バッコ博士の構造塾

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免震レトロフィットとは:最も効果のある耐震補強工法

1981年以前に建てられた建物は、現行の耐震基準に適合していない可能性があります。2016年の熊本地震では、建設年が1981年以前か以後かで建物の倒壊率に大きな差がありました。

 

建物の耐震性を向上させるには耐震改修を行うしかありません。しかし、実際に工事を行うにはいろいろなハードルがあります。

 

壁やブレースを追加すると、建物の外観や使い勝手を損なう可能性があります。工事が室内側に及ぶことも多く、工事中は建物が使えないことになります。

 

お金をかけ、工事中の不便を我慢し、建物の使いにくくしても、耐震性が他の新築建物と同程度になるとは限りません。様々な制約条件の中では、できる補強も限られています。

 

そんな中、建物の外観を変えず、工事中も建物が使え、効果も抜群の補強方法があります。それが「免震レトロフィット」です。なお、「レトロフィット」とは耐震補強のことです。

 

 

一般的な耐震補強

補強方法

地震の力に耐えられる部材を新たに足す、これが最も一般的な耐震補強です。基本的には足した分だけ建物は強くなります。

 

新しく耐震壁やブレースを設けるのが簡単かつ効果があります。柱や梁を太くして、硬さや強さを向上させることも多いです。

 

今までなかった部材が追加されることになるので、使い勝手は悪くなる場合が大半です。窓を無くして壁にすれば室内は暗くなりますし、建物外観も変化します。

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補強後の性能

耐震補強にかける費用や、補強工事の範囲によって実現できる耐震性能には大きな幅があります。新築の建物と違い、現行の耐震基準を大幅に上回るような性能を持たせることは難しいのが現状です。

 

耐震補強した建物の大部分はなんとか基準をクリアする程度でしょう。補強しても現行の耐震基準に満たない場合もあります。

 

大地震に対して人命を保護するのが一番の目的であり、財産保護という観点では十分ではありません。

 

免震レトロフィット

免震レトロフィットとは

同じ耐震補強であっても、建物の外観や使い勝手を変えず、耐震性を大幅に改善できるのが「免震レトロフィット」です。

 

免震レトロフィットとは、「耐震」建物を「免震」建物に変えてしまうという補強方法です。

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通常の耐震補強は「弱い耐震」を「強い耐震」に変えるという、あくまでも元の建物の延長線上にあります。そのため、大幅な性能向上は難しいわけです。

 

それに対して免震レトロフィットでは耐震から免震へと劇的な変化が生じるので、元の建物とは比べ物にならない耐震性を得ることが可能です。

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免震化により大幅に性能が向上するので、建物自身に補強を加える必要がありません。そのため、工事中も建物が使用できますし、外観も変化しません。

 

補強方法

免震建物は、建物の下に「免震層」と呼ばれる「地面と建物を分離する層」があります。免震レトロフィットでは、この免震層を新たに増設する必要があります。

 

そのため、まず建物周囲に外堀を造ります。地震時に建物がゆっくり揺れ動くためのスペースになるとともに、建物下部で工事を行うための搬入路になります。

 

次に、免震層を造るために建物下部の土を掘り出します。地下階を潰して免震層にする場合もあります。

 

免震層ができた後は、建物と地面を切り離す装置である「免震ゴム」を挿入します。免震ゴムは建物の重量を支える必要があるので、簡単に挿入できるわけではありません。

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免震ゴムを挿入するため、杭、あるいは柱が支えている建物の重量分をジャッキで持ち上げる必要があります。これは何百tという重量になります。

 

ジャッキで持ち上げた後、杭や柱を切り離し、代わりに免震ゴムを設置します。そしてジャッキを下ろして免震ゴムに重量を支えさせます。

 

文章で書くと「なんだそれだけか」という感じもしますが、実際にはかなり大変な作業です。どんな会社でもできる工事というわけではありません

 

免震レトロフィットの実例

実際に免震レトロフィットを実施した建物があるかと言えば、たくさんあります。歴史的建造物や庁舎で多く実例があります。

 

国内で最も有名なのは東京駅でしょう。鹿島建設が施工しています。

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歴史的価値があり、工事中でも使用したい、まさに免震レトロフィットに打ってつけの建物と言えます。

 

庁舎に関しては検索をかければいくつも出てきます。災害が起こった時の拠点になるので、高い耐震性が求められるからです。

 

老朽化したものが多く、通常の補強では基準に適合できない場合があり、工事中も業務を止められないことから免震レトロフィットが選ばれています。

 

建物をジャッキで持ち上げる必要があるため、主に低層建物で多く実施されています。ただ、アメリカでは100mを超えるような高層建物であっても免震レトロフィットの実績があります。

 

免震レトロフィットのデメリット

恐らく、マンションやオフィスビルなどではほとんど免震レトロフィットの実例がないのではないでしょうか。それはコストが他の耐震補強に比べて非常に高いからです。

 

歴史的価値や工事中の使用など、何か特別な事情がない限りは採用されていません。新築時に免震を導入するのと後から導入するのとでは、手間暇やコストに雲泥の差があります。

 

アメリカの高層建物の例では、新築する場合の2倍のコストがかかったとか。ただのマンションであれば当然建て替えの方を採用するでしょう。

 

また、どんな建物でも免震化できるとは限りません。敷地の制約や建物形状の影響も受けます。

 

少しずつ一般化してきた技術ではありますが、普通の建物に導入されるようになるにはまだまだ時間がかかりそうです。