物理学ではいろいろな自然現象を数式で表現することで未来を予測したり、今起こっていることの説明を試みたりします。最も身近なものとしては天気予報が挙げられるでしょう。
予測精度を高めるためには、その現象を精確に数式で表す必要があります。ただ、その場合は数式が非常に複雑になってしまうかもしれません。複雑になればなるほど精度は上がりますが、その分理解が難しくなりますし、計算にも時間がかかるようになります。
できるだけ精度は高く、でもできるだけ数式は単純に、これが理想です。そのために必要となるのが「仮定」です。「仮にこうだと決めてしまいましょう」という約束事によりグッと便利になる場合があります。
ここではモノの変形を考えるときに広く使用される「平面保持の仮定」についてみてみましょう。
平面保持とは
平面とは
「平面」とは文字通り平らな面です。凸凹があったり、曲がっていたりしていない面です。
例えば、きれいに整備されたグラウンドは平面に近いですが、丘陵公園はアップダウンがあるため曲面に近いです。まな板や下敷きなどは平面と考えてもいいでしょう。
同じ平面上にある2点は直線で結ぶことができます。凸凹に邪魔されたり途中で曲がっていたりしないためです。
そして直線であるということは、その線の先がどこに繋がっているか簡単にわかるということです。A点とB点の情報がわかれば、その直線上にあるC点の情報を得ることができます。
保持とは
「保持」とは、ある状態から変化させずにそのまま保っておくことです。英語ではretentionやmaintenanceとなるようですが、もはや日本語として通じる「キープ(keep)」の方がしっくりくるかもしれません。
平面保持の仮定とは
つまり平面保持の仮定とは、「本当はそうではないけれど、まっすぐな面の状態を保っていることにしましょう」という約束事です。この約束事により、あまり精度を落とすことなく、計算を劇的に簡単にすることができます。
ではこの仮定の使いどころを見てみましょう。
部材の曲げ変形
平面保持の仮定のもっとも一般的な使い方は、線材理論における曲げ変形に関するものでしょう。ようは「細い棒を曲げるときの強さや硬さ」を簡単に求めるために使う、ということです。
曲げと伸び縮みの関係
台と台の間に薄い板を架け渡して、その上に乗っかれば板は下を凸にして曲がります。このとき、板の上側と下側とでは力のかかり具合が違います。
板が薄くても厚さがある以上、板の上側は曲がりの内側、板の下側は曲がりの外側になります。陸上のトラックのインコースとアウトコースと同じように、このとき内側ほど距離が短く、外側ほど距離が長くなっています。
もともと板はまっすぐだったので、上側も下側も同じ長さでした。それが短くなったり長くなったりしているということは、曲がることで上側は押しつぶされ、下側は引っ張られているということです。
板が折れるかどうかを知るには、この押しつぶす力と引っ張る力の大きさを知らなくてはなりません。しかし、それを知るには情報が足りません。
そこで出てくるのが平面保持の仮定です。「押しつぶされ具合や引っ張られ具合というのは板の中でまっすぐに分布している」、と考えることにするのです。まっすぐ=平面ということです。
このように仮に決めてやると、板の厚み方向の力の分布が決まります。上側が1の力でつぶされ、下側が1の力で引っ張られているとすると、板の厚みのちょうど真ん中部分はつぶされも引っ張られもしない、力がゼロの部分となります。上から厚みの1/4だけ内側の位置では0.5の力でつぶされていることもわかります。
長方形から台形
もう少し力学っぽく説明してみましょう。
細長い棒を考えてみます。この棒を千切りにして薄いパーツに分けるとどうなるでしょうか。
棒を横から見ると千切りにした縦の線の跡がいくつもあるはずです。そして薄いパーツの一つ一つは縦長の長方形に見えるでしょう。そしてこの切り口は「平面」になっています。
では棒を曲げてみましょう。本当に千切りにしてしまうと棒は曲がる前にバラバラになってしまいますので、それぞれのパーツはちゃんとくっついていることとします。
先ほどの板の例でも見た通り、棒の上側はつぶされ、下側は引っ張られます。このとき、各パーツも同様に上がつぶされ、下が引っ張られます。
すると、長方形の上の辺は短く、下の辺は長くなります。その両辺を結ぶ縦の二辺は「平面」であり、そしてそれを「保持」することにしたので、まっすぐなままです。その結果、もともとの薄いパーツは長方形から台形へと形を変えます。
長方形を台形に変えるために必要な力の大きさは棒の形(断面)と材料から計算できます。そして棒の各部にかかる曲げる力も計算できます。
その両者がわかることで「どのくらい曲がるのか」という曲げによる変形が求められます。
建物の全体曲げ変形
細い材がどのくらい曲がるのかというのはシンプルな分、いろいろな分野で利用できます。一方、建築の世界でしか基本的に使用しない計算にも平面保持の仮定は使われています。それが「建物の全体曲げ変形」です。
建物も大きな目で見れば地面から突き出て巨大な棒だと考えられます。低層の建物だとイメージしづらいですが、超高層ビルをイメージすればわかりやすいでしょう。
建物の変形には、建物が全体的にグッと曲がる「曲げ変形」と、各部がズレる「せん断変形」とがあります。しかし、建物は複数の部材が組み合わさった複雑な構造体なので、簡単に「曲げ」と「せん断」とに分離することはできません。
そこで出てくるのがやはり「平面保持の仮定」です。
板の例でわかるように、モノが曲がると内側にある材はつぶされ、外側にある材は引っ張られます。建物が曲がる場合は、柱が縮んだり伸びたりすることになります。
建物はただの板と違って複雑なので、柱の伸び具合は条件によっていろいろ変わります。しかしあまり複雑に考えてもそれほど精度はあがらないので、いっそのこと伸び縮みの関係もまっすぐ(=平面)でいいじゃないかと仮定してしまいます。
これにより簡単に「曲げ」による変形分と「せん断」による変形分とに分離することができます。「曲げ」と「せん断」とで特性が違うため、建物の変形を制御するには分離して考えるのは不可欠です。
仮定と実際
「仮定」という言葉が付いていることからも分かる通り、実際には平面ではありません。あくまでも「そう考えた」というだけです。
そう考えてよいのは、そう考えても計算結果にほとんど影響がないからです。影響がある範囲ではそう考えてはいけないのです。
「部材の曲げ変形」では「細い材」限定の考え方です。別の言い方をすると「曲がりやすい材」限定ということです。太い材を考えると無理があります。
「建物の全体曲げ変形」では「本当に平面を保持すると仮定していいんだっけ?」と思うほどです。非常にシンプルな建物でも「そんなに平面じゃないけど」という印象を受けます。特に壁が多かったり、柱の間隔がばらばらだったりするとその差が顕著になります。
「仮定」を使う以上は、その適用範囲を意識しなければなりません。