バッコ博士の構造塾

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線形・非線形とは:知っておくべき違いと解析における使い分け

中学生の頃、「フックの法則」というものを習ったかと思います。バネを引っ張るとき、バネの伸びと引っ張る力の大きさは比例する、というものです。

 

10kgfの力で引っ張ると3cm伸びるのであれば、20kgfの力で引っ張れば6cm伸びるわけです。簡単な話ですね。比例というのは単純で、直観的にもわかりやすいかと思います。

 

この比例する、という関係が「線形」です。世の中の色々なものはこの線形の関係にあります。フックの法則もその一つです。

 

しかし、いつだってフックの法則が成り立つとは限りません。どんな法則であれ、適用範囲というものがあります。そして、建築の分野ではこの適用範囲を超えた領域を扱う必要があります。

 

線形ではない、つまり比例の関係に無いものを「非線形」といいます。比例以外の全ての関係が非線形ですので、「反比例」の関係や「二乗」の関係もあり得ます。

 

もちろんもっと複雑で、簡単には定式化できないものもたくさんあります。どんな関係であれ、少なくとも線形より難しくなるのは間違いありません。

 

複雑な分、非線形を取り扱うことで建物の特性をより精確に評価できるようになります。しかし、だからと言っていつも非線形の方が優れているわけではありません。

 

建築物における線形と非線形について、実際の現象や解析における使い分けなどについて説明していきます。

 

 

部材の線形・非線形

柱や梁、壁などの建物を構成する部材は、最初は線形と考えて差し支えありません。力の大きさに概ね比例して変形が生じます。しかし変形が大きくなってくると、線形として扱うには誤差が大きくなっていきます。

 

非線形になる場合、大抵は最初よりも柔らかくなっていきます。変形の領域や材料、部材の状況によっては途中で硬くなることもありますが、そこまで考慮することはあまりありません。

 

非線形になるということは、部材の特性が変化するということです。そして特性が変化するのは、基本的には損傷が生じた場合です。

 

一番わかりやすいのがコンクリートです。コンクリートは圧縮する力には強いですが、引っ張る力には弱いです。そのため、少し引っ張る力が作用しただけで「ひび割れ」が生じてしまいます。

コンクリートのひび割れは当たり前?マンションも戸建住宅も

 

ひび割れが入ってしまえば、その部分はもう力を伝達することができません。部材がひび割れの深さ分だけ細くなってしまったようなものです。当然ひび割れが入る前よりも、ひび割れが入った後は部材が柔らかくなってしまいます。

 

また、ひび割れは変形の増加に伴って進展していきます。最初にできたひび割れがさらに伸びていくこともありますし、新たなひび割れができる場合もあります。

 

ひび割れの入り方は部材のサイズや鉄筋の量によっても変化しますし、鉄筋の位置(かぶり厚さ)にも影響を受けます。簡単に「硬さの低下はこれくらい」、と評価できるわけではありません。

鉄筋のかぶり厚さとは?厚ければ厚いほどいいとは限らない

 

もちろん鋼材や木材でも硬さの低下は起こります。鋼材であればコンクリートほど複雑ではありませんので、比較的評価がしやすいと言えます。木材は自然材料ですので、材料ごとのばらつきも考慮すると大変です。

 

建物の線形・非線形

部材が非線形になるのであれば、当然建物も非線形になります。建物はたくさんの柱や梁、壁などで構成されていますが、そのどれか一つでも非線形になれば建物も非線形になります。

 

コンクリート造建物の地震時の観測記録を見ると、建物が地震の前よりも柔らかくなっていることが確認できます。ひび割れの影響で、硬さが一定ではなくなっているからです。

 

各部材の硬さの変化を表現するだけでも難しいのに、建物全体となるとその比ではありません。少しの誤差の積み重ねが、大きな差となって現れる可能性を考慮した設計が必要になります。

 

また、部材自体は線形を保っていても、建物が非線形になることはあります。

 

建物には間仕切りの壁や外装材、その他諸々が取り付いています。これらは計算上考慮されていませんが、多かれ少なかれ建物の特性に影響を与えます。

 

そして、これらはゴムや樹脂、塗り壁といった元々が非線形性を有しているような部分が含まれています。いくら計算上は建物を線形としていても、実際には非線形になっているわけです。

 

こうした影響は、低層で軽量な建物ほど相対的に大きくなります。戸建て住宅では計算上の性能と実際の性能に違いが出やすいと言えるでしょう。

 

線形解析の意義

上述のように、部材も建物も結局は非線形になります。であれば、線形の計算は意味が無いのでしょうか。

 

実は、世の中の構造計算のほとんどは線形です。戸建て住宅程度であれば、まず線形の解析しかしていないでしょう。

 

では、なぜ精度の低い線形の解析をするのでしょうか。

 

解析時間

まず、解析時間の問題があります。非線形の解析では線形よりも答えを得るのに長い時間が必要になります。

 

建物の各部に生じる力を計算するには、膨大な量の計算を行う必要があります。

 

小さな建物であっても、部材の総数はかなりの量になります。そして、各部材は相互に影響しあっています。

 

最上階の北端に力を加えれば、最下階の南端の部材にも部材の硬さに応じた力が生じます。部材単体ではなく、全体を一体のものとして計算しないと答えは求まりません。

 

それでも、硬さが一定、つまり線形であれば一回計算すれば済みます。部材に生じる力の大きさは、硬さの比によって決まるからです。

 

しかし、非線形ではそうはいきません。硬いからと言ってたくさん力を負担させると、負担する力が大き過ぎて硬さが低下してしまいます。

 

そうなると誤差が大きくなり、計算のやり直しが必要になります。

 

やみくもに何回計算をやり直しても、正しい答えには辿り着きません。やり直しの回数を少なくするためには工夫がいります。

 

その1つとして、最初の計算結果を基に各部材の硬さの低下の程度を予想する、という方法があります。

 

予想した硬さを用いて再計算を行うと、最初よりは誤差の少ない結果が得られます。これを繰り返すことで計算の精度を上げていくのです。

 

とはいえ、いくらやり直しの回数を減らしても、たった1回の計算で済む線形の解析には敵いません。どうしても非線形の解析の方が、時間がかかってしまいます。

 

構造設計では何度も部材の修正を行い、計算もやり直しします。その度に計算に時間を取られてしまうと仕事になりません。

 

過去の経験・蓄積

今でこそ構造計算のソフトを使えば非線形の解析が簡単にできますが、昔はそうではありませんでした。電卓も無かった時代では、線形として計算するのがやっとだったのです。

 

その当時は、建物が非線形になるような状況のことを細かに検討することはできませんでした。ではどうしていたかというと、わかる範囲、つまり線形の範囲で建物をある程度強くしておいたのです。

 

「中小地震に対して損傷しない」ということを担保することで、「大地震に対して倒壊しない」ということも概ね担保できるという考え方です。損傷しない範囲であれば、線形の解析でも十分な精度が出ます。

 

規模の小さい建物であれば、過去の地震被害による蓄積がたくさんあります。そのため、非線形の解析が比較的容易になった現在でも大地震に対する検討を省略することができます。

 

わざわざ法律上必要とされない検討をする設計者は多くありません。その結果、非線形の解析が不要となることが多いのです。

 

非線形解析の意義

線形解析だけでも安全な建物を造ることはできるかもしれません。とはいえ、やはり非線形の解析でしかわからないことも多いです。

 

非線形では、できるだけ実状に近いようなモデル化が行われます。計算の精度が上がるので、線形よりも確からしい答えが得られることになります。

 

また、人間の頭では想像できていなかったことがわかることもあります。

 

線形であれば直観的に理解できるので、構造設計者の予想と解析結果の乖離はあまり大きくありません。しかし、非線形では構造設計時に頭に思い描いていたものと違う結果が出ることもあります。

 

なぜ思っていたのと違うのか、いろいろと理由を考えてみることで構造設計者としてのスキルが上がっていきます。「線形とは違ってこういうことが起こりうる」という引き出しが増えていけば、設計ミスが減ります。

 

等価線形化

線形の簡便さ、非線形の精度の高さ、この両者のいいとこ取りができる方法があります。それが「等価線形化」です。

 

実際はただの線形の解析でしかありません。しかし、いくつかの仮定を導入することで解析の精度を上げることができます。

 

部材が柔らかくなることがわかっているのなら、あらかじめ解析モデルを柔らかくしておけばいいのです。簡単な例を挙げましょう。

 

あるバネを引っ張ると、10kgfでは4cm、20kgfでは9cm、30kgfでは15cm伸びるとしましょう。初期のバネの硬さは2.5kgf/cmです。

 

これが力の大きさに応じて徐々に柔らかくなっていきます。もしずっと初期のまま、2.5kgf/cmの硬さを維持するとして計算してしまうと誤差が大きくなってしまいます。

 

しかし、設計の目標が変形を30cm以下にすることだったらどうでしょう。最初から硬さを30cm変形した時点、つまり2kgf/cmに下げておけばいいのです。

 

もちろんいつもうまくいくとは限りません。しかし、初期の状態を保つと考えるよりはよっぽど理に適っています。

 

弾性と線形の違い

よく勘違いされるのが、「線形」と「弾性」です。両者は別のことを指している言葉ですが、混同されてしまうことがあります。

 

線形は今まで書いてきたように「比例の関係」です。弾性とは「力を抜くと元に戻る」という性質です。

弾性・非弾性・弾塑性とは?設計の際に欠かせない視点

 

特殊なゴムや形状記憶合金などは、非線形であっても力を抜けば元に戻ります。これは「非線形弾性」と呼ばれる特性です。

 

しかし、コンクリートの部材にひび割れが入れば、硬さが低下し線形ではなくなります。また、ひび割れは元には戻りません。つまり線形と弾性が同時に損なわれているのです。

 

コンクリートに限らず、その他の部材でも同じようなことが起こる場合があります。両者とも「部材が損傷する」とその特性を失ってしまうのです。

 

そのため、一部では「弾性≒線形」が成り立ちます。しかし実際には違うことを指している言葉なので、違いを理解しているといいかもしれません。

 

線形解析は危険で非線形解析は安全か?

精度が高い、低いというのは相対的なものです。絶対と言える解析はできません。非線形の解析を行った方が線形の解析しか行っていない場合よりも必ず安全な建物になるとは限らないのです。

 

簡単な例を挙げます。柱がAとBの2本しかない建物に10の力を加える場合を考えます。

 

線形の解析では力をAが2、Bが8で負担する結果になりました。しかし非線形の解析ではBの柱が柔らかくなるのでAが4、Bが6で負担という結果になったとします。

 

しかし、100%の精度の解析はあり得ません。実際にはそこまでBの柱は柔らかくならず、7の力を負担しなくてはならないかもしれません。

 

その場合、非線形の解析ではBの柱に生じる力を過小評価してしまいます。解析を線形から非線形に変えることでBの柱の設計が危険側になります。

 

しかし、Aの柱については逆のことが言えます。Bの負担が7ならAの負担は3ということです。この場合、線形の解析の方がAの柱の設計が危険側になります。

 

線形・非線形に関わらず、過小評価・過大評価は起こり得ます。確実に安全側に設計したいのなら、10の力を加えるのではなく15の力を加えることにするというように、力自体を大きくするしかありません。

 

結局、構造設計者が解析結果をどう捉えるかが重要です。解析はある条件下での解答を与えてくれるに過ぎません。線形、非線形ということよりも、解析結果を読み解く目が無くては何の意味もないのです。