タワーマンションの耐震性について、疑問を持たれている方が多くいます。
首都圏や関西圏の超高層ビルに大きな揺れをもたらした東日本大震災の影響が大きいのだと思います。
すでにタワーマンションの「地震時の揺れ方」、「制振と免震の優劣」については記事を書きました。過度に不安を煽る極端な意見や、間違った意見が多いと感じたからです。
今回はタワーマンションの安全性の検証方法の説明を交えながら、本当の耐震性について考えてみたいと思います。
なお、停電時のエレベータの運行、断水時の水の確保、揺れによる家具の転倒、そういった構造体の強さと直接関係のない項目には触れません。
タワーマンションの安全性検証における大前提
大きなビルであれ小さな住宅であれ、建物が倒壊してしまえば人命に関わります。そうならないよう、我々構造設計者は仕事に励んでいます。
しかし、より影響が大きいのは高層ビルのような多数の人が使用する建物です。住宅や小規模な建物は周囲に及ぼす影響が相対的に小さくなります。
構造設計者はそれほどたくさんいるわけではありません。建築士の中でも限られた人間だけが構造設計に携わっています。
全ての建物に同じだけ時間を費やせるわけではありません。そのため、建物の規模に応じて採用できる検証方法が違うのです。
ご存知の方もいるかと思いますが、木造の住宅であればほとんど構造計算は行われていません。「壁量計算」という簡易な検証のみ行われています。
鉄骨や鉄筋コンクリートのビルであっても、規模の大小によって計算方法が変わります。規模が小さければ簡易な計算でよく、構造設計者の負担は軽くなります。
タワーマンションのような「高さが60mを超える」超高層建物では、最も高度な検証が要求されます。役所の認定ではなく、国土交通大臣の認定が必要になります。
大臣の認定を得るには、大学教授をはじめとした構造の専門家の審査をパスしなくてはなりません。建物高さ60m以下とそれ以上とでは、審査のレベルが全く違うのです。
個々のタワーマンションによって、耐震性はそれぞれです。ただ、少なくとも全ての建物で厳しい審査を通過しています。
タワーマンションの安全性を論じるなら、まずその大前提を知っておきましょう。
設計時に想定する地震
1995年の兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)、2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)、2016年の熊本地震(震度7が2回)、記憶に残る大きな地震が過去に何度も起こっています。
建物の設計を行う際、どのような地震が考慮されているのでしょうか。
高さ60m以下の建物
実は一般的な建物の場合、具体的な地震一つ一つは関係ありません。中地震(震度5強程度)か大地震(震度6強程度)か、それだけです。
地震は「揺れの強さ」だけでなく「揺れ方」も重要です。カタカタ、グラグラ、ユラユラ、表現は色々ですが、揺れ方の違いによって建物への影響も違います。
しかし、その違いを検証するのは大変です。高度な計算が必要になり、構造設計者だからと言って誰でもできるわけではありません。
そこで、「このくらいの力に耐えられればあまり問題無いだろう」と一律同じ地震の力を想定します。地域ごとに大小を調整する係数はありますが、揺れ方の違いを考慮したものではありません。
観測波
地震によって生じた各地の揺れを「地震波」と言います。タワーマンションのような超高層ビルでは、色々な地震波に対する検証を行います。
一番わかりやすいのは、過去に観測された地震波である「観測波」です。日本に限らず、海外で観測されたものもあります。古いものは1940年に観測されています。
観測された地震波の大きさはバラバラなので、係数を乗じて大きさを規準化して使用します。大地震の記録というのはそれほど多くはないので、2倍以上割り増して使用するものが大半です。
各地震波はそれぞれ特徴を持っています。高い建物を強く揺らすものもあれば、比較的低層の建物を強く揺らすものもあります。
複数の地震波を用いて検証を行うことで、いろいろな特性の揺れに対する安全性を確認することができます。
告示波
あるルールに従って人工的に作成した地震波を「告示波」と言います。法律(告示)に作成方法が記載されており、特徴が無いのが特徴、という変わった地震波です。
前述のように、実際に観測された地震というのは特徴があります。そのため、「ある建物は大きく揺れるが、ある建物はあまり揺れない」といったことが起こります。
いくら複数の観測波に対して検証を行っても、たまたま全ての地震波に対して揺れにくい建物である可能性もあるわけです。これでは十分な検証ができたとは言えません。
そこで特徴を持たない告示波の出番となるわけです。どんな建物であれ平均的に揺すられるので、観測波に対してあまり揺れなかった建物でもそれなりに揺れます。
観測波に加えて告示波に対しても検証を行うことで、どんな地震に対しても穴の無い建物が設計できるわけです。
サイト波
過去に観測された地震波である「観測波」と、特徴のない人工的な地震波である「告示波」について説明しました。
そして最後にもう一つ、重要な地震波があります。
建物が建つ位置(サイト)で実際に起こりそうな地震波である「サイト波」です。周辺の地盤や断層をモデル化し、人工的に作成します。
近くに断層があるのかないのか、過去にどんな地震が起こっているのか、こうした個別の条件が反映されます。観測波や告示波はどの建物でも共通のものを使用しますが、サイト波だけはその建物固有のものになります。
これら3種類の地震波により詳細な検証が行われています。揺れの強さだけを法律で決めるだけの一般的な建物よりも、精確に地震の力を見積もることができます。
建物の変形
建築基準法では壁紙や窓、外壁などに損傷がでないよう、中地震に対して建物の変形の上限値が規定されています。
中地震に対しては、建物の階高の1/200(=0.5%)までに変形を抑えなくてはなりません。もし階高が4mなら、その階の変形は2cm以下にならなくてはいけないということです。
では大地震に対してはどうでしょうか。
実は、高さ60m以下の建物には大地震時の変形に対する規定がありません。倒れないのであれば、どこまで変形しても構わないのです。
人命の保護が最優先事項ですので、窓が割れようが壁紙が破れようが関係ありません。建物にダメージが残ることになりますが、倒壊さえしなければ第一目標の人命は守られます。
しかし、熊本地震のように2回強い揺れが生じるとそうはいきません。1回目の揺れで元々有していた耐震性が損なわれているので、2回目の揺れで倒壊する危険性が高まります。
それに対し高さ60mを超える超高層建物では、大地震に対しても変形の規定があります。法律に記載されているわけではありませんが、前述の審査の際に建物の階高の1/100(=1%)以下の変形であることを要求されます。
建物が倒壊するまでどのくらい変形できるか、これはなかなか難しい問題です。計算ではあまり精度よく求めることはできないので、実験するしかありません。
ただ、少なくとも1/100程度の変形で倒壊するということは考えにくいです。最大で1/100以下の変形であれば、地震後に建物に残る変形もそれほど大きくはないでしょう。
大地震に対しても変形に制限を設けることで、耐震性能の低下を抑えることができます。2回目以降の揺れに対しても比較的安全性が保たれていると言えます。
タワーマンションの余裕度
地震の力を精確に見積もることができるのは構造設計上重要なことです。「思ったより4階に作用する地震の力が大きかった」というような事態を避けられます。
ただ、地震の力がわかっただけでは十分ではありません。その力に対してどれだけ余裕度を持たせているかが建物の耐震性に関わってきます。
高さが60m以下の建物では想定した地震の力に耐えられればよく、それ以上の性能は求められません。ギリギリでも構わないのです。
高さが60mを超える超高層建物では、もともと変形の制限がある分だけ余裕があります。では、実際にどのくらい余裕があるのでしょうか。
もちろん個々の建物によって違うのですが、タワーマンションのような高層の鉄筋コンクリート造の建物は大地震時に建物に作用するエネルギーの2倍までは倒壊しないように設計されています。これも法律ではないのですが、審査の時に求められます。
タワーマンションは強いのか
ここまでタワーマンションの安全性の検証方法を一般的な建物と比較しながら説明してきました。
厳しい審査、想定する地震、変形の制限、大地震に対する余裕度というように、複数の項目に対して詳細な検証が行われています。多少揺れたからと言って、そう簡単に倒れてしまうような建物ではありません。
「タワーマンションってかなり安全なのかな」と思っていただけたのではないでしょうか。
ただ、どうしても言っておかなければならないことがあります。それは「あくまでも計算上の話である」ということです。
実際にタワーマンションが倒壊したことはありません。どの検証も「おそらくこうなる」ということに過ぎません。
いろいろな研究が現在進行形で行われており、検証の精度は高められています。過去の地震でタワーマンションがどう揺れたか、解析により再現することも可能です。
しかし、実際に倒壊事例がたくさんある低層の建物とは違います。推測の域を出ない部分もあります。
個人的にはタワーマンションは非常に強いと思います。ただ、それが真に正しいと証明されたとは言えないでしょう。
歯切れが悪くて申し訳ないのですが、それが耐震工学の現状だと思います。