2023年の2月6日、トルコ南部、シリアとの国境付近でマグニチュード7.8(Mw)の巨大地震が発生しました。そしてその約9時間後、今度はマグニチュード7.5(Mw)の地震が発生しました。執筆時点(2023/3/18)でトルコ・シリア両国を合わせて5万人を超える方が亡くなられています。
日本でも2016年の熊本地震では短時間のうちに非常に大きな揺れが二度発生しています。今後似たようなことが日本のどこかで起こらないとは言えません。
地震発生からしばらく時間が経ち、信頼できるデータが公開されてきていますので、一度情報をまとめてみたいと思います。
地震の強さ
まず、この地震の揺れがどの程度だったのかを見てみます。
マグニチュード
地震の規模(放出するエネルギーの量)を表す指標としてマグニチュードがあります。いろいろな計算方法があるのですが、最近は大規模な地震にも対応できる「モーメントマグニチュード(Mw)」を用いることが多くなっています。
マグニチュードが2大きくなると、放出されたエネルギーは1000倍になります。足し算ではなく掛け算なので、マグニチュードとエネルギーの関係は以下のようになります。
マグニチュード+0.2 ⇒ エネルギー約2倍
マグニチュード+0.4 ⇒ エネルギー約4倍
マグニチュード+0.6 ⇒ エネルギー約8倍
マグニチュード+0.8 ⇒ エネルギー約16倍
マグニチュード+1.0 ⇒ エネルギー約32倍
マグニチュード+2.0 ⇒ エネルギー1000倍
マグニチュードが0.2増えるとエネルギーは約2倍になるということを覚えておくと便利でしょう。
2016年の熊本地震ではMw7.0、1995年の兵庫県南部地震ではMw6.9となっています。トルコ・シリア地震ではMw7.8なので、これらの地震の16~22倍のエネルギーが放出されたことになります。
なお、同程度のマグニチュードの地震としては、1923年の関東大震災や1906年のサンフランシスコ地震が挙げられます。
震度
マグニチュードは前述の通り地震の規模を表しますが、その地震によって実際に各地にどのような強さの揺れが発生したかは教えてくれません。各地の揺れの強さを表す指標としては「震度」があります。
震度は、建物におよぼす被害の程度をもとに定められており、日本でしか通用しない値です。以前は人の体感で数値を決めていましたが、今は観測記録から計算しているので、遠く離れたトルコの地震であっても算出可能です。
日本建築学会のデータによると、トルコ・シリア地震で観測された最大震度は7です。これは計算値6.6を四捨五入したものです。なお、東北地方太平洋沖地震(Mw9.0)の築館では6.7、熊本地震(Mw7.0)の益城では6.6でした。
地震の規模がまったく違うにも関わらず、震度にはほとんど違いがありません。これは、東北地方太平洋沖地震では震源が陸地から遠かったというのもありますが、揺れの強さには上限があり、概ね頭打ちになってしまう傾向があるからです。
ではマグニチュードが大きい場合は何が違うのでしょうか。
それは大きな揺れが生じる範囲です。兵庫県南部地震で震度6以上だった地域は震源の近傍に限られますが、東北地方太平洋沖地震では東北地方の太平洋側一体に広く分布しています。
このトルコ・シリア地震でもかなり広範な範囲で強い揺れが生じており、被害が大きくなったのです。
トルコの建物の特徴
トルコ・シリア地震で発生した揺れは震度7や震度6強に相当し、日本で発生していたとしても大きな被害が生じたものと考えられます。
しかし、ここまで被害が拡大したのはトルコの建物の耐震性能の不足による部分も大きいでしょう。トルコの建物がどのような特徴を持っているか見てみましょう。
コンクリート強度
トルコでは鉄筋コンクリート(RC)でつくられた建物が多数あります。鉄筋コンクリート造の建物の強さを決める要素はいろいろありますが、コンクリートの強さ(コンクリート強度)は非常に重要です。
トルコの建物のコンクリート強度は建設年代によって変わります。2000年以前は8~10MPa、2000~2018年頃は10~18MPa、2018年以降の新しい建物では25MPa程度のようです。
なお、日本では古い住宅の基礎程度であっても18MPa、最近の住宅の基礎では24MPaあります。ちょっとしたビルであれば36MPa以上もざらですし、高層になると60MPaや100MPaというものも使用します。
同じ太さの柱であれば強度が高いほど当然強くなりますし、強度が低いのであれば太い柱にしなくてはなりません。しかし映像を見る限り、トルコの建物の柱が日本のものと比べて特別太いようには見えません。
鉄筋
コンクリートの部材の中には補強のための鉄筋が入っています。鉄筋の量もコンクリート強度に劣らず重要な要素です。
しかし、こちらも映像を見る限り量が足りているようには見えません。日本の建設現場をのぞいてみれば、非常にたくさんの鉄筋が入っていることが確認できるはずです。
また、問題は鉄筋の量だけではありません。使用している鉄筋自体にも問題があります。「丸鋼」という表面がツルツルな鉄筋を使用していたようです。
鉄筋は、コンクリートとしっかりと一体化しなくては効果を発揮できません。近年は表面に節がついた「異形鉄筋」を使用するのが普通です。
さらに、鉄筋の端部が折り曲げられていません。鉄筋がコンクリートから抜け出さないよう、端部を折り曲げて「フック」状にするのが基本です。
鉄筋の量が少なく、かつコンクリートとの一体性が確保されていないということが言えます。
なお、現行のトルコの基準では、異形鉄筋を使用し、フックを設け、柱や梁に巻く鉄筋(せん断補強筋)を増やすことになっています。
建物被害の特徴
パンケーキ・クラッシュ
地震後、衝撃的な映像が流れました。柱が壊れ、床が何層も連なってパンケーキのように建物が潰れてしまう、いわゆる「パンケーキ・クラッシュ」です。建物内部の空間のほとんどが押しつぶされ、人的被害を拡大しました。
日本でも1995年の兵庫県南部地震で同様の事態が発生しています。専門的には「層崩壊」と言います。これは何が原因だったのでしょうか。
建物は複数の部材で構成されています。メインとなる部材としては、縦(垂直)の部材である「柱」と横(水平)の部材である「梁」があります。
どちらも重要な部材ではありますが、建物の倒壊を防ぐには柱がより重要になります。ですので、地震の際には柱を守るような設計をするのが望ましいです。
そのため日本では梁よりも柱が強くなるよう設計します。梁が壊れると、それより大きな力が柱にかからなくなり、柱が壊れにくくなります。
しかしトルコでは柱よりも梁の方が強くなっているものが多かったようです。梁が先に壊れてくれないので柱が壊れ、それが層崩壊に繋がったのでしょう。
トルコでは地震のことを考えず、重力に対してのみ設計していたようです。そうすると柱は30cm角や40cm角と細くて済みます。それに対し梁は25cm×60cm程度となり、柱よりも強くなってしまいます。
複数回の揺れ
熊本地震では「前震⇒本震」の順で二度大きな揺れが発生しました。一方トルコ・シリア地震では「本震⇒余震」の順です。時間が経ってみるまでそれが前震だったのか本震だったのかはわかりませんが、どちらも強烈な揺れだったのは変わりません。
熊本地震では、前震で倒れなかった建物であっても本震で倒れてしまったものが多いです。二度の地震に耐えられるような設計をしていないため、一度目でダメージを負い、二度目で倒壊してしまったものもあります。
ただ、前震がなく、本震だけであっても倒れたであろう建物も多かったとも言われています。やはり単体でも大きな揺れであったことは間違いありません。
「トルコでは先に強い揺れが発生しているので、パンケーキ・クラッシュを起こすような弱い建物は一度目で倒れたものが多い。それなりに耐震性のあった建物は、一度目は耐えられたようだが二度目は耐えられなかった。」との現地専門家の意見(感想)もあります。今後の調査が待たれます。
建設年代・用途・周辺環境
建物に使用するコンクリート強度が建設年代によって違うことを書きました。2000年以前の建物に使用しているコンクリート強度は非常に低かったわけですが、事実2000年以前に建てられた建物の被害が大きかったようです。
もちろんコンクリート強度だけが原因ではないでしょうが、やはり古いものほど弱い傾向にあります。
用途によっても被害状況は違います。公共建物は補強済みのものも多く、被害は抑えられました。一方で個人の裁量に任せられている住宅では、大きな被害を受けたものが多かったようです。
また、建物同士が衝突して倒れたものもあるとのことです。10cm以上離して建てないといけないそうですが、守られていいないところもあったようです。
14~16階建ての高層建物も倒壊していますが、地盤に問題があったようです。
日本について
トルコ・シリア地震は非常に大きな地震であったことは間違いありませんが、基準を守って建てられたものはそれほど被害が出ていません。日本の違法建築の数はあまり多くないでしょうから、そういう意味では安心感があります。
しかし、1981年以前の建物は古い基準に則って建てられているため注意が必要です。できれば耐震診断・耐震改修を実施したほうがいいでしょう。
日本でも内陸部でこのような巨大地震が起こる可能性があるかと言えば、答えはYesです。1891年の濃尾地震は日本史上最大の直下型地震であり、マグニチュードは8.0です。トルコ・シリア地震よりも規模としては2倍も大きなものになります。
南海トラフ地震の発生も危惧されていますので、準備を怠らないようにしましょう。
参考文献
防災学術連携帯:令和5年トルコ・マラッシュ震災に関する緊急報告会、2023.2
日本建築学会HP