バッコ博士の構造塾

建物の安全性について本当のプロが綴る構造に特化したブログ

超高層ビルの耐震補強:2000年以前の建物は要注意

よく建設時期が1981年以前か以後かで耐震性が大きく違うと言われますが、超高層ビルでは2000年が重要な年となります。

 

□■□疑問■□■

超高層ビルでも古いものは築数十年以上です。耐震性に問題はないのでしょうか。また、耐震補強の方法はあるのでしょうか。

 

□■□回答■□■

日本では1970年代から本格的に超高層ビルの建設が始まりました。これまでに無い高さのビルを建てるということで、十分な余裕度を確保した設計がなされました。しかし超高層ビルが特別なものではなくなってくると、法律を満たしただけの耐震性に余裕の無いビルも建設され出しました。2000年に設計用の地震動が追加されたことから、現行の基準を満たしていない超高層ビルが多く存在しています。

超高層ビルでは壁を追加したり、柱を太くしたりするような補強はしづらく、効果も限定的です。そのため、建物の振動するエネルギーを吸収する「制振ダンパー」を設けるのが一般的です。規模が大きいだけに億単位のコストがかかる場合もあります。

 

 

古い超高層ビルの耐震性

 

日本で初めて高さが100mを超えたビルは1968年竣工の霞が関ビルディング(高さ147m)です。当時の最先端の技術が駆使され、一流の技術者が設計に携わりました。

 

1970年代に入り多くの超高層ビルが建設され始めます。未知の領域であるが故に慎重に検証が行われ、法律の要求以上に耐力を確保した設計がなされました。そのため、この時期の超高層ビルは耐震性に問題ないものも多く存在します。

 

しかし、1980年代、1990年代に入ると少しずつ超高層ビルが特別ではなく、普通のものに変わっていきました。一部の技術者でしか設計できないものではなくなり、あちこちで設計されるようになりました。

 

そうなると経済性が重視されるようになり、法律をぎりぎり満たしただけの安全率の小さい設計がされるようになります。古ければ古いほど耐震性が低いというわけではなく、むしろ初期の超高層ビルの方が強い場合もあるという状況になっています。

 

設計に用いる地震動

 

2000年以前

 

超高層ビルの設計には、いくつかの実際に観測された地震動の加速度記録を用いています。古いものでは1940年にカリフォルニアのエルセントロで観測されたものがあります。それほど大きな記録ではないため、設計用に倍率を調整しています。

 

これらの観測された地震動にはそれぞれ癖があります。比較的高い建物を強く揺らす地震、あるいは低い建物を揺らす地震というように、被害が大きくなる建物が違います。

 

複数の地震動を用いることでこの癖による偏りを小さくしているのですが、一部の建物に対しては地震の力を小さく見積もる場合があります。また、あえて地震の力が小さくなるよう、建物の揺れ方を調整するような悪質な設計も可能になっています。

 

数種類の地震動に対する設計では、本当に建物の安全性が検証できているか怪しい部分があったわけです。そこで法改正が行われました。

 

2000年以降

 

2000年に新しい設計用の地震動が建設省告示として示されました。従来の実際に観測された地震動のデータに加え、人工的に作られた地震動による検証が求められるように変わりました。今まで使用していた地震動は「観測波」、この人工的な地震動は「告示波」と呼ばれます。

 

告示波は特定の建物を強く揺らす、あるいは弱く揺らすといった癖が無く、どんな建物もまんべんなく揺らすという特徴があります。これにより、地震の揺れが小さい範囲を狙って設計するということができなくなりました。

 

また、観測波が地表面での揺れであるのに対し、告示波は「工学的基盤面」と呼ばれる硬い基盤上での揺れとして規定されています。観測波では建物がどんな地盤の上に建っているかは関係ありませんでしたが、告示波では建物の基礎の下と工学的基盤面との間にある地盤に応じて地震の揺れが増幅されることになります。

 

軟弱な地盤であれば1.5倍程度まで揺れが増幅することもあります。告示波の規定により、建設地の特性が設計に取り込まれるようになりました。

 

この法改正により、現行の基準を満たしていない「既存不適格物件」が大量に発生しました。また、2017年からは南海トラフ地震を考慮して一部地域で設計用の地震動が追加されました。想定する地震は大きくなることはあっても、小さくなることはありません。

南海トラフ地震で大都市圏が揺れる:長周期地震動の恐怖

 

超高層ビルの耐震補強

 

耐震性が十分でないからと言って、「はいそうですか」と簡単に超高層ビルを解体できるものではありません。とはいえ、巨大なビルを使用しながら補強工事を行うのも簡単なことではありません。大手各社が知恵を絞っています。

 

T-RESPO:大成建設

 

大成建設が入居する新宿センタービル(高さ223m)に初適用されました。特殊なダンパーを用いた制振による補強技術です。

制振・制震ダンパーの種類と特徴:構造設計者が効果を徹底比較

 

耐震補強の設計をする際に難しいのが、「補強したところに力が集中して、逆に壊れてしまう」という現象です。元々の柱や梁が不十分であるから補強をするわけですが、補強をすることで周辺部材の負担が増加してしまいます。ブレースやダンパーを追加するだけでなく、その周辺まで補強が必要となると非常に手間とお金がかかります。

 

そこで大成建設では、「柱梁が地震の力を負担しているときは力を発揮せず、地震の力を負担していないときに力を発揮するダンパー」を開発しました。これであれば周辺部材の負担を増やさずに補強が可能になります。

 

また、改修工事中もオフィスを使用するため、火を使う溶接作業が必要ない取付け方法を考案しています。

 

2011年の東北地方太平洋沖地震では新宿の超高層ビル群が大きく揺れましたが、その際も効果を発揮したようです。

 

D3SKY:鹿島建設

 

これまた新宿にある新宿三井ビルディング(高さ225m)に初適用されました。各階にダンパーを設けるのではなく、建物の屋上に巨大な振り子を載せ、建物の揺れを打ち消すように揺らすTMD(Tuned Mass Damper)という技術です。

制振構造がよくわかる:アクティブ制振からパッシブ制振まで

 

この建物では300トンという巨大な振り子が6台、計1800トンが建物屋上部に据え付けられています。建物規模によってこの量は当然変化します。

 

揺れを低減する効果はもちろんながら、この技術の最も優れている点は建物内での工事がほとんど発生しないということです。屋上に物を持ち上げるだけなので、小分けにすればエレベーターでも大部分は搬入可能です。

 

商業ビルなどでは店子もいるため、屋内工事が無いというのは非常に重要なメリットです。ただ、これだけ巨大な装置を載せるので、屋上直下の階では一部補強工事が必要ではあるようです。

 

免震レトロフィット

 

重要文化財や庁舎等の建物では、建物に手を加えない、使用しながらの工事ができるといった点から、「建物を免震化する」という補強が行われています。これを「免震改修」や「免震レトロフィット」と呼びます。大掛かりなものでは東京駅でも実施されています。

新国立競技場の次の目玉建築は清水が受注?スーパーゼネコンの施工歴

免震構造がよくわかる:固有周期・振動モード・エネルギー吸収

 

建物を持ち上げて、その下に「免震層」を設置するわけですが、もちろんそう簡単なことではありません。基本的には低層建物に適用されている技術です。

 

ただ、これが中層、高層となってもやることは同じです。負担する力が大きくなるかどうかの違いです。数十mくらいなら問題無さそうですし、100mでもやってやれないことはないでしょう。あとはお金と、敷地の条件の問題です。

 

これから先、超高層ビルの耐震補強の需要は高まるでしょう。それに備えて新しい耐震補強技術が出てくることを期待します。