タワーマンションが乱立し、タワーマンションであるというだけでは市場で埋没してしまいます。新たな付加価値を持ったタワーマンションが求められています。
□■□疑問■□■
大林組の独自技術、DFS(Dual Frame System:デュアル・フレーム・システム)を採用したマンションの性能はどうでしょうか。
□■□回答■□■
数ある制振システムの中で、最もエネルギー吸収効率が高いと考えられます。通常の耐震マンションや制振マンションと比べて高い性能を有しています。特に東北地方太平洋沖地震のような長時間続く揺れや、地震後の揺れの収束を早めることに効果を発揮するでしょう。立地、間取り、価格に満足しているのなら、買いだと思います。
東北地方太平洋沖地震でのタワーマンションの揺れ
東北地方太平洋沖地震では、震源から遠く離れた首都圏および関西圏に建つ超高層建物にも大きな影響が出ました。免震建物は想定した通りの性能を発揮しましたが、制振建物の揺れは耐震建物と大差ないものとなりました。
免震の評価は高まり、大手デベロッパーが新築するタワーマンションは「耐震・制振」から「免震」へとシフトしました。とはいえ、全てのマンションで免震が採用できるとは限りません。免震建物とするには敷地条件や建物形状が重要になってきます。ちなみに地盤条件はあまり関係がありません。
免震が採用できない場合、制振が採用されることになりますが、名ばかりの「制振」ではなく、本当に効果のある「制振」が求められています。
鉄筋コンクリート造マンションの「制振」が難しい理由
マンションは防音や風揺れ対策のため、そのほとんどが鉄筋コンクリート造です。鉄筋コンクリートの比重は2.4で鉄の1/3以下ですが、鉄骨造と違い部材が大きく密実なため重量が非常に大きい建物です。また、鉄骨造に比べ柱や梁が太く短くなるため、硬さも大きくなります。
鉄筋コンクリート造は硬くて重い構造と言うことができます。使用者が一日中リラックスして過ごすマンションという用途上、これは大きな利点になります。しかし、地震時の建物の揺れを抑えるという視点からは不利になります。
重いものほど揺れを止めるために大きなエネルギーが必要なことは、すぐに理解できると思います。硬いものについて少し説明します。
柔らかいバネと硬いバネを同じだけ変形させた場合、バネがため込むエネルギーは硬さに比例します。そして、このため込んだエネルギーを放出することで振動が起こります。つまり、同じ変形をした場合、硬いバネほど振動のエネルギーが大きくなります。
鉄筋コンクリート造は「重さ」も「硬さ」も大きいため、振動する際のエネルギーが大きくなります。したがって、揺れを止めるために必要なエネルギーも大きくなるのです。
DFSとは
連結制振の合理的な適用
大林組の独自技術であるDFSは2007年に開発されました。このシステムは一般的に「連結制振」と呼ばれる技術です。この考え方自体は古くからあり、取り立てて目新しいものではありません。しかし、これを「実際の建物にうまく組み込んだ」ということが素晴らしいのです。
高層マンションでは、通常「ロ」の字型の住戸配置を行います。平べったいと高層化が難しいため正方形に近い平面形状となりますが、各住戸の採光を考慮すると自然とロの字になるのです。ロの字にして空いた真ん中を遊ばせておくのはもったいないので、大体は機械式駐車場(タワーパーキング)が入ります。
DFSではこの空間をうまく利用しています。まず、ロの字の真ん中に来るタワーパーキングを厚い鉄筋コンクリートの壁で覆うことで、非常に硬くて強い構造体を造ります。そして、この硬くて強い構造体と外周の住戸部分とをダンパー(振動のエネルギーを吸収する装置)で接続しています。
ダンパーの有効利用
基本的に、制振効果はダンパーの台数とダンパーがどれだけ変形するかにかかっています。通常は上の階と下の階を繋ぐように設置しますので、1層分の変形(大地震時で3cm程度)にしか作用しません。
この大林組のDFSでは上下階の変形差ではなく、硬くて強い構造体と外周の住戸部分の変形差に作用します。駐車場を囲う壁は硬さの割に重量が小さいため、ほとんど変形しません。住戸部分は普通の建物のため、ダンパーが無い状態であれば大きく揺れます。そのため、ダンパーに生じる変形が通常の制振建物の10倍以上、数十cmというオーダーになります。
制振用のダンパーはせいぜい±10cm程度しか変形追従できないため、免震用のダンパーを使用しているようです。免震用のダンパーでは一般的に±100cmまで対応可能です。5層置き程度に設置しているようなので、超高層マンションではかなりのダンパー台数になります。
「上の方ほど揺れるのだから、5層置きにして下の方にも設置するよりは上の方に集中して設置したほうがいいのでは」と思ったあなたは鋭いです。建物の全体変形(屋上の移動量)を最小化する場合は、それが最も効率がよいかもしれません。
ただ、建物は屋上部ではなく、各階の変形を小さくしなくてはなりません。上の方に集中し過ぎると、逆に下の方の階に悪影響が出ます。それを踏まえた「5層置き」でしょう。
また、駐車場を囲う壁が住戸部分と同じ高さまであるとは限りません。往々にしてタワーパーキングの方が小さいものです。ダンパーで繋げる高さはタワーパーキングの高さまでですので、住戸部分の最上部を直接ダンパーで抑えることはできません。
その場合、タワーパーキングの最上部にダンパーを集中させてしまうと、住戸部分のそれより上の部分が急ブレーキを掛けられたような状態になります。ダンパーを分散配置するよりも却って揺れを大きくしてしまう可能性が大きくなります。
DFSの適用件数
記事執筆時点(2018年5月)で優に10棟を超えています。超高層マンションの着工数や大林組の設計数を考慮すると如何に大林組が推している技術かがわかります。
また、第12回日本免震構造協会賞(2011年)の技術賞(奨励賞)を受賞しています。建築の世界では「ある建物1棟のためにすごい技術を開発した」ということはよくありますが、汎用性のある技術となると多くはありません。
真ん中にロの字の空間があることを利用した、超高層マンションに特化した技術ではありますが、大変素晴らしい着想だと思います。意匠設計、構造設計がうまく連携して開発を進めたのでしょう。
また、中央部の大きなコンクリートの塊を造成するにはそれなりのコストが掛かるはずです。いくら効果的な制振建物であっても、構造躯体の建設コストは通常の耐震建物よりも高いでしょう。
デベロッパーが技術に納得してお金を出したのか、大林組が技術の普及のために安売りしているのかは知りませんが、よい方向性だと思います。ただ単に高層のマンションをつくるだけであれば、多くのゼネコンができることです。独自技術の強化は今後より重要度を増すでしょう。
DFSの設計上の留意点を考察
設計の肝となるのは何と言っても中央のタワーパーキングを囲う壁でしょう。壁の硬さを確保することが、制振効果を高める第一歩です。
地上に出ている部分はタワーパーキングのサイズに合わせて概ね外形は決まるでしょう。厚さとコンクリート強度は、ダンパーの反力を処理できるようにするとともに、必要な硬さが確保できるよう設定します。
気になる点としては2点あります。
壁の基礎
非常に大きな壁が地上部に立ち上がることになります。それと同等以上の基礎が無いと、この壁を支えるには硬さが不足します。通常の基礎梁程度では簡単に曲がってしまい、とてもこの壁を支えられないでしょう。
地下がある建物ではあれば若干対応しやすいと思われます。それでも、地下3層くらいを利用して、周囲の壁と一体化しながら地面へ力を伝達できるようにしているでしょう。地下の設計が意匠、構造ともに大変そうです。
地下が無い場合はさらに大変そうです。この壁のためだけに巨大な基礎を造るか、地上部分の構造も利用するかしかなさそうです。巨大な基礎はコストアップに直結ですし、地上部分を利用するとなると低層部何層かで力の伝達をする必要があります。地上部のプランニングにかなり影響が出そうです。
壁の45°方向加力
四角い棒を辺に直角(90°)、または平行(0°)に押した場合と、対角線上(45°)に押した場合とでは同じ硬さになります。ただし、強さは70%程度になります(=1/√2)。これがこの壁にも言えます。
コンクリートはどうしてもひび割れが出てしまう材料です。引っ張る力に弱いコンクリートを鉄筋により補強していますが、ひび割れによる硬さの低下は完全には防げません。ダンパーを支える土台となる部分が緩んでしまっては、折角の制振が台無しです。
壁の重量やダンパーの反力から推察するに、壁の負担する力を「壁にひび割れが入らない程度」に抑えるにはかなりの壁厚が必要になります。これが45°方向となるとさらに厳しくなります。
ある程度のひび割れは許容しているのか、あるいは土台としてひび割れの一つも許さないのか、興味があるところです。
免震との併用:DFSハイブリッド
元々DFSは超高層マンション用の「制振」技術ですが、「免震」とも非常に相性のよい技術です。建物の棟間の変形差を利用してエネルギーを吸収するわけですが、住戸部分を免震にすることで変形差がより大きくなるためです。
中央区の超高層マンション「パークタワー晴海」にはこのDFSと免震を組み合わせた「DFSハイブリッド」が初めて適用されました。はっきり言いますが、構造に関して言えば最高レベルの安全性でしょう。仮に超高層に住むならここにします。
ネット上で「結局中央の壁が折れてしまっては意味がない」というコメントを見たことがありますが、ナンセンスです。壁に取り付くダンパーからの力は上限がありますし、壁の自重によって生じる地震力は壁の耐力に比べて小さいです。あの壁が折れることはないでしょう。
いい技術を開発したなぁと思います。