バッコ博士の構造塾

建物の安全性について本当のプロが綴る構造に特化したブログ

耐力壁に打つ釘の本数を減らすという話について

現代の木造住宅にはたくさんの「釘」が使われています。住宅一軒当たり数万本も使用されているとか。

 

釘のおかげで材と材を簡単に接合することができます。建物の弱点となる材のつなぎ目を留める、小さいながらも非常に重要な部品なのです。

 

その中でも特に重要なのが、地震の力を負担する「耐力壁」に使用する釘です。構造用合板の四周をしっかりと柱や梁に釘打ちすることで所定の性能を発揮できるようになります。

耐力壁を理解する

 

しかし、そんな大事な釘をあえて減らすという設計がされることもあります。これは一体なぜなのでしょうか。

 

 

釘と壁の強さの関係

構造用合板でできた耐力壁が壊れるときというのは、構造用合板が割れたり千切れたりするわけではありません。構造用合板と柱や梁とをつなぐ釘が抜けたり折れたりして、構造用合板が取れてしまうのです。

 

地震の際、建物には水平方向(横方向)の力が加わりますが、柱や梁でできた四角いフレームはとても柔らかいので簡単に変形してしまいます。四角いフレームが傾いて、平行四辺形になろうとするのです。

 

しかし、構造用合板が取り付けられていると、簡単には変形しません。構造用合板は硬く、四角い形状を保とうとするからです。

 

平行四辺形になりたいものと、四角いままでいたいもの、この間に入っている釘に大きな負担がかかることになります。その結果、釘から壊れることになるのです。

 

つまり、耐力壁の強さは釘の本数で決まることになります。釘の本数を半分にすれば強さも概ね半分、逆に2倍にすれば強さも概ね2倍です。

 

ただし、極端に釘を多くすると、釘より先に他の部分が壊れるので強さの上限はあります。

 

釘を減らす理由

釘が多いほど強くなるのであれば、釘を減らす必要など無いように思えます。「釘を減らした分だけコストダウンできる」というわけでもありません。

 

ではなぜか、それは「壁配置のバランスを取るため」です。

 

一般的に、南面は採光のため開口部が多め、北面は窓が少なく壁が多めになります。そうすると、南面は耐力壁が不足しがち、北面は耐力壁が余りがちになります。

 

耐力壁の量に偏りがあると、壁が多い側よりも壁が少ない側が大きく変形し、ねじれてしまうことになります。このねじれの程度を「偏心率」といいます。

偏心するのは悪いこと?

 

偏心率を小さくする、つまり建物をねじれにくくすることは大事なことです。しかし、耐力壁が過剰だからといって壁を取っ払ってしまえば雨風が吹き込んでしまいます。

 

そこで出てくるのが「釘を減らす」という行為です。釘を減らせば耐力壁としての働きが低下するので、「地震の力は負担しない壁」として扱えることになります。

 

これにより「見た目の壁は残したまま、過剰だった耐力壁を減らす」ことができるのです。

 

釘を減らすのは愚行

この釘を減らす行為、「偏心率を調整するうまい手法だ」と思っている建築士も多いようです。しかし、個人的には大いに疑問です。

偏心と変形

まず、偏心率は小さければ小さいほどいいのですが、これは「全体の耐力壁の量が同じ場合」の話です。耐力壁の量を減らしてまで偏心率を下げる意味はありません。

 

「ねじれによって、壁が少ない側の変形が大きくなる効果」より、「壁の多い側が多めに力を負担することで、壁が少ない側の変形を小さくする効果」の方が大きいからです。

 

「ねじれることで建物が倒れた」というような言い方がされることもありますが、あれは「ねじれなくても倒れる建物がねじれて倒れた」というだけです。

 

わざわざ弱い側に合わせて強い側も弱くするというのは愚行です。

 

強さはゼロにならない

釘の本数をいくら減らしたところで、そこに壁が存在する限り多少の強さはあります。

 

しかし、設計上は「規定の本数の釘を打っていないと耐力壁とはみなさない」⇒「壁がないものと同じ」⇒「強さはゼロ」という扱いになります。

 

そうなると、実際とは異なる状況を想定して計算が行われることになります。これは明らかに危険な行為です。

 

「ゼロじゃなくて、釘本数に応じて評価した場合でも安全になるよう設計すればいい」というのは確かです。しかし、本当にちゃんと評価しているのでしょうか。

 

実は、自宅を建てる際に残念な思いをしたことがあります。建築士から「壁の配置バランスを考えて、一部の壁の釘の本数を減らしている」と言われたので、もう少し詳しい説明を求めました。

家づくり体験記

 

すると「釘を減らすのは慣例的にやっている」「ルールに従っているだけだから力学的な説明なんてできない」「木造なんてこんなもんだ」というような長文のメールが返ってきただけでした。木造が、ではなく、建築士が「こんなもん」なんです

 

施工監理

百歩譲って、釘を減らすのを良しとしましょう。では、釘を減らす指定をした壁の釘は本当に減らされているのでしょうか。

 

おそらく建築士が注意して監理しない限りは、他の壁と同じように釘が打たれることでしょう。図面に描いてあればその通りつくってくれるなんてことはありません。ついつい慣れたやり方でやってしまうものです。

 

では「釘を減らさなかったのなら結果オーライ」かというと、それも違います。今度は設計で見込んだ以上の力が壁にかかるので、周辺が損傷する危険が出てきます。

 

釘を減らしていいことは基本的に何もありません。