地震が発生すると、水平方向(横揺れ)だけでなく鉛直方向(縦揺れ)にも地盤が振動します。
□■□疑問■□■
免震は横揺れにしか効果が無いと聞きました。縦揺れに対しても安全なのでしょうか。
□■□回答■□■
まず問題ありません。縦揺れに対して、耐震建物も免震建物も揺れ方に大差ありません。免震装置は引っ張る力に対して弱いですが、十分な余裕を持って設計されています。縦揺れが原因で建物が倒れるということはまずありません。
なぜ上下免震(縦方向免震)が無いか
世の中にある免震建物はたった1つの例外を除いて、全て横揺れにのみ対応しています。縦揺れには対応していません。いくつか理由はありますが、代表的なものを挙げてみます。
縦揺れの特性と建物
縦揺れは横揺れに比べ小さい傾向にあります。一般的に半分程度とされています。縦揺れの方が速く地盤中を伝わり、カタカタと小刻みに震えるような振動を起こします。
建物は重力と地震力の両方に対して安全なように設計されています。特に重力は、建物が建てられてから解体されるまで常に作用し続けるため、安全率を大きく取っています。全ての部材は、重力に対し1.5倍以上の安全率を有しています。
縦の揺れは、その重力を見かけ上大きくしたり、小さくしたりする効果があります。エレベーターの上昇・下降の際の感じを思い出していただけるとわかりやすいかもしれません。
通常の柱や梁に作用する縦揺れの力はそれほど大きくありません。重力に対する設計よりも地震力に対する設計の方が大変なため、縦揺れにより見かけの重力が多少増えても関係ありません。
スパンが大きい梁(柱と柱の間が離れている)は、地震力よりも重力の影響が大きい場合が多く、縦揺れの影響を受けやすいです。ただ、梁の変形を抑えるために大きめの部材を使用していることもあり、縦揺れにより梁が落ちるようなことはまずありません。また、梁にはコンクリートの床がついているため、計算上よりも余力がかなりあります。
建物に被害を与えるようなことは少ない、というのが縦揺れです。そのため、あえて「免震」にする必要性は低いと言えます。
直下型地震の縦揺れに関する勘違い
「直下型地震は縦に強く揺れる」という勘違いをしている人がいます。もちろん縦揺れは生じますが、危険なのは横揺れです。
どんな地震でも縦にも横にも揺れます。震源から先に縦揺れが到達し、その後横揺れが到達しますが、直下型地震ではその時間差が小さいため混同されているのかもしれません。「縦揺れだ」と思った直後に強い揺れを感じるかもしれませんが、実際には横揺れです。
極々震源に近い地域で、縦揺れの加速度が重力加速度(1G=980cm/s2)を超える場合があります。そうすると「建物が浮かび上がる」と勘違いしている人も多いです。
地面が1Gで揺れることと、建物に生じる力が1Gになることは全く違います。もしそれが本当なら、世の中の超高層ビルは全て倒れてしまいます。
建物にも硬さがあるので、地面が一瞬強く揺れても建物全体にまで揺れを伝えることはできません。空を飛んだ建物の話など聞いたことがありませんよね。
上下免震の周期
免震は、建物を横方向にゆっくり揺れるようにすることで地震の揺れを低減しているわけですが、この「ゆっくり」とは何に対して「ゆっくり」なのでしょうか。それは、避けたい対象である「横揺れ」に対してです。一般的に免震建物の横方向の周期(揺れが一往復するのにかかる時間)は4秒程度、またはそれ以上です。
では縦方向にゆっくり揺れるようにするには、周期を何秒程度に設定すればよいでしょうか。縦揺れは横揺れに比べて小刻みな揺れのため、それほど周期を長くする必要はありません。長ければ長いほど免震効果は大きくなりますが、最低でも1秒以上であれば効果が出始めます。
ではこの周期1秒を実現するにはどうすればよいでしょうか。
通常の横方向の免震では重さを支えるため「縦方向を硬く」し、地震の横揺れを低減するために「横方向を柔らかく」します。重力と地震力の方向が違うため、実現が比較的容易です。しかし、縦方向の免震では重力と地震力の方向が一致するため、非常に困難になります。
縦方向に柔らかいゴムで建物の重さを支えることとします。周期とは「重さと硬さ」の比率で決まりますので、重ければ硬く、軽ければ柔らかくする必要があります。そのため、重力が作用した時に変形する量は建物の規模に関係なく、周期だけで決まります。そして周期1秒を達成するには、ゴムは常に25cmも縮んでいなければなりません。
何百トンという重量を支える強さが必要であるにも関わらず、25cmというものすごい変形ができる「強くて柔らかい」部材の実現は困難です。たとえば鋼の棒で支える場合、長さの1/1000程度しか縮むことができないので、250mの長さが必要になるということです。とても現実的ではありません。
横揺れによる押し引き
砂場の上に重いブロックを置くと少し砂に沈み込みます。このブロックを横に押すと片側は押し込まれ、さらに砂に沈み込みます。反対側は引き上げられ、沈み込んだ状態から浮き上がり出します。
地震の横揺れが生じた場合、建物にもこの「押し引き」が発生します。通常の建物であればしっかりとコンクリートの基礎で支えているため、特に影響はありません。しかし、縦揺れに対応した免震建物の場合、足元が非常に柔らかい状態です。
建物が右に揺れるときには右側の足元が大きく沈み、左側の足元は大きく浮き上がります。床が斜めに傾いてしまうということです。縦揺れを避けたいがために横揺れに対しての安全性が低下してしまっては何の意味もありません。
世界でただ1つの上下免震
上記のように、縦方向の免震の実現には多くのハードルがある上に、得られる効果としてもあまり大きなものはありません。そのため、横方向だけの免震がほとんどになっているわけです。
ただ、1つの例外がこの日本にあるのです。素晴らしいですね。実現まで漕ぎつけた技術者の方々には頭が下がります。
「知粋館」で検索していただければすぐに出てくると思いますので、上記の問題点の解決方法だけ紹介しておきます。
まず「強くて柔らかい材料がない」、仮にあったとしても「常に数十cm沈み込んでいる」という問題ですが、「空気ばね」を使うことで一気に解消可能です。
読んで字のごとく、空気の圧で重量を支えます。空気の「容量」が大きければ柔らかくできるので、「長く」する必要がありません。また、沈み込んだ分だけ空気を送り込めば、元の高さに戻すことができます。
ただ、支えられる重量はそこまで大きくすることができないので、非常に小さい建物限定になります。また、横方向用の免震建物に使用する積層ゴムと合わせて使用する必要があるため、値段が高くなります。
次に「横揺れで床が傾く」という問題ですが、「空気ばねの全てが沈み込む、または浮き上がる場合は柔らかい」と「空気ばねの一部が沈み込む、または浮き上がる場合は硬い」という状態を両立する必要があります。
これには特殊な装置を用いています。建物の右側と左側をこの特殊な装置を介して管で繋ぎます。装置には油が入っており、右と左が同じように動くときには滞りなく流れますが、違うような動きをすると圧が高まるようになっています。これにより動きを制限し、床の傾きを制御しています。文章では説明が難しいので、本家のHPを参照されたほうがよさそうです。
ゴムの引張特性
「縦方向の揺れはあまり影響が無いし、実現するのも大変だ、横方向だけの免震でいいや」と思っていただけていればいいですが、まだ不安だという方のために少し情報を。
免震建物の設計において、もちろん縦揺れの影響は考慮しています。解析すると、上方向に重力の40%程度の揺れが生じます。つまり、重力を超えて浮かび上がるようなことはない、ということです。これに加えて「押し引き」の力を考慮して免震装置の安全性を検証しています。
免震装置は引っ張る力に弱いですが、引っ張るとすぐにちぎれてしまうわけではありません。免震装置メーカーの研究によると「ゴム厚の5%くらいであれば損傷はない」そうです。
免震装置のゴム厚は薄くても160mm(装置の直径800mm)以上としている場合が多く、その5%であれば8mmです。装置が大きくなればゴムが厚くなるので、この数値はより大きくなります。
免震装置が取り付く梁は非常に頑強に造られており、一部の装置が浮き上がろうとしてもこの梁が押さえつけます。そのため8mmというのはかなり大きな数値です。また、この5%を超えれば直ちに何かが起きるというものでもないので、十分な余裕があると考えて大丈夫です。
「縦揺れが怖い」という理由で「免震をやめる」という結論にだけはならないでいただきたいです。