「地震に強い建物にするにはバランスのいい構造にするのが重要です」とはよく言われます。
なるほど、確かにバランスが悪いよりはいい方が強そうです。では、建物のバランスとは一体何を指しているのでしょうか。
そもそも、一口にバランスと言っても、色々なバランスがあります。
例えば、「建物の形状」や「壁の配置」のバランスがあります。建物形状は「L字型」よりも「正方形」に近い方が良いですし、壁の配置は「北側に偏る」よりも「南北とも同じだけ」の方が良いです。
これらは建物の同じ階の中での関係、つまり横方向の関係性(平面)から判断することができます。そのため、「平面的なバランス」と呼べるでしょう。
「平面」があるのであれば、やはり「立面」があります。建物の「立面的なバランス」を表す指標として「剛性率(ごうせいりつ)」という値があります。
建物の上下階の関係、つまり縦方向の関係性(立面)からバランスの良し悪しを判断します。今回はこの「剛性率」について取り上げてみます。
建築基準法における剛性率の取り扱い
剛性率とは
建物の「上下方向の硬さのバランス」を表しているのが「剛性率」です。
「上下方向」とは、1階と2階、あるいは4階と8階というように、異なる階のことを指します。「硬さ」とは文字通り、地震や強風によって建物に生じる力に対する「変形のしにくさ」です。
つまり剛性率とは、各階の変形のしにくさを比べ、そのバランスがいいかどうかを表す指標なのです。
しかし、そもそもバランスがよいとはどういう状況を言うのでしょうか。上から下まで全ての階の硬さが同じであればバランスがいいのかと言うと、そうではありません。
一般的に、建物は下の階ほど硬くなっています。下の階ほど多くの階を支えているので、地震や強風の際に生じる力が大きくなるからです。
負担する力が大きい階は硬くしなければいけませんし、負担する力が小さい階はあまり硬くする必要はありません。
そのため、その階の「変形しにくさ」を考えるには、その階の「硬さ」だけでなくその階が負担する「力の大きさ」も重要になります。
そして、「各階の変形のしにくさと、当該階の変形しにくさの比率」が剛性率になります。
剛性率は各階で求めることができます。3階建てなら3つ、8階建てなら8つです。また、建物の揺れる方向(東西・南北)でも違うので、全体としては階数の2倍の数になります。
剛性率の制限
構造計算を行う際、建物規模や使用材料(鉄骨、鉄筋コンクリート、木)によって必要となる計算の種類が違い、剛性率の制限も変化します。
1つの目安として剛性率0.6があります。ルート2と呼ばれる「許容応力度等計算」では、あまり高度な検証を行わない代わりに剛性率を0.6以上に制限しています。
ルート3と呼ばれる「保有水平耐力計算」では剛性率の制限はありませんが、剛性率が0.6未満になると地震力を最大2倍まで割り増す必要があります。
剛性率が0.6以上となっていれば、いちおう硬さのバランスがいい建物と言えるでしょう。
木造住宅の剛性率
建物の平面的なバランスを表す指標として「偏心率」があります。
木造の住宅を建てる際、偏心率を求める必要はありません。しかし、偏心を一切考慮していないかというと、そうではありません。
壁配置の平面的なバランスを確認するため、「4分割法」という計算が行われています。簡便な方法ではありますが、偏心率を改善する効果があります。
では立面的なバランスを確認する「剛性率」についてはどうなっているのでしょうか。
実は、剛性率に関する検討は行われていません。先ほど制限値として剛性率0.6と書きましたが、規模の小さい住宅では検討の対象外なのです。
剛性率を求める代わりになるような計算をしているかというと、そうでもありません。そのため、偏心率については気にする方も多いのですが、剛性率についてはそもそも存在を知らない方が多いようです。
剛性率の力学
剛性率0.6とは
剛性率が1ということは、その階の変形のしにくさは他の階と同じだということです。また、1よりも小さければ変形しやすく、1よりも大きければ変形しにくいということになります。
剛性率が0.6の階というのは、他の階に比べて0.6の逆数(=1/0.6)、つまり1.67倍変形が大きくなる階ということを表しています。
剛性率が0.6あれば硬さのバランスは悪くはないとはいうものの、他の階に比べてそれなりに大きな変形をします。
剛性率が全て1となる建物
剛性率とは上下階の硬さのバランスなので、階数が1しかない平屋建てでは考える必要がありません。あえて計算するなら剛性率は1になります。
平屋以外、つまり2階建て以上の建物であっても全ての階で剛性率を1にすることは可能です。各階の柱や梁の大きさを負担する地震の力に応じて微調整してやれば、できなくはありません。
もし剛性率が全ての階で1になった場合、地震時に各階の変形はきれいにそろうということを意味します。建物が真っ直ぐの状態『l』から斜めに直線状に傾く『/』のような変形になります。
ただ、実際にそんな風に建物が揺れるかというと、そうではありません。剛性率の計算に用いる地震の力はあくまでも計算上の値であり、建物の揺れはもっと複雑な現象です。
剛性率の重要性
剛性率からわかること
前述のように、剛性率が小さい階とは、他の階に比べて変形が大きくなる階のことです。
あくまでも「他の階に比べて」ということであり、絶対的に変形が大きいわけではありません。他の階に比べれば変形は大きいかもしれませんが、実は隣の建物と比べれば非常に変形は小さいという可能性もあります。
そのため、剛性率が低ければ耐震性も低い、となるわけではありません。しかし、耐震性が低くなりがちである、とは言えそうです。
変形が大きくなるということは、他の階よりも損傷が生じやすいということです。そして、損傷が生じるとその階はさらに変形しやすくなります。
つまり、「変形しやすい→損傷発生→さらに変形しやすい→さらに損傷発生→さらに・・・」というように悪循環が生じてしまいます。最終的にその階が重力を支えられなくなり、ペシャンと潰れてしまうことになります。
そうならないよう、しっかりとした対策を行わなくてはなりません。
偏心率と剛性率
1995年の兵庫県南部地震(阪神大震災)では、片側に壁が寄った平面的なバランスの悪い(=偏心した)建物に大きな被害が出ました。そのため、2000年の法改正では「4分割法」という計算が導入されることになりました。
また、立面的なバランスの悪い(=剛性率が小さい)建物にも大きな被害が出ました。代表的なものが「ピロティ」です。
「1階部分に壁を設けない柱だけの開放的な空間」をピロティといいます。一昔前のマンションでは1階を駐車場としており、全く壁が無い空間となっていることが多くあります。
1階には壁が無く変形しやすいですが、2階以上は間仕切りの壁がたくさんあって変形しにくくなっています。硬い階と柔らかい階が混在する、典型的な「剛性率の低い建物」と言えます。
剛性率が低い階である「ピロティの1階部分」に大きな被害が出たため、ピロティの設計に関しても基準が厳しくなりました。
やはり「偏心率」だけでなく「剛性率」も重要だということがわかります。
しかし、残念ながら木造の住宅では基本的に考慮されていないのです。
剛性率の変なところ
剛性率が低いと言っても、いろいろな場合があります。
ある特定の階だけなのか複数の階なのか、あるいは上の方の階なのか下の方の階なのか。仮に剛性率が同じであっても、実際の建物の特性は大きく違います。
例えば4階建ての建物で、極端に1、2階が硬いとします。その場合、3階と4階は剛性率が小さくなってしまいます。
確かに下の2階分はあまり変形しないので、上の2つの階に変形が集中していると考えることができます。しかし、1階と2階がほとんど変形しないのであれば、本当にその影響を考慮する必要があるのでしょうか。
つまり、1階と2階部分を頑丈な基礎と考え、その上に2階建て(3階と4階部分)が載っているような状態だと考えることもできるわけです。であれば、ただの2階建ての計算と同じ様にやれば事足りるはずです。
しかし、法律上は剛性率が低いので地震の力を割り増すのが正しいやり方です。実状と法律がマッチしていない、わかりやすい例だと言えます。
なお、極端に硬いのが3階と4階であればピロティのような状況になるので、地震の力を割り増すのは正しい行為となります。
剛性率vs壁量
木造住宅の場合、一般的に1階が柔らかく、2階が硬くなりがちです。そもそも1階の方が地震の力が大きいですし、大きなリビングを1階に配置すると壁が少なくなるからです。
各階の壁の配置バランスは完璧、耐震等級3も確保した、でも2階の壁が多過ぎて1階の剛性率がちょっと低め、そういう状況もあり得ます。この場合、どうすればより耐震性を高めることができるでしょうか。
当然ながら、一番よいのは1階の壁の量を頑張って増やすことです。それができれば何の問題もありません。
しかし、これ以上1階の壁を増やせないと言うなら、2階の壁を減らすしかありません。壁の量を調節することで、剛性率を向上させることができます。
基本的に壁の量と耐震性は比例するのですが、剛性率に関してはそうとも限りません。壁を減らすことで建物が強くなる可能性もあります。
ただ、壁を減らすというのは素人が闇雲にやっていい行為ではありません。耐震性を下げてしまう場合もありますので、信頼できる設計者と相談したうえで決定しましょう。