バッコ博士の構造塾

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トラス構造とラーメン構造:軸力による伝達と曲げによる伝達の違い

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三角(△)の組み合わせでできているのがトラス構造、四角(□)の組み合わせでできているのがラーメン構造です。

 

□■□疑問■□■

トラス構造とラーメン構造の違いは何でしょうか。実際の設計において、どのように使い分けているのでしょうか。

 

□■□回答■□■

トラス構造では重力や地震の力を軸力、つまり圧縮する、引っ張るといった部材の長さ方向の力で伝達します。一方ラーメン構造では曲げ、つまり部材に垂直な方向の力で伝達します。どのような材料でも曲げよりも軸力に対しての方が硬くて強いため、力学的な合理性だけで言えばトラス構造の方が優れています。しかし部材の製作や加工の手間、施主が求める空間等を考慮した工学的な合理性では、どちらが優れているか一概には言えません。ただ、土木構造物では規模が小さければラーメン構造(曲げ系)、規模が大きくなればトラス構造(軸力系)の方が合理的と判断されることが多いです。

 

 

軸力系と曲げ系:三角形(△)が強い理由

三角形の安定性

中学生の頃に「三角形の合同条件」なるものを習ったと思います。「この三角形とあの三角形がまったく同じである」と言うためには、3つある合同条件のどれかに当てはまらなくてはなりません。

 

三角形の合同条件の1つが「3組の辺がそれぞれ等しい」です。これは「3辺の長さを指定すると三角形の形は1つに決まる」ということでもあります。各辺の長さが3cmである三角形は正三角形しかありえません。各角度は60°になり、他の角度にすることはできません。当たり前かもしれませんが、非常に重要なことです。

 

これが四角形になるとどうなるでしょうか。まず4辺の長さを指定してみましょう。各辺の長さが3cmである四角形は必ず正方形になるでしょうか。答えはもちろん「ならない」ですね。4辺の長さが等しい四角形は必ず「菱形」にはなりますが「正方形」になるとは限りません。各角度の組み合わせが無限にあり、その中の特殊な組み合わせである90°の時にだけ正方形になります。

 

軸力と曲げに対する部材の硬さ

これは特に難しいことを考えなくてもすぐに体感することができます。今、お手元にプラスチックの定規でもあればいいですし、無ければ他の細い棒状または薄い板状のものがあれば代用可能です。

 

このプラスチックの定規を引っ張って1cm伸ばすことができるでしょうか。恐らくそんなことができる人間はいないでしょう。目に見える量伸ばすことすらできないと思います。世にある材料は部材の長さ方向の力、つまり軸力に対しては非常に硬く強い性質を持っています。例えば、1枚の新聞紙を束ねただけでも何百kgというオモリを持ち上げることができるのです。

 

では先ほど使用した定規を本と本の間にでも置いて上から押してみてください。指一本で簡単に1cmくらいは曲げられるでしょう。両手でグイッとすれば定規を折ることも可能かもしれません。部材に垂直な方向の力、つまり曲げに対しては非常に柔らかく弱いのです。

 

三角形(△)と四角形(□)の力の伝達方式

四角形は各辺の長さが決められても形状が確定しません。これは各辺の長さを変えなくても四角形を別の四角形に変えられるということです。そのため軸力に対する硬さや強さは何の役にも立ちません。形状を変えようとする力に対し、各辺が曲がらないよう耐えるしかないのです。これを「曲げ系」の構造と言うことがあります。

 

反対に三角形では各辺の長さを決めてしまえば形状が確定します。これは三角形を別の三角形に変えるには各辺の長さを変えなくてはならないということです。つまり形状を変えようとする力に対し、軸力による抵抗が可能ということです。これを「軸力系」の構造と言うことがあります。

 

先ほど見たように、曲げよリも軸力の方が明らかに硬くて強いです。そのため四角形で構成された構造よりも三角形で構成された構造の方が小さな部材で大きな力に耐えることができます。

 

ラーメン構造・曲げ系の建築物

超高層建物のほとんどが壁やブレース(斜めの部材)を使用していない、純ラーメン構造と呼ばれる架構形式を採用しています。ラーメンとはドイツ語で「枠」を意味しており、鉛直部材である柱と水平部材である梁を組み合わせてできる四角形(□)の枠により建物を構成しているのがラーメン構造です。

 

ラーメン構造では階を斜めに横断する部材が無いため、開口部の確保やプランニングが容易になります。また超高層建物では重力に対する設計が重要になるため、斜めの部材で重さを支えるよりも鉛直な部材で支えた方が合理的な場合が多いです。

 

四角形を構成しているわけではありませんが、曲げ系という意味では「電柱」も該当します。また1本の橋桁だけでできている「短い橋」もそうです。電柱は地震や風の力に対して、短い橋は主に重力に対して曲げにより抵抗しています。

 

トラス構造・軸力系の建築物

工場などの軽量な鉄骨の建物の大半は細い斜めの部材(ブレース)を使用していることが多いです。ブレースが対角線となることで柱梁により構成された四角形が2つの三角形に分割されます。重力に対しては柱が抵抗しますが、地震力に対してはブレースが主たる役割を果たします

 

電波塔などで電柱よりもサイズが大きくなるとトラス構造を採用することが多くなります。東京タワーもスカイツリーも軸力系の構造です。エッフェル塔もトラスにより構成されているのですが、塔全体で見ると三角形が構成されていない部分があります。そのせいか合理性に欠け、同程度の高さの東京タワーと比べると倍近い量の鉄骨が使用されています。

 

比較的「長い橋」はトラスでできている場合が多いです。1枚の橋桁では部材が大きくなり過ぎるためです。さらに長くなると斜張橋や吊り橋が採用されますが、これも軸力系の構造と言えます。

 

規模で見る曲げ系と軸力系の使い分け

いくつか曲げ系の建築物と軸力系の建築物の例を挙げましたが、曲げ系か軸力系かは規模や用途により使い分けがなされています。では、どのくらいが使い分けの境界になっているのでしょうか。単純で分かりやすい「塔」で見てみましょう。

 

まず、各構造の特徴を比較してみます。曲げ系の特徴として「シンプル」であるということが挙げられます。それに比べて軸力系は1つの部材を構成するのにいくつもの部材を組み合わせなければならず「複雑」です。

 

規模の小さな建築物では一つ一つの部材も小さくなります。小さな部材をいちいちさらに小さな部材を使って組み立てるのは非常に手間です。製作や加工の手間を考えれば、小さな建築物には曲げ系が適していることがわかります。

 

逆に3mもあるような梁を単材で作るのは非常に大変です。また、力学的に重要なのは梁の断面の中でも外側に近い部分です。3mの断面の内、真ん中に近い部分はあっても無くてもあまり性能に影響はありません。こういうときは小さい部材を組み合わせ、効率よく強い部材を作れる軸力系が適しています。そのため大規模な建築物には軸力系が多いです。

 

電柱の平均的な高さは10m程度です。電柱くらいの規模でトラス構造となっているものは見たことがありません。10mというのは曲げ系が有利な世界のようです。

 

携帯電話用の電波塔は20mから30mくらいのものが多くあります。もちろんもっと大きいものもあります。20mくらいですと鋼管やコンクリート製の曲げ系のものと、小さな鉄骨を組んだ軸力系のものの両方があります。曲げ系の場合、根元の太さは1m前後となかなか太くなります。

 

しかし30m級になると曲げ系は姿を消します。部材のサイズを考えてもここらが限界ということでしょう。また、山中にある鉄塔はほとんどが軸力系です。部材の運搬が難しいため、小さい部材を組み立てるトラス構造が適しているのでしょう。

 

ちょっと補足

剛接合でもトラス構造

よく「トラス構造は各接合部がピン接合」と説明されることがあります。

実建物におけるピン接合と剛接合:構造設計における本音と建て前

 

これはもちろん間違っていないのですが、実際には剛接合になっている場合も多々あります。ただ、実際問題としてはピンでも剛でもあまり差がありません。

 

ピン接合であれば曲げの力を伝達できないので、完全に軸力系になります。剛接合であれば曲げによる力の伝達も可能ですので、完全には軸力系とは言えなくなります。

 

曲げ系と軸力系の両方の系で力を伝達することになりますが、最初に見たように軸力系の方が圧倒的に硬いため、ほとんどの力が軸力を介して伝達されます。構造設計者はこうした感覚をしっかり持っておく必要があります。

 

曲げ系が柔らかい理由

軸力系が硬くて曲げ系が柔らかいわけですが、ではどうして柔らかいのでしょうか。それは曲げの伝達はテコの作用のようなものだからです。

 

もし誰かに横から肩を押されたとき、足を閉じていると転んでしまいますが、足を大きく開いていれば耐えられるでしょう。このとき足にかかる力は地面からの肩の高さに比例し、足を開いた幅に反比例します。曲げ系では同じことが起きています。

 

高さ10mの電柱を横に押せば、根元の各部には太さに応じた力が生じます。この規模の電柱であれば太さは30cm程度なので、押した力の30倍以上が根元の負担になります。テコ比が1:30超なわけで、これでは弱く柔らかくなるのも当然です。

 

軸力系では肩を横から押すのではなく、両手を上に引っ張られるような状態です。足には引っ張られた力と同じだけの力がかかります。

 

トラス構造とラーメン構造、軸力系と曲げ系の違いの理解に役立てば幸いです。