世の中、何でもかんでも合理化、最適化がなされ、無駄がそぎ落とされています。建築の世界も遅れてはいますが例外ではありません。
□■□疑問■□■
建物をもっと合理的に造ることは可能でしょうか。コンピュータの処理能力が向上している昨今、建築物のような巨大なものでも最適化できそうな気がします。
□■□回答■□■
超高層ビルや巨大な競技場ともなると話は別ですが、通常の建物を構成する構造部材の数はそれほど多くはありません。計算の処理だけで言えば、個々人が使用するパソコンでもある程度のことができてしまいます。
最適化設計の普及を阻む最も大きな壁は、「建築物は一品生産である」ということです。最適化に労力をかけても、得られる成果はその建物一棟分だけです。巨大な建物で設計期間も長く取れるならいいですが、それ以外はコストパフォーマンスが低いと言わざるを得ません。
また、最適化された建物が本当に最適かどうかは議論が分かれるところです。
最適化とは
難しい説明はできるだけ省きます。詳細なことが知りたい方は他のサイトをご覧になったほうがいいかもしれません。「最適化」そのものよりも「最適化に対する実務者の意見」という側面が強い記事です。
最初に少しだけ難しい言葉を使います。「制約条件」と「目的関数」です。最適化とは、ある制約条件の下、目的関数を最大化(または最小化)することです。そのために「アルゴリズム」を使用して、コンピュータに最適な値を見つけてもらいます。なんだかよくわかりませんね。できるだけ噛み砕いて説明します。
まず「制約条件」ですが、「最適化するにあたって、このルールだけは守ってね」という最低限の決め事です。施主が「10階だてのオフィスが建てたい」と言っているのに「3階建てのマンションが最適です」と言われても困ります。あるいは「とても安くできそうですが、震度5強の地震で壊れます」というのも意味がありません。あくまでもルールがあっての最適化です。
次に「目的関数」ですが、まさに最適化を行う目的そのものです。一番わかりやすいのはコストだと思いますが、他にもいろいろとあります。コストを最小化しろ、工期を最短にしろ、使用する鉄骨の量を最少にしろ、という具合に、最適化により何を達成したいかを設定する必要があります。
最後に「アルゴリズム」ですが、「最適化するにはこうやればできるよ」という最適な値を見つけるためのやり方です。最適な答えが出るまで闇雲にやる、最初から順番に当てはめていく、といったやり方では時間がかかって仕方がありません。
実際によくある例としては「地震時に建物頂部での変形を30cm以下にするために必要な鉄骨の量を最少にせよ」といった問題です。ここで「変形を30cm以下」が制約条件、「鉄骨の量を最少」が目的関数です。部材の中には変形抑制に寄与するものとしないものがあるので、「寄与する部材を優先的に大きくしましょう」というのがアルゴリズム(みたいなもの)です。
アナログ時代の最適化
最適化と言うととても新しい技術という印象を受けますが、建築の世界でも古くから使われていました。最も有名な例がスペインの建築家アントニ・ガウディのサグラダファミリア(1883年から今なお工事中)でしょう。彼は建物の形状を決定する際に、力学的に優れた形状を採用しました。
石を組んだもの、コンクリート、その他圧縮に強く引張に弱い材料はたくさんあります。これらの材料は圧縮力のみを負担するとき、非常に高い強度を発揮します。ではどうすれば圧縮力のみを負担させることができるでしょうか。
ヒモは圧縮力を負担せず、引張力のみを負担します。両端を板に固定してから板を持ち上げると、板から曲線状に垂れ下がります。このときヒモに生じているのは引張力のみになるのですが、この曲線を上下ひっくり返した形で石を組めば圧縮力のみ生じることになります。
ガウディはこの特性を利用して設計を行いました。材料の特性を最大限活用するための最適化と言えるでしょう。
他にも例を挙げましょう。曲がりにくねった環状の針金をシャボン液に浸すと、針金を覆うように膜ができます。このシャボンの膜は、針金を覆うために必要な最小面積でできています。無駄な部分が全くなく、必要な膜材を最少化していると言えます。
計算機など無くても、建築家の工夫で最適解を見つけられることもあるのです。
最適化の失敗例
制約条件を満たし、目的関数を最大化しているからこれは最適解だ、と常に言えるわけではありません。地震時の応答解析の例を挙げましょう。
「5階建ての建物を設計します。使用していいバネの量は決まっています。3種類の地震を考えます。このとき、建物各階の変形を最小化するバネの配置を考えてみましょう。」というような問題があります。
直観としては「下の方ほどバネを多めに配置するが、上の方でバネが少なくなり過ぎないようバランスを考えて配置」が最適解に近い気がします。しかし、実際に導き出された解は少し違いました。
バネの多い順に1階→4階→2階→3階→5階という結果です。1階のバネが一番多いのはわかりますが、次に来るのは2階ではなく4階でした。これは上の方の階に大きな力を生じさせる2次モードという揺れ方の影響です。
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解析上、上の階に生じる力が大きくなることがあるのは確かです。ただ、解析にはいろいろな仮定があります。「地震は3種類だが、違う地震が起こるとどうなるのか」、「建物の硬さは計算値と実測値では大きく違うこともある」、「地盤の影響はどこまで考慮できているか」、「建物に損傷が出始めても同じように揺れるのか」、他にもいろいろありますが、そこまで含めて4階を硬くするのがベストと本当に言えるでしょうか。
実際に下の階より上の階が硬いというような硬さの分布をしている建物はほとんどありません。整形な建物であればゼロでしょう。「最適化の結果がそうなったから」、それだけを根拠に上の階を硬くするのは正直怖いところがあります。
最適化は最悪化?
この言葉は、大学の講義中に先生が発した言葉です。何かを最適化するということは、それ以外の要素を最悪化することである、というのです。当時はあまり気にせず聞き流したのですが、コンピュータを使えば何でもわかると思っている技術者への警鐘だったのでしょう。
「地震時に全ての部材が壊れるギリギリ手前まで力を負担するので、最高に合理的な設計です」と言われて喜ぶ施主はいないでしょう。いかに合理的で安上がりであろうと、そんな家怖くて住めません。少しでも施工誤差があったらお終いです。地震の力も簡単に評価できるようなものではありません。
「いろいろな制約条件を付けているから、十分な余裕度は確保できています」、と言うかもしれません。しかしそれは「計算上の余裕度」です。耐震工学はまだまだ発展途上です。全てがわかっているわけではありません。
構造設計に携わる人間の多くは「目に見えない余裕度」を感じています。少なくとも現状の「最適化」は目に見える部分しか扱えません。
最適化はとても優れたツールです。構造の合理化、省力化だけでなく、新しい構造デザインを生み出すこともあります。しかし、最後はやはり人の手、人の目によって設計しなくては真に安全安心な建物にはならないことを肝に銘じておくべきです。