超高層ビルの建設が行われ始めたころ、超高層ビルと言えば鉄骨造でした。近年はコンクリートの高強度化が進み、鉄筋コンクリート造のものもかなり建てられるようになりました。
そして、昨今では超高層ビルを木造で建てようという計画・構想がいくつも発表されています。台風や地震などの自然災害の多いここ日本でも例外ではありません。
どうして超高層ビルを木造にしなくてはならないのか、木造で本当に超高層ビルを建てることはできるのか、構造設計者の視点から見てみます。
木造の意義
地球温暖化
地球温暖化の影響により国内では台風や豪雨による被害が発生しています。地域によっては干ばつや農作物の生育不良なども引き起こしています。
ご存知の通り、地球温暖化の主原因は大気中の二酸化炭素濃度の上昇とされています。地球温暖化を食い止めるには、二酸化炭素の排出量を低下させることが急務となっています。
木は大気中の二酸化炭素を吸収し、炭素として体内にため込むことができます。そして、建設用の木材に加工されても炭素は大気中に放出されません。
木造の建物が増えれば街の中に大量の木材がストックされることになります。二酸化炭素として出回る炭素の量を減らすことができるので、地球温暖化防止に繋がります。
資源
日本は資源の乏しい国だと考えている人が多いですが、森林資源に関しては世界有数です。国土の66%を森林が占めており、これは世界平均の2倍以上、先進国ではフィンランドに次いで世界第2位です。
また、植林も盛んです。戦後の復興のため大量の植林が行われました。十分な時間が経ち、建設用資材として使用できるまでに育っています。
日本の山林には大量の資源が眠っていると言えます。
林業振興・国土保全
植林によって生まれた人工林を健全な状態に保つためには適正な管理が必要です。放置してしまっては森林の機能が低下してしまい、本来の役割を果たすことができません。
森林の管理は危険で大変な仕事です。林業従事者は高齢化が進み、人手不足が深刻です。
林業を魅力のある産業にするには「儲かる仕事」にすることが不可欠です。儲けを出すには木を高い値段で売る必要があります。
しかし、燃料や紙の原料として木を販売しても十分な値段が付きません。建設用資材とすることで高い値段をつけることができるのです。
木材需要の大半は戸建て住宅ですが、着工戸数は年々減り続けています。人口が減少していく中、今後住宅の数が増えるとは思えません。
そこで、今まで鉄やコンクリートで造っていた高層ビルを木造に置き換えることで需要を喚起しようとしています。
木造建築に関する法律
木材の活用を促進するために法律も整備されてきています。
公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律
読んで字のごとく、公共建築物において木材の利用を促進するための法律です。以下、林野庁のHPからの引用です。
“第174回通常国会において「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」(平成22年法律第36号)が成立し、平成22年5月26日公布され、同年10月1日施行されました。(中略)
本法律は、こうした状況を踏まえ、現在、木造率が低く(平成20年度7.5%床面積ベース)今後の需要が期待できる公共建築物にターゲットを絞って、国が率先して木材利用に取り組むとともに、地方公共団体や民間事業者にも国の方針に即して主体的な取組を促し、住宅など一般建築物への波及効果を含め、木材全体の需要を拡大することをねらいとしています。“
CLTに関する建築基準法告示
木造のビルを普及させるには「CLT(Cross Laminated Timber:直交集成板)」という高性能な木材の使用が不可欠です。しかし、今までは特殊な計算と厳格な審査を経ないと建物に使用することはできませんでした。
それが、平成28年(2016年)の3月31日、4月1日にCLTに関する建築基準法告示が施行され、通常の建物と同じような計算と審査だけで使用可能となりました。木材の使用量増加に期待が持てます。
法律を変えるのも作るのも非常に大変です。しかし今回は短期間で告示が施行されました。行政の本気度が伺えます。
木の性能
建物に求められる性能はいろいろあります。木材は超高層ビルの材料として適切なのでしょうか。
耐火性
木と言えば「燃える」という印象を持つ方が多いです。実際、木はよく燃えます。火事により焼失した歴史的建造物は少なくありません。
戸建て住宅のような小さな建物であれば、火事が発生してもすぐに外に飛び出すことができます。建物が崩れ落ちるまでに避難を完了できるでしょう。
しかし超高層ビルともなるとそうはいきません。避難時は階段を使用することになりますが、30階、40階を下り切るのは簡単なことではありません。
そのため、建物の規模が大きくなると「火災に対して耐えなくてはいけない時間」が階や部材ごとに決められています。高層ビルの低層部の柱では、火災時にでも3時間は重さを支え続けられなくてはいけません。
木材を火に耐えられるようにする一番簡単な方法は「外側に燃えない材を貼る」ことです。これを「耐火被覆(たいかひふく)」と言います。火に直接あたらないので、熱が伝わりにくくなります。
鉄骨造でも耐火被覆は用いられています。鉄は熱に弱く、温度の上昇によって柔らかくなってしまうので火災対策が不可欠なのです。
熱に弱い、つまり火災に弱い鉄骨造で超高層ビルを建てているわけですから、同じく火災に弱い木造で超高層ビルを建てることも問題はないと言えるでしょう。
なお、火災に弱いと言っても木材は簡単に燃え尽きてしまいはしません。外側は黒焦げてしまいますが、この黒焦げて炭化した部分が内側を守る効果を発揮します。
そのため、建物の重さを支えるのに必要なサイズよりも少し部材を大きくしておけば、火災に対してもしばらくは耐えられることになります。
この外側の燃える分を考慮した設計を「燃え代設計」といいます。耐火被覆と燃え代設計から選べる分、鉄骨造よりも選択肢は多いことになります。
強さ
木材の強さを強調するために使われる言葉として「比強度」があります。木材の比強度は一般的な鉄やコンクリートに比べて何倍も大きいです。
比強度とは「ある重さあたりの材の強さ」を表す値です。この値が大きいということは、木材は非常に軽くて強い材であるということです。
ちなみに鉄の比重は7.85、コンクリートは2.3、木材は樹種によってさまざまですが0.5程度です。鉄の1/15以下、コンクリートの1/4以下の重さしかありません。
つまり、同じ「強さ」の建物を造る場合、木造の建物が一番軽くなります。
超高層ビルは当然ながら非常に重たくなります。重くなるほど基礎の負担や地震時に生じる力は大きくなります。
強くて軽いという性質は超高層ビルに向いています。
硬さ
ビルに用いる材は強いだけでなく、硬くなくてはなりません。
重さあたりの強さに関しては鉄やコンクリートよりも大きいのですが、硬さに関してはそれほど大きい値にはなりません。樹種や等級(品質)にもよりますが、コンクリート以上鉄未満と言えます。
つまり、同じ「硬さ」の建物を造る場合、鉄骨造の建物よりも重くなります。
地震や強風による建物の変形を小さく抑えるには建物を硬くする必要があります。風の影響を受けやすい超高層ビルでは硬さは重要な要素です。
硬さという点では超高層ビルには向いていません。
木材を用いた超高層ビルの設計
どんな材料も一長一短であり、完璧な材などはありません。上述のように、木材も超高層ビルに向いている部分と向いていない部分がありました。
では、実際に木材を用いて超高層ビルを設計する場合、どんな問題が生じるでしょうか。
大断面部材
「同じ重さ」という条件を付けた場合、前述のように木材は優れた性能を持っています。しかし、「同じ体積」という条件ではそうはなりません。
体積を同じにすると、木は比重が小さいので重さも小さくなります。軽くなってしまう分、性能も低下します。
つまり、同じ太さの柱で比べる場合、木造の柱は鉄骨造の柱に比べて弱くて柔らかいことになります。
また、鉄筋コンクリート造の柱と比べても劣ることになります。超高層ビルでは通常の数倍の強さを持つコンクリートを使用するので、普通のコンクリートと比べたときとは優劣が入れ替わってしまうのです。
硬さや強さを鉄骨造や鉄筋コンクリート造と同等にするには、非常に太い部材が必要になることになります。
柱や梁が太くなれば、それだけ居住空間が狭くなります。開放的な空間を創るには木材はあまり適していないことになります。
また、自然材料である木材で太い部材を確保することは大変です。たくさんの細い材を組み合わせて太い材(集成材)とする必要があり、手間暇がかかります。
接合部
大断面の部材を用意できればそれで木造のビルができあがるかというとそうではありません。部材同士を繋ぎ合わせる(接合する)必要があります。
鉄筋コンクリート造の場合は、ドロドロのコンクリートを型枠に流し込んで固めることで一体化します。そのため部材と部材の接合をいちいち行う必要がありません。
鉄骨造の場合は部材同士を溶接することで接合できます。添え板とボルトによっても接合できます。
木造も細い材であれば昔ながらの方法で接合することができます。接合したい部材をそれぞれ凸型と凹型に切り欠き、互いにはめ合わせるのです。切り欠くことで性能は低下しますが、負担する力が小さいので問題ありません。
しかし、大断面の部材ではそうはいきません。加工自体が難しいですし、切り欠いたことによる性能低下を補うのも大変です。
ではどうするかというと、鋼製の部材を用いて接合します。鉄骨造のように分厚い鋼製のプレートとボルトを組み合わせるのです。
ただ、木材は鋼材よりも大幅に柔らかいので、ボルトが木材にめり込むなどしてズレが生じてしまいます。接合部がズレてしまう分だけ建物が変形しやすくなってしまいます。
木材自身が柔らかく、かつ接合部も緩みやすいということで、硬さを確保するのが非常に大変になります。
重量
木材の利点は他の材料よりも軽いことです。建物の重量の大きな部分を占める床を木に置き換えることでメリットはあるのでしょうか。
柱や梁といった部材は建物が高層になればなるほど負担する力が大きくなります。床はそのフロアの重量を支えるだけなので階によらず負担する力は大きくありません。
そのため無理に大きな部材を用いなくてもよく、合理的に床を構築することができます。鉄筋コンクリートで床をつくる場合に比べて大幅に建物を軽くすることができます。
建物が軽くなれば柱や梁の負担が減るので望ましいのですが、残念ながらそううまくはいきません。床には別の役割もあるからです。
床の重要な役割として「上下階で音が伝わらないようにすること」が挙げられます。上の階での打ち合わせの声や歩行音、その他さまざまな音が下の階で聞こえないようにしなくてはなりません。
そして、音を遮断するもっとも効果的な方法は床を重くすることなのです。
木造の床を採用している高層の建物はすでに日本でもありますが、遮音性を考慮してその上にコンクリートが流し込まれています。それでも若干は軽量化に寄与しているようですが、なんだか本末転倒の気がします。
コスト
これまで挙げてきたように、木材は超高層ビルを建てるのに最適な材料とは言えません。それでもコストが大幅に下がるのであれば検討の余地はあります。
しかし、現状ではコスト面においてもメリットがあるとは言えません。木造の超高層ビルはお値段が高いのです。
山から切り出してきた丸太自体はかなり低価格で買い取りが行われています。木を切り出せば出すほど赤字になる場合もあるほどで、補助金を交付している自治体も多いです。
ただ、丸太そのものでは使用できません。建設資材用に加工する必要があります。そして、この加工費がかなり高くつきます。
丸太を製材にすると単価が4倍程度に跳ね上がります。柱や梁に使うための集成材であればさらにその2倍、前述のCLTでは3倍程度になってしまうのです。
自然材料なのでどうしても機械による自動化ができない作業が多くなり、それが材料単価にはね返ってくるのです。結局鉄骨造や鉄筋コンクリート造の方が、性能が高く、値段が安いビルをつくることができるのです。
最初に書いた「木を使う意義」を高く評価してくれるお客さんでなければ木造のビルを建てようとは思いません。ビルの建設が経済活動である限り、コストは非常に重要な要素です。
戸建て住宅は木材の特性を生かしやすい規模であり、材も規格化されているので他の材料に比べて値段は安くなります。日本人は木が好きだというのもありますが、値段が安いのでほとんどの戸建て住宅は木造なのです。
木造超高層ビルの利点
地球環境のことを考えなければ木造の超高層ビルなんて必要ない、ここまで読まれた方はそう感じたでしょう。概ねその通りだと思うのですが、特殊な環境下ではそれ以外の利点が生まれることもあります。
工期
くり返しになりますが、木造の利点は軽いことです。軽ければ運搬が楽になりますし、組み立ても楽になります。
事前に工場で加工を施しておけば、現場で組み立てていくだけです。楽に組み立てられるので工期を短くすることができます。
早く建てられるというのはとても大きなメリットです。人件費を下げられますし、土地を遊ばせておく期間も短くなります。
寒冷地
コンクリートは安価な材料なので多くの建物で用いられています。ただ、建設現場でドロドロなものを固めていくという特性上、その性能は周辺環境の影響を大きく受けます。
寒冷地ではコンクリートが固まりにくく、強度が出にくいという問題があります。厳寒期にはコンクリートの施工自体が不可能となる場合もあります。
そうなると工事が止まってしまうことになります。その点木造であれば季節に関わらず施工ができます。
これが北米や北欧で木造の高層ビルの建設が盛んな理由のひとつです。
ハイブリッド構造
鉄骨造か、鉄筋コンクリート造か、あるいは木造か。こうした単純な比較では木造にメリットはありませんでした。
しかし、「鉄骨+木」あるいは「鉄筋コンクリート+木」といったハイブリッドな構造を考えた場合はそうではありません。その材料が得意とする範囲で使い分けを行えばいいのです。
例えば、カナダのブリティッシュコロンビア大学内にある寄宿舎「ブロックコモンズ」は18階建ての鉄筋コンクリートと木のハイブリッド構造です。建物中央のコア部分が鉄筋コンクリート造、それ以外の部分を木造としています。
寄宿舎なので大きな空間は不要となり、柱と柱の間隔を広げる必要がありません。細い柱をたくさん建てることができるので、木造でも無理なく支えられます。
地震の力は鉄筋コンクリート造のコア部が負担します。重力は木造部分、地震の力は鉄筋コンクリート造部分というように力の分担を明確にしているわけです。
適材適所、これが木材を活用する際のポイントです。