれ違っていても力がどこかに偏ることになります。

 

ということで、「同じ形のものだけを使って隙間なく面を埋められればよい」ということになるのですが、それができるのは三角形・四角形・六角形だけです。五角形や八角形ではどうやっても隙間ができてしまいます。

 

六角形の利点②:辺の長さ

同じ面積の図形であっても、その図形を構成する辺の長さは同じとは限りません。平べったい図形であれば辺の長さの割に面積は小さくなってしまいます。

 

辺の長さ=使用する材の量ということになるので、できるだけ辺は短いほうが合理的です。太過ぎず、かつ長過ぎない形となると正三角形・正方形・正六角形になります。

 

そしてその中でもより角の数が多く円に近い形状である正六角形がもっとも辺の長さを短くすることができます。

 

つまり「隙間なく同じ大きさの図形で面を埋められ、辺の長さがもっとも短くなる図形」が正六角形なのです。

 

建築物の「立面」への適用

ではこのハニカム構造を建物の「立面」に適用するとどうなるでしょうか。デザイン的には外側に六角形が並んで見えるので、特徴的な外観になります。

 

まず、六角形の並べ方で性質が変わります。どんな角度で配置するかは自由ですが、六角形の6つの辺のうち、2辺が地面と垂直か、2辺が地面と水平か、のどちらかにする場合が多いでしょう。

2辺が地面と垂直

まず、2辺が地面と垂直となる場合を考えましょう。このとき、残りの4辺は水平との角度が30°になっています。

 

建物の重さ(重力)を支える場合、柱は地面と垂直になっているともっとも効率が良くなります。そのため、柱に角度がついてしまうと負担は大きくなります。

 

垂直な辺の負担を1とすると、30°の辺では2と、2倍になってしまいます。これではとても合理的な設計とは言えません。

 

地震力などの横方向に作用する力については、重力のときとは逆に、柱が斜めになっているほど効率よく耐えることができます。この場合、斜めになっている4辺の負担は小さくなりますが、垂直になっている2辺の負担は普通の建物と変わりません。

 

結局、負担が大きくなる辺と小さくなる辺が互いに助け合うような構造になっていないため、いいところの無い構造になってしまっています。

 

2辺が地面と水平

次に、2辺が地面と平行となる場合を考えます。このとき、残りの4辺は水平との角度が60°になっています。

 

建物の重さ(重力)を支える場合、垂直の辺の負担を1とすると、60°の辺では約1.15(=2/√3)になります。効率はよくありませんが、さきほどの30°のときに比べると大幅に負担が減ることがわかります。

 

地震力については斜めになっている4本の材が負担します。ただ、斜めになっていることはよいのですが、斜めの材が直接つながって「三角形」を構成しているのではなく、地面と平行な材を介して「台形」になってしまっています。

 

これでは斜めになっていることの利点が生かせず、柱が地面に垂直になっている場合と大差ありません。

三角形と四角形による力の伝達の違い

 

ハニカム構造を立面に積極的に採用する力学的な理由は特に無さそうです。

 

建築物の「平面」への適用

「立面」ではなく「平面」にハニカム構造を適用するとどうなるでしょうか。建物の平面となると「床」に適用することになります。

 

力学的に考えると、これは非常に合理的なように思えます。飛行機の羽など軽量で強い面を構築するのに使用されていることからも明らかです。

 

しかし、力学だけでなく「建築に求められる性能」ということも考慮するとどうでしょうか。

 

まず、軽いことが絶対に正しいわけではありません。床が重いほど人の歩行時に揺れにくくなりますし、防音の面でも重さは重要です。

 

 

また、実際に「六角形をつくる」という手間についても考えなくてはいけません。一品生産である建築においては多くの作業が人の手によって行われます。六角形よりも四角形のほうが明らかに作業効率は上がります

 

建築は、少しでも軽くして燃料代を節約したい飛行機や、材料費を節約したい工業製品などとは違います。多少材料費が上がっても、人件費を抑えるほうが合理的な場合が多いです。

 

3Dプリンタとハニカム構造

これまで見てきたように、建築の構造体におけるハニカム構造の利点はあまりありませんでした。実際、ハニカム構造が採用されているものはほとんど見当たりません。

 

しかし、今後普及が期待される建築用の3Dプリンタがこの状況を変える可能性はあります。

3Dプリンタによる家づくり

 

例えば、ワッフルスラブと呼ばれる大空間を支えるコンクリートの床があります。通常は正方形やひし形を敷き並べた形状をしていますが、3Dプリンタなら六角形でも四角形でも関係ありません。

 

実際には「鉄筋をまっすぐ通せない」などの問題があるので簡単ではないでしょうが、絶対に無理というわけではありません。意欲的な設計が期待されます。