2016年の熊本地震では震度7の強烈な揺れが二度も発生しました。
建築基準法では一度の揺れに耐えられるよう設計することとなっており、二度目の揺れは想定されていません。一度目の揺れには耐えられた建物も、二度目の揺れによって倒れたとの報告がなされています。
また、建築基準法上の耐震規定よりも1.25倍以上の強さを持つ耐震等級2の建物も倒壊しました。2000年以降に建てられた住宅は十分な耐震性があると考えられていたところ、その1.25倍以上の強さがあったにも関わらず倒壊してしまったのです。
では、さらに上の等級である耐震等級3にすればいいのでしょうか。それとも制振や免震を導入するしか手は無いのでしょうか。
建物の強さと地震被害の大きさとの関係について考えてみることにしましょう。
耐力壁の違い
耐力壁の量
建物の耐震性を判断する際に目安となるのが建設時期です。1981年以前と以後とで、最低限必要な耐力壁の量が大幅に割り増されています。
木造住宅の強さは耐力壁の量で決まります。柱と梁は重力を支えるだけで、地震の力に抵抗しません。耐力壁だけが地震に対して有効なのです。
1995年の兵庫県南部地震では、1981年以前の建物と以後の建物とで被害状況に顕著な差が出ました。耐震基準に定められた耐力壁の量を確保すれば、かなりの確率で人命を保護することができます。
耐力壁の配置
耐力壁の量が重要ではありますが、量だけでは十分ではないことが分かっています。耐力壁の配置もまた耐震性に影響します。
何か大きなものを持ち上げる場合、片方の端だけを持つことは無いでしょう。グルッと回転してしまい、うまく持ち上げることができません。
普通は両端を持ってバランスを取ります。耐力壁の配置についても同様のことが言えます。
耐力壁が片側に偏ってしまうと耐震性が低下する場合があります。南側に大きな開口を取ったがために耐力壁の配置がアンバランス(偏心)となり、被害を受けた建物が多数あります。
2000年以降、耐力壁の配置のバランスを確認することが義務付けられました。それ以前は耐力壁の配置に関して具体的な規制はありませんでした。
耐力壁の足元
耐力壁の量は十分確保した、配置もバランスよい、これで十分と言えるでしょうか。残念ながら、まだ不十分です。
耐力壁が本来持っている性能を十分に発揮できるよう、しっかりと基礎に緊結しなくてはなりません。特に建物四隅にある耐力壁の場合は建物自身の重さによる抑え込みの効果が低いので注意が必要です。
耐力壁が基礎から抜け出してしまい、建物の倒壊に繋がった事例も多くあります。
対策としては「ホールダウン金物」という金物を使用して耐力壁が取り付く柱と基礎とを繋ぎます。どこに、どんなホールダウン金物を使用するか、これも2000年以降規定されるようになりました。
建物の強さ≠耐震性?
耐震工学の難しさ
耐力壁の設計を適切に行うことで地震被害を抑えることができることを説明しました。実際、2000年以降に建設された住宅では地震による被害が大幅に軽減されています。
しかし、冒頭に記したように、2000年の基準に対して1.25倍強いはずの耐震等級2の建物の倒壊事例があります。これは一体どういうことなのでしょうか。
恐らく多様な理由が考えられるでしょう。いろいろなメディアで大学の先生方がコメントされています。
その中の一つに興味深いものがあります。筑波大学の境有紀先生の研究室の学生が「建物が強いからと言って被害が小さくなるとは限らない」ということを多数の地震動のデータを用いて示しています。
過去に観測された震度6弱以上の揺れのデータ200個以上を用いて検証したところ、20%を超える確率で「強い建物の変形の方が大きくなった」そうです。
「変形」は「被害」と読み替えることができます。地震による被害が小さくなることを「耐震性が高い」とするならば、「建物が強い=耐震性が高い」という関係が成り立たない場合があるということです。
もちろん残りの80%近い確率で「強い建物の変形の方が小さい」わけですから、建物を強くする方がいいに違いありません。ただ、強くした方が絶対的にいい、とまでは言い切れないのです。
なかなかに耐震工学とは難しい学問です。
強くても被害が大きくなる理由
なぜ強い建物の変形の方が大きくなる場合があるのでしょうか。
それは地震がガタガタと揺れ動く「動的」な力だからです。重力のように一定の力が作用する「静的」な力と違い、作用する力は建物の特性にも左右されます。
基本的に建物は強くすればするほど硬くなります。建物を強くするには耐力壁を増やしていくことになるわけですから、それも当然です。
硬さが違うということは、揺れ方が違うということです。硬い建物ほど速く揺れます。硬いバネにオモリを吊るした場合と柔らかいバネにオモリを吊るした場合とで揺れ方が違うのと同じです。
硬い建物ほど地震による変形は小さくなる傾向にあります。ただ、硬い建物を強く揺するような地震の場合、硬いことにより変形が小さくなる効果を上回ってしまうことがあるのです。
耐震性を高める対策
強い建物にすれば被害が小さくなる可能性が高いことは分かった。ただし、逆に被害が大きくなる可能性が無いわけではないことも分かった。では一体どうすれば被害を最も抑えることができるのでしょうか。
制振の効果
建物を硬くする、柔らかくする、強くする、弱くする、これらはそれぞれ建物の揺れ方を変化させます。しかしそれが吉と出るか凶と出るかは地震が起こるまでわかりません。
確実に被害を小さくするには「減衰」を建物に加えてやる必要があります。建物に「制振ダンパー」を組み込むことで減衰性能を高めることができます。
減衰は「揺れ方」を変えるのではなく、「揺れの収まり方」を変えます。ですので、元の建物より性能が悪くなることはありません。
耐震で十分か
地震の特性は様々です。地震の発生位置、断層のずれ方、周辺地盤の状況、その他いろいろな影響を受けます。
どんな特性の地震が発生するか、完璧に予測することは不可能です。しかし、傾向というものはやはりあります。
先に挙げた研究では次のようなデータも示されています。
そもそも、200以上の揺れのデータの中で、建物が倒壊するようなものは3%強しかありません。そして「弱い建物は倒壊せず、強い建物だけ倒壊する」というケースはさらにその3%しかないのです。
つまり、建物を強くしてしまったがために倒壊してしまったというケースは全体の0.1%程度です。震度6弱以上の地震が1000回起こったとして1回くらいはそういうことが起こるという確率です。
優秀な建築士が設計した建物であれば耐震でも大丈夫、それがバッコの結論です。