バッコ博士の構造塾

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地震地域係数とは:過去の地震との対応とその意義

日本が地震大国であることは周知の事実です。人的被害を伴うような大きな地震が少なくとも数年に一度は起こっています。

 

そのため、日本のビルと地震のほとんどない国のビルとを比べると、明らかに日本のビルの方が骨太な感じがします。日本では重力だけでなく、地震の力を考慮した設計をしているからです。

 

地震が多発する国では地震の力を考慮して設計する、地震のほとんど起こらない国では地震の力を考慮しない、これはとても合理的な判断です。特に異論はないでしょう。

 

では、日本国内でも「地震の発生頻度によって地域ごとに考慮すべき地震の大きさを変える」というアイデアはいかがでしょうか。実際、ほとんど地震の被害を受けていない地域というのはあります。

 

「なるほど、それは合理的だ」と思われる方もいれば、「いやいや地震大国の日本でそれは危険だよ」と思われる方もいるでしょう。

 

いずれにせよ、今現在すでに建築基準法では地震の力を低減してもいい地域が定められています。

 

この地震の力の低減の度合いを示した係数が「地震地域係数」です。

 

 

地震の力の算定

建物の構造設計を行う場合、「重力」「地震」の2つがとても重要になります。

 

重力の大きさは世界中おおむね同じなので問題無いのですが、地震の大きさはそれこそ千差万別です。実際にどんな地震が起こるかは誰にもわかりません。

 

そこで、過去に起こった地震を参考にして建築基準法により計算方法が決められています。「このくらいの力に耐えられるようにしておけば多分大丈夫じゃないかな」という値です。

 

建物の重さに地盤の特性や建物の揺れ方から決まる複数の係数を乗じて計算するのですが、その係数の中のひとつが「地震地域係数」です。地域ごとに大小があるので、同じ様な条件の地盤に同じような建物を建てる場合でも、考慮すべき地震の力が変わることになります。

 

地震地域係数の値

地震地域係数は0.7, 0.8, 0.9, 1.0の4種類です。

 

“その地方における過去の地震の記録に基づく震害の程度および地震活動の状況その他地震の性状に応じて1.0から0.7までの範囲内において国土交通大臣が定める数値”とされています。

 

地震がよく起こる地域が1.0で、相対的に地震の発生頻度が低い地域は0.9、0.8と下がっていくわけです。

 

大雑把ではありますが地震地域係数の値の区分けは以下のようになります。詳しく知りたい方は検索すれば簡単に見つけられると思います。

 

地震地域係数1.0:太平洋沿岸部に北陸地方と近畿地方を合わせた地域

地震地域係数0.9:東北地方の日本海側、中国地方、四国地方、九州地方東部

地震地域係数0.8:九州地方西部、山口県

地震地域係数0.7:沖縄県

 

区分けの単位

大雑把な区分けを示しましたが、実際には市町村単位で値が変化します。

 

“地震動の期待値については、多くの研究成果があるが、それらを統計的に処理し、工学的判断を加え行政区域ごとに振り分けて、地震地域係数Zは定められている。”とのことです。

 

あまり区域を細かく分けてしまっても煩雑です。また、係数を0.85と細かく変化させるのも同様です。

 

そのため、道路のあちらとこちらで考慮すべき地震の力が10%も違うということも起こります。実状と法律との差が浮き彫りになります。

 

沖縄県の地震地域係数:0.7

沖縄県の地震地域係数が0.7となっているのを見て、「沖縄県は地震が少ないのか」と思われた方も多いと思います。しかし、実際にはそうではありません。

 

建築基準法の制定が戦後間もない1950年ということで、沖縄には当初適用されませんでした。そのため、日本の基準を満足しない建物が多く建てられてしまったようです。

 

1972年に日本に返還された際、日本の法律を適用すると基準を満たさない建物だらけになってしまいます。

 

法律は過去にさかのぼって適用されないので、ただちに「違法」となるわけではありません。

 

しかし増改築等を行う場合、増改築後の建物は基準に適合するようにしなくてはなりません。これはオーナーにとって大きな不利益です。

 

そこで鹿児島県の0.8という値と連続性を持たせながらもできるだけ小さい値ということで0.7が採用されました。

 

静岡県の地震地域係数:1.2

建築基準法で規定されているのは「最低限の性能」です。条例等によりもっと厳しい基準を設定しても問題はありません。

 

過去に震度6弱以上の地震を何度も経験している静岡県では、地震地域係数1.2を義務化しています。これにより大地震時の被害を大幅に低減できると試算されています。

 

今後発生が危惧されている南海トラフ沿いの巨大地震時に真価を発揮することでしょう。

南海トラフ地震で大都市圏が揺れる

 

過去の地震との対応

地震地域係数は地震の発生頻度に関連付けて設定されているわけですが、実際には係数が小さい地域でも大きな地震は発生しています。

 

1995年の兵庫県南部地震(阪神大震災)以降の震度6強以上の地震が発生した地域とその地域の地震地域係数を表にしてみました。

 

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こうして見てみると、地震地域係数0.9の地域でもかなり大きな地震が発生していることがわかります。特に2016年の熊本地震では0.8の地域も含まれています。

 

木造の戸建て住宅の被害

2016年の熊本地震では多くの建物被害が出ました。地震地域係数が0.9、あるいは0.8と小さく設定されていたことによる影響はどうだったのでしょうか。

 

壁量計算

木造住宅の耐震性の検証は、ほとんどの場合「壁量計算」と呼ばれる簡便な方法で行われています。

壁量計算がよくわかる

 

小さな木造建物においては「耐力壁の量≒耐震性」となります。そこで「耐力壁の量が規定量以上確保されているか」を確認するだけでよしとされています。

 

この検証方法は非常に簡略化されており、わざわざ地域ごとに必要な耐力壁の量を変えたりはしません。つまり地震地域係数は使用しないのです。

 

ということで、地震地域係数の大小と木造住宅の被害とは関係がありません。

 

なお、静岡の場合は壁量計算においても地震地域係数を使用します。しかも壁量計算の精度が低いことを考慮してさらに1.1倍、つまり1.32倍(=1.2×1.1)の耐力壁が必要になります。

 

耐震等級

建物の耐震性能を示す指標として「耐震等級」があります。等級1から等級3の3種類があり、数字が大きいほど耐震性も高くなります。

 

耐震等級1は建築基準法に規定されている耐震性能を有しており、等級2は等級1の1.25倍、等級3は等級1の1.5倍です。

耐震等級の最もわかりやすい説明

耐震等級3は必要か

 

耐震等級2や3を得るには、壁量計算よりももう少し詳細な検証を行います。前述の壁量計算とは違い、地震地域係数を使用します。

 

ということは、地震地域係数が0.8の地域で耐震等級2を取得しようとすると0.8×1.25=1.0、つまり一般的な建物と同程度の耐震性でいいことになるのです。

 

耐震等級取得による優遇措置が目的であればいいのですが、「強い家に住みたい」と思っているのであれば気を付けた方がいいでしょう。

 

なお、静岡の場合、耐震等級に関しては地震地域係数1.2を使用しなくてもいいです。優遇措置を受けるためのハードルが上がり過ぎるので、住民の不利益になってしまうからでしょう。

 

地震地域係数の功罪

木造住宅に限れば地震地域係数の影響は少なそうです。ただ一般のビルまで含めれば、平均的には耐震性の低いものが多くなっているでしょう。

 

地震地域係数は「合理的な設計を可能にする」とも言えるし、「弱い建物を増やす」とも言えます。この係数をどのように考えればいいでしょうか。

 

確率論

まず、係数の設定における大前提として「地震が起こる確率を高い精度で予測できている」ことが必要です。この前提が崩れてしまっては何の意味もありません。

 

太平洋沿岸では定期的に大地震が繰り返されるのである程度の信頼性があると言えます。しかし内陸型の地震では数百年、数千年に一度しか発生しないため十分なデータがありません。

 

日本には断層がたくさんあります。まだ見つかっていないものも相当数あるでしょう。

 

人類の歴史の長さからすれば、まだ地震の確率を議論できる段階ではない気がします。

 

確定論

金融や保険の世界では「確率」は非常に重要です。分散投資することでリスクを管理することができます。

 

しかし、人間の命はひとつしかありません。つまり生きるか死ぬか、まさに1か0かの世界です。

 

確率論だけでは語れません。やはり耐震性はできるだけ高くしておきたいものです。

 

ただ「地震で亡くなる確率」と「交通事故で亡くなる確率」を比べてみると圧倒的に後者の方が大きいです。なかなか難しい問題です。

 

低減か割増か

「地震の力を低減しました」というと不安になるかもしれません。「地震の力を割増ました」というと安心するかもしれません。

 

ではこの「低減」や「割増」とは何を基準としているのでしょうか。

 

現行の建築基準法では「地震の多い地域」を基準としています。そのため「地震の少ない地域」では地震の力が「低減」されます。

 

では逆に「地震の少ない地域」を基準とすれば、「地震の多い地域」では地震の力が「割増」されることになります。

 

現在、低層の建物であれば「建物の重さの20%の力が地震時に作用する」として計算を行っています。これに地震地域係数0.8や0.9を乗じることで16%18%に低減が可能となります。

 

では逆に「建物の重さの16%の力が地震時に作用する」のを基準としたらどうでしょうか。これに地震地域係数1.1や1.25を乗じることで18%や20%に「割増」させるのです。

 

やっていることは全く同じです。しかし、おそらくこの場合は文句が出ないのではないでしょうか。

 

地震地域係数よりも、この「建物の重さの20%」の方が本来は重要なはずです。なんだか目先の「低減」という言葉にばかり気を取られているような印象を受けます。

 

この20%という数字は「過去の地震被害からするとこれくらいじゃないの」という程度の精度です。もちろん先人たちの知恵が詰まった数字ではありますが、絶対的なものではありません。