バッコ博士の構造塾

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塔状比の限界はいくらか?スレンダーなビルの設計は難しい

うまくデザインされた細い柱や薄い庇は軽やかで恰好いいです。建物も高層になってくると、シルエットが細い方が洗練されて見えます。

 

□■□疑問■□■

間口が非常に狭く、それなりに高さがあるビルや、とても細い超高層ビルなどがあります。どのくらいまで細くできるのでしょうか。

 

□■□回答■□■

建物の高さと幅の比率を「塔状比」または「アスペクト比」といいます。現在日本にある超高層ビルで塔状比が一番大きいものは7程度でしょう。中層のいわゆるペンシルビルと呼ばれるものでは、もう少し塔状比が大きいものがありそうです。電信柱や電波塔のようなまさに「塔」のような構造物では30くらいのものも多いです。海外では度肝を抜くようなスレンダーなビルが建っています。やはり、普通のビルの様には設計できず、詳細な検証が必要です。

 

 

塔状比の大きいビル(細長いビル)ができるわけ

超高層ビルの場合

◆用途

建物用途に応じて必要な建物の平面サイズは決まってきます。敷地にいくら余裕があっても、大き過ぎる建物は使いづらくなってしまいます。

 

大型のオフィスビルでは、エレベーターやトイレなどのコアの両側に、奥行き20m程度のオフィス空間を設けます。これ以上大きな空間にする場合、オフィス内に柱が出てきたり、梁を「H型鋼」から「トラス」に変えたりする必要があり望ましくありません。そのため、短辺方向はせいぜい60m弱です。もちろん中央部に大きな吹き抜け等を設けるなら別ですが、あまり経済的ではありません。

 

ホテルでは、中央の廊下とその両側の客室があれば十分です。通常は20mもあれば納まってしまいます。客室には窓が必要ですから、これ以上幅を広げても新たに客室を増やせるわけではありません。

 

建物の幅を広げてもいいことはありませんが、高くすると新たなオフィスや客室が創出されることになります。そのため横には伸びず、上へ上へと伸びていくのです。

 

◆重量

建物が高くなれば、当然建物の重量も大きくなります。100階建てなら1階の柱には100階分の重量がかかります。重量を支える柱も太くならざるを得ません。

 

建物の顔となる1階や2階の柱があまりに太くては魅力的な空間ができません。そのため、上層部を細くして負担を軽減するのです。

 

賃料収入に直接かかわる床面積が減ることになるので、「経済性」重視のビルでは行われません。ブルジュハリファのように「高さ」重視のビルで行われます。

超高層ビルの高さの限界:ブルジュハリファを超えて

 

◆風荷重

地面に近いところよりも上空の方が風は強く吹いています。上層部が大きいと、この風をもろにくらってしまいます。

 

上層部は支える荷重も小さいので、構造的には大きくする必要がありません。先ほど同様、「高さ」を重視する場合は上層部を細くします。

 

◆デザイン

超高層ビルになると、街のランドマークとしての役割が出てきます。ただの真四角のビルでは格好がつきません。

 

通常のビルに比べて社内の注目も大きく、施主も力を入れています。自然とデザインに凝ったビルになります。デザインが単調にならないよう、「細さ」が求められる場合があります。

 

ペンシルビルの場合

◆敷地

そもそもの敷地が細いため、細くならざるを得ません。商業地の地価が高い場所では、土地を有効活用するため上に建物を積んでいくしかありません。容積率いっぱいまで建物を建てると、自然と細くなってしまいます。

 

◆ルール

地価の高いところの代表と言えば「銀座」ですが、1919年の市街地建築物法によって建物の高さは31mに制限されていました。そのため、今でも多くのビルが31m弱の高さとなっています。

 

時代が経つにつれ不都合な点が出てきたため、高さ制限を56mとした地区計画「銀座ルール」ができました。これにより、新しく建て替えらえるビルは大幅に高さが高くなることになりました。

 

敷地の幅はそのままに、高さだけが31mから56mになったので、銀座のビルはどんどん細くなっていっています。

 

国内外の塔状比の大きいビル

日本の超高層ビル

なかなかどれが一番塔状比の大きいビルかということはわからないのですが、新宿にある「京王プラザホテル」はいつ見ても細いです。周囲にある超高層ビルと比べるまでもなく、薄い板のような建物です。

 

検索をかけるといくつか見つかりますが、塔状比7前後が最大ではないでしょうか。一覧があると助かるのですが、データを集めるのが大変そうです。

 

ちなみにビルではありませんが、スカイツリーは高さ643mに対し一辺が約68mの正三角形です。一番幅が小さいところでは60m以下になるので、塔状比は10を超えることになります。

 

日本のペンシルビル

こちらも整理されたものがないので何とも言えませんが、塔状比9程度に見受けられる画像は見つかります。「ペンシルビル」で画像検索するとかなりの数が出てきますが、塔状比が7を超えると「異常に細い」と感じてしまいます。

 

塔状比を画像から算出する際に注意すべきなのが、「通りから見える部分は細いが、奥にはしっかりとした建物がくっついている」という状況です。階段室だけが通りから見えてとても細いが、実際の建物はそうでもないというような場合があります。

 

ちなみに電信柱は高さ10m程度、太さ30cm程度の塔状比30強です。高さ30mの電波塔でも塔状比30程度で設計できます。「建築物」ではなく「構造物」なので、変形制限がないため可能な数値です。

 

海外の超高層ビル

やはり日本とはケタが違います。「スーパー・スレンダー」と呼ばれる塔状比10を超えるビルがじゃんじゃん建っています。中でもニューヨークが際立っています。

 

「432パーク・アベニュー」は塔状比15、高さは430m弱。建物に十数層置きに風抜き用の層を設けるとともに、建物頂部に風揺れを低減する440tのマス・ダンパー(錘を建物と逆方向に動かすことで揺れを低減する装置)を備えています。使用しているコンクリートの強度は100MPa程度と、日本の超高層マンションと変わりません。

 

さらに衝撃的なのは「111W57」です。塔状比は24、高さは435m。2019年オープン時点で世界一スレンダーなビルになる予定とのことです。見ているだけで怖くなってきてしまいます。

 

塔状比の大きいビルの設計

ニューヨークにあるような塔状比20を超えるようなビルになると、日本の技術者は誰もタッチしたことがない領域になります。正直なところ、なぜ設計できるのか、なぜ安全なのか理解できません。

 

「電信柱の塔状比が30強なんだからできるだろ」とは思えません。ここでは理解できる範囲でのスレンダーなビルの設計方法を簡単に解説します。

 

転倒について

建築基準法では塔状比が4を超えるとスレンダーだとみなされます。計算方法や地震力について従来とは違う規定が出てきます。地方自治体によっては「塔状比は原則6以下」というような規定があります。

 

一般の方から見ても「細いビルは危なそう」と感じるでしょう。ではなにが危なそうかと言うと「転倒」しそうだからです。「横に揺れた時に根本から引っこ抜けそうだ」、と直感的に感じられるでしょう。

 

理屈はテコの原理です。塔状比4の建物の頂部を横に押せば、その4倍の力で足元を押したり引いたりする力が生じます。ニューヨークのビルでは20倍以上の力が生じることになります。

 

簡単な例で考えてみましょう。ある塔状比4の建物は、建物の重量を右側、左側の面でそれぞれ半分ずつ負担しています。重心が真ん中にあるとすると、重量の25%が地震の力として作用すると片側が浮き上がる計算になります。25%と言う数字は、大地震であれば普通に起こり得る値です。

 

浮き上るからと言って別に倒れるわけではないのですが、なんだか嫌な気がしますね。浮いてしまわないよう、基礎を重くして重心を下げるか、浮き上がりに抵抗できる杭を設置する必要があります。

 

柱の軸変形

横に押した力の数倍が足元に生じるということは、柱にもそれだけの力が生じているということです。この力により、柱にはわずかに伸び縮みが生じます。そして、建物が高くなると、このわずかな変形が蓄積していき無視できない量になります。

 

地震時に建物に生じる変形は、柱が曲がることにより生じる変形と、柱が伸び縮みすることにより生じる変形の足し算になります。塔状比の大きい超高層ビルでは柱の伸び縮みによる変形の方が大きくなる場合も多々あります。

 

免震建物

免震建物に使用されている免震ゴム(積層ゴム)は引っ張られる力に弱いです。そのため、大地震時にゴムに生じる引張力を制限しています。塔状比が大きい建物では地震による柱の押し引きが大きくなるので、設計が難しくなります。

免震建物を支える免震ゴム:強くて柔らかいを実現する秘密

 

部分的に引張力に耐えられる装置に置き換えるなどの対処を行いますが、それでも塔状比6を超えるとかなり設計が厳しくなります。超高層になると引張力に耐えられる装置が無いため、塔状比5を超えるものはかなり限られてきます。