バッコ博士の構造塾

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切替え型ダンパーが免震構造を守る:巨大地震に備えた新たな制御技術

近い将来に発生が予測されている南海トラフ地震では、東北地方太平洋沖地震を上回る揺れが首都圏、関西圏に生じるでしょう。

 

□■□疑問■□■

設計時に想定した地震よりも大きな地震が発生した場合、免震建物はどうなるのでしょうか。

 

□■□回答■□■

免震建物の下部にある免震層は大地震時に30cm前後変形するように設計されています。そのため建物が周囲に衝突しないよう、変形に10~30cm程度を加えたスペースを確保している場合が多いです。しかし、それだけの余裕を設定していても、それを超える地震が発生する可能性はあります。

免震建物が周囲の壁に衝突した場合に何が起こるかはわかっていません。衝突の際の速度や角度、衝突される側の壁の性状で変化します。少なくとも建物にとっていい影響を及ぼさないのは確かです。衝突を防ぐための技術の1つとして「切替え型ダンパー」が開発されています。

 

 

免震の適切な設計

通常の免震建物は、中地震から大地震に対して最も性能がよくなるよう設計されています。建築基準法に規定されている設計用の地震動が中地震と大地震だからです。そのため、小地震に対しては耐震建物とあまり性能が変わらないような免震建物もあります。

免震構造の設計:押さえておきたい基本の数値と装置の特徴

 

では建築基準法に規定されている大地震よりもさらに大きい地震(巨大地震)に対して最適な設計を行うとどうなるでしょうか。その場合、免震層の変形を抑えるために通常よりダンパーの設置台数を大幅に増やす必要があります。中地震に対しては過剰に揺れを止めようとすることとなり、性能が低下してしまう可能性が大きくなります。

 

建物の使用期間中に中地震に遭遇する可能性は高いですが、大地震に遭遇する可能性は高いとは言えません。ましてや巨大地震になると、ほとんど考えなくてもいいようなレベルです。不安だからと言って巨大地震を主たる設計対象としてしまうと、一番遭遇する可能性が高い中地震へのケアが疎かになってしまいます。

 

原子力関連施設のような重要な建物であればそれも必要でしょうが、一般の建物においてはよい設計とは言えません。

 

小地震から巨大地震まで対応する設計

通常の免震建物でも大地震に対して余裕を持った設計をしているので、巨大地震に際しても倒壊するような可能性は非常に低いです。しかし「それでも不安だ」という方もいるでしょう。また、「だからといって中小地震に対する性能を悪くしたくない」という気持ちもあるでしょう。

 

もちろん中小地震の性能を低下させずに巨大地震に対する安全性を確保する方法はあります。それは「巨大地震の時にだけ効果を発揮する装置を追加する」ことです。大地震と巨大地震で必要となる性能が異なるのであれば、地震に応じて性能を変化させればいいのです。

 

あとはどうやってそれを実現するかです。そこで登場するのが切替え型ダンパーです。

 

切替え型ダンパー

切替え型ダンパーは免震層の変形に応じて自動で性能を切り替えることができるダンパーです。変形が小さいときは抵抗力を小さくして免震効果を高め、変形が大きくなると抵抗力を大きくして過大な変形を抑えるように作用します。

 

大手ゼネコン、設計事務所からいくつか商品化されていますので紹介します。

 

大成建設:T-Sオイルダンパー

最初に開発されたのが大成建設の「T-Sダンパー」です。自社の研究施設に導入しています。

 

オイルが流れる際の抵抗を利用してエネルギー吸収を行うダンパーですが、オイルの流路が2つあります。免震層の変形が大きくなると、流路の1つを機械的に閉じるような機構になっています。そうすることでオイルが流れにくくなり、抵抗力が増すようになっています。

 

一度流路が閉じてしまうと、手動で開けない限りは閉じたままです。そのため地震が継続している間はずっと大きな抵抗力を発揮し続けます。流路を開けるのはワンタッチで簡単にできるようです。

 

清水建設:デュアルフィットダンパー

清水建設の「デュアルフィットダンパー」もオイルの抵抗を利用してエネルギー吸収を行います。「T-Sダンパー」同様、こちらもオイルの流路が2つあります。ダンパーの伸び縮みに応じて片方の流路が狭くなるようテーパーのついた棒が設置されています。変形が大きくなると流路がどんどん閉じてくるのでオイルが流れにくくなり、抵抗力が増します。

 

「T-Sダンパー」と違うのはオンとオフの切り替えがあるわけではなく、連続的に性能が変化することです。そのため「切替え」より「性能可変」が正しいようです。変形が大きくなっても、再び元の位置に戻ってくると抵抗力は小さくなるので、変形を抑える能力は「切替え」型よりも小さくなります。その代わり、手動でのオンオフはありません。

 

安井設計:スイッチダンパー

ダンパー自身ではなく、ダンパーの端部の機構に工夫を加えているのが安井建築設計事務所の「スイッチダンパー」です。

 

ダンパーの一端は建物に固定されていますが、もう一端は基礎に繋がれていません。そのため、一切抵抗力を示しません。しかし、変形が大きくなるとガチッと端部が基礎と繋がるようになっており、それ以降は抵抗を始めます。

 

1台で2役をこなすわけではないので、新築建物に使用するには費用が気になります。ただ、耐震改修等で巨大地震に備えたいという場合には、設置しやすいかもしれません。

 

 

切替え型ダンパーは免震層の変形が過大になったときに「壁にぶつけない」ための技術です。「壁にぶつかっても大丈夫」な技術の開発を行っている会社もあります。これから先、南海トラフ地震を見越した巨大地震対策技術の開発が進むでしょう。

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