バッコ博士の構造塾

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土壁は地震に強いか:耐震性を数字で評価した結果は

古民家や寺社などの伝統的な木造の建物の壁には「土壁」が使用されています。現代の住宅の壁は合板を釘打ちしただけのものが大半ですが、昔は手間暇かけて一つずつ土を塗っていたのです。

 

土壁には遮音や調湿の効果がありますが、地震が起こったときには建物が変形しないように踏ん張ってくれる「耐震」の効果もあります。古い木造の建物が100年、200年という時を超えて残ってきたのは土壁の効果によるところが大きいでしょう。

 

しかし、大きな地震が起こると、古い建物は新しい建物よりも被害を受けることが多いです。実際のところ、土壁とはどのくらい地震に効果があるものなのでしょうか。

 

五重塔をはじめ、伝統的な構法に関する説明には「感情的なもの」、「イメージだけで語っているもの」が多くみられます。ここでは数字に基づいて土壁を評価してみましょう。

 

 

土壁の構成

壁とは柱と柱の間にある薄い板状の部材ですが、建物と一体化させるにはしっかりとした下地が必要です。

 

まず、柱と柱をつなぐように「貫(ぬき)」と呼ばれる細い材を何本か架け渡します。土壁がなくても、この貫だけで多少は地震に抵抗することもできます。

貫とは

 

次に、細く割った竹を網状にした「小舞(こまい)」を、貫や柱の間に取り付けた「間渡し竹」を支えに縄で取り付けます。これで下地ができました。

 

いよいよ土を塗ります。「荒土」「京土」などの粘り気のある土に「わらすさ」を入れて練り、寝かせておいたものを使います。

 

さらに「中塗り」「上塗り(仕上げ)」をしておしまいです。厚みは7-8cmといったところでしょうか。

 

土壁の構造特性

木造住宅の耐震性を簡易に評価する「壁量計算」では、基本的に壁の「強さ」しか考慮しません。しかし、本来なら最低でも「強さ」「硬さ」「変形性能」の3つは押さえておくべきです。

壁量計算がよくわかる

強さ

耐力壁の強さを表す数値として「壁倍率」があります。単純にこの数値が大きいほど強い壁ということになりますが、土壁の壁倍率は1.5倍とされています。

 

この数値は大きいのか、小さいのか。はっきり言えばあまり大きくありません。断面が30mm×90mmの細い角材を斜めに一本いれた場合と同じ強さしかないことになります。

 

伝統構法で使用される部材の中ではかなり強いと言えるのですが、現代の構法(軸組構法)の中で比べるとかなり弱いことになります。

 

また、壁一面(幅91cm)を構成するために、土壁は300kgほどの土を塗り込むことになりますが、角材であれば数kgで済みます。効率が非常に悪いと言わざるを得ません。

 

コストを考えるのであれば、構造用合板(壁倍率2.5倍)を釘で打ち付けるのが最も効率的でしょう。

 

硬さ

耐力壁の硬さを比べるには、「どのくらいの変形で損傷するか」が参考になります。同じ強さであれば、硬いものほど小さな変形で損傷することになるからです。

 

土壁の場合、壁の高さの1/120変形したところで損傷すると考えればいいことになっています。階高が2.4mmであれば2cmの変形ということになります。

 

この1/120という数字は、現代の住宅でも同様です。これより変形が大きくなると構造体に損傷が出始めると考えます。

 

ということで、硬さという意味では現代の構法で使用する部材と同程度です。柔らかい部材が多い伝統構法においては、かなり硬い部材と言えます。

 

変形能力

部材の変形能力は、簡易な計算では考慮されないので軽視されがちです。しかし実際には、「倒れる・倒れない」を左右する重要な指標です。

 

土壁の場合、壁の高さの1/15変形したところで限界に達すると考えればいいことになっています。階高が2.4mmであれば16cmの変形ということになり、損傷開始までの8倍は変形できるということです。

 

現代の住宅では1/30を基準としますので、土壁はその2倍も変形できることになります。伝統構法で使用する部材は総じて変形性能が高い傾向にあります。

 

土壁のある建物の耐震性

土壁は「あまり強くないけれど、硬さは普通、変形性能は抜群の部材」であることがわかりました。では、土壁のある建物の耐震性は現代の建物と比べてどうなのでしょうか。

 

本来は簡単に比べられるものではありませんが、単純化することで同じ土俵に載せます。壁を全部「土壁」にしたものと、壁を全部「構造用合板」にしたものとを比較してみましょう。

損傷のしやすさ

土壁の壁倍率(1.5倍)は、構造用合板の壁倍率(2.5倍)の60%しかありません。ということは、土壁のある建物の方が小さな地震でも損傷してしまう可能性が高いです。

 

構造合板を使用していればなんともないような地震でも、土壁がポロポロ落ちたり、ひび割れが入ったりするということです。

 

また、壁が損傷すると、壁の硬さは損傷する前よりも柔らかくなってしまいます。柔らかいものほど地震のときの変形が大きくなりやすく、変形が大きくなると壁紙や建具などの被害も大きくなる傾向にあります。

 

土壁のある建物は損傷・被害が大きくなりやすいと言えます。

 

倒壊のしやすさ

建物がどれだけ損傷し、内装や外装がボロボロになっても、倒壊さえしなければ人命を守ることはできます。

 

建物の倒壊しにくさは、建物が保持できるエネルギーの量で概ねわかります。エネルギーというのは「強さ」×「変形性能」で表すことができます。

 

土壁は強さこそ構造用合板の60%しかありませんでしたが、変形性能は2倍ありました。ということは0.6×2=1.2となり、構造用合板を使用するよりも倒壊しにくい建物であると言えます。

 

ただし、仮に建物が倒壊しなくても、変形はものすごく大きくなるということです。

 

単純に土壁は地震に強い、弱いと決めつけるのではなく、どういった性能を有しているかを考えて適切に設計する必要があります。