住宅を建てる際、地盤の良し悪しを気にする人も多いです。
硬い地盤であればそのまま建物を建てることができますが、軟弱な地盤であれば地盤改良や杭打ちが必要となることもあります。当然それには費用がかかりますので、その分だけ建物にかけられる費用が少なくなってしまいます。
また、地盤によって地震時の揺れ方が変わります。同じような建物であっても地盤が違えば、一方は倒れ、もう一方は無傷ということもあり得ます。
この「地盤と建物の揺れの関係」に関する有名な話として以下のようなものがあります。
関東地震では、地盤が悪い下町ではゆっくり揺れやすい木造住宅の被害が大きく、地盤の良い山の手では小刻みに揺れやすい土蔵の被害が大きい
要は、地盤の揺れ方(悪い:ゆっくり、良い:小刻み)と建物の揺れ方(住宅:ゆっくり、土蔵:小刻み)が一致すると被害が大きくなりやすいということです。この揺れ方が一致する現象を「共振」といい、共振を避けるのは設計の基本でもあります。
「そうか、やっぱり共振は怖いな」と思われたでしょうか。あるいは「あれ、本当にそうか?」と思われたでしょうか。
この話の出所を調べた論文を見つけましたので、それに沿って考察してみます。
この話の根拠
1935年の斎田時太郎の『耐震及び耐風家屋』がこの話のもとになっているようです。関東地震はその12年前の1923年ですから、かなり時間が経ってから出てきた話ということになります。
ただ、使用しているデータ自体は地震直後にまとめられたものです。このデータから土蔵と木造住宅の被害率を地盤の良し悪しに合わせて並べてみると、確かに地盤の良い山の手では土蔵の被害が多く、木造住宅はあまり被害を受けていません。また、地盤の悪い下町では木造住宅の被害が多く、土蔵はほとんど被害を受けていません。
被害の分布が山の手と下町とで見事に逆転しており、「なるほど、やはり地盤と建物の揺れ方が一致すると被害が大きくなるんだな」という印象を受けます。
この話の疑問点
しかし、論文ではこの結果に疑問があるとしています。
カウントミス?
関東地震は死者10万人以上という、とんでもない数の人的被害を出しています。そして、その大半は火災によるものであることが知られています。
下町では木造住宅の90%以上が燃えて無くなってしまっているところもあります。燃えやすい木造住宅が密集していたため被害が拡大しました。
それに対し、土蔵は中にあるものを火から守るよう作られています。そのため火災による被害を受ける可能性は木造住宅よりもずっと低いと考えられます。
しかし、それにもかかわらず、下町でも地震後に土蔵の数が90%以上減少している地区が多数あります。「下町では地震による土蔵の被害は少ない」ということと整合がつきません。
地震で壊れた後に内部が燃えてしまったものもすべて火災のせいにしてしまっている可能性があります。
安政江戸地震
関東地震の68年前、1855年にも大きな地震が起こっています。こちらも詳しい被害状況のデータが残されています。
このときは火災による被害が少ないため、建物被害の大半は地震によるものだと考えらえます。関東地震のような「火災と地震のどちらが原因かわからない」という状況ではないということです。
そして、こちらのデータからは木造住宅であれ土蔵であれ、明らかに山の手よりも下町で被害が大きいという傾向が見えます。関東地震での結果とは一致しません。
地震による揺れと建物被害について
関東地震の被害状況について、そのままデータを鵜呑みにするわけにはいかなさそうです。ここからは上記を踏まえた考察を行います。
共振では倒れない?
地盤の揺れ方と建物の揺れ方が一致すると、揺れが増幅して建物に伝わってしまいます。
しかし、共振したからといって建物が倒れるとは限りません。揺れが増幅し続けることもありません。
なぜなら、建物の揺れが大きくなってくると、建物の揺れ方の特性が変化するからです。
通常、建物は変形すればするほど柔らかくなります。コンクリート建物であればひび割れや鉄筋の軟化、木造住宅であれば木のめり込みや釘の抜け出しのためです。
建物は柔らかくなるにつれてゆっくり揺れるようになります。揺れ方が変わってしまえば共振は起こらなくなります。
「じゃあ共振しても大丈夫なのか」というと、そうでもありません。建物が柔らかくなるということは建物が損傷しているということでもあります。また、柔らかいと変形しやすいため、共振に関係なく倒れてしまうこともあります。
やはり共振するよりは共振しないほうがいいのです。
エネルギーが大事
マグニチュードや震度、あるいは加速度や速度のように、地震の強さを表す指標はいろいろあります。どれも大事な指標ではありますが、構造設計者は「速度」に最も注目します。
なぜ速度かというと、地震の持っているエネルギーの大きさがわかるからです。そして、建物が倒れるかどうかはエネルギーの大小が大きく関わってきます。
カタカタと小刻みに揺れる地震は、加速度は大きいですが、すぐに揺れの向きが変わるので速度はあまり大きくなりません。もう少しゆっくりとした、1秒から2秒程度の周期で揺れる地震が危険です。
そして軟弱地盤では、この1秒から2秒程度の周期の揺れを増幅してしまいます。建物の揺れ方に関わらず、被害が大きくなる傾向にあります。
とりあえずの結論
「共振」の観点からすると、“この話”にあるように「地盤の良い山の手で小刻みに揺れる土蔵の被害が出やすい」という可能性はあります。
「エネルギー」の観点からすると、「地盤の悪い下町でゆっくり揺れる木造住宅の被害が大きい」というのは間違いありません。ただ、下町にある土蔵の被害がそんなに小さくなるとは思えません。
ということで、地盤と建物の相性によって被害の大小は変化しますが、少なくとも軟弱地盤に建物を建てるなら硬くしておいたほうがいいでしょう。
参考文献
武村:1923年関東地震による旧東京市内での各種構造物の被害と震度、日本建築学会構造系論文集、第577号、p.153-159、2004.3