バッコ博士の構造塾

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制振構造の限界は?効くほど効かなくなるダンパーのジレンマ

建物が揺れるエネルギーを吸収する装置「ダンパー」を設置した建物が「制振」です。免震でもダンパーを使用しますので、どちらに使用するダンパーなのか区別するために「制振ダンパー」と呼ぶこともあります。

制振・制震ダンパーの種類と特徴:構造設計者が効果を徹底比較

制振構造がよくわかる:アクティブ制振からパッシブ制振まで

 

□■□疑問■□■

制振ダンパーはどの程度まで建物の揺れを低減することができるでしょうか。

 

□■□回答■□■

優れた耐震の建物と比較した場合、最大で30%程度の低減が可能です。制振には性能の限界があり、ダンパーの量を多くしさえすれば性能が上がり続けるということはありません。免震のように揺れを劇的に低減することは難しいですが、地震後の建物の揺れが収まるのを早くしたり、台風などの強風時にも揺れを低減したりといった効果が期待されます。

 

 

制振ダンパーが効果を発揮するには

一口に制振ダンパーといっても材料から機構まで、いろいろなものがあります。ただ、全てのダンパーに共通して言えることとして、「変形しないとエネルギーを吸収しない」ということです。

 

建物が地震によって揺すられたときにズレが生じるところに設置することでダンパーが変形し、エネルギーを吸収し始めます。基本的には「ダンパーを変形させるのに必要な力×ダンパーが変形した量」が大きければ大きいほどダンパーが頑張っている、効果を発揮しているということになります。

 

ということは、「建物の中でズレが最も大きい場所にダンパーを設置してあげれば一番効果があるのでは」と思ったアナタ、正解です。制振においてはそれが全てと言っても過言ではありません。いかに効率よくダンパーを配置するかということが構造設計者の至上命題です。

 

もちろん、ダンパーの効きだけを優先して配置はできません。「ここは玄関です」と言われればダンパーなど設置できるわけもありません。そこは腕の見せ所です。「あえてズレが大きいところをつくる」という行為もあり得ます。

 

制振ダンパー設置の果てに

ダンパーをなぜ設置するかといえば、揺れを止めたいからです。ズレが大きいところに設置したダンパーが効果を発揮することで、その部分のズレが小さくなるとともに、建物全体の揺れの程度も小さくなっていきます。

 

「やった、制振が効果を発揮したぞ」とは言えるのですが、ここでダンパーがどういうときに効果を発揮するか思い出してみましょう。そう、「ダンパーが変形したとき」です。ダンパーを変形させたくてズレが大きいところを探したはずなのに、ダンパーを設置することでそのズレが小さくなってしまうのです。

 

揺れれば揺れるほど効果があるのに、効果を発揮すればするほど揺れは小さくなっていく、そんな矛盾した存在が制振ダンパーなのです。消防士等の救命や防災を仕事としている人の究極の目標は「自分がいなくても誰も困らない社会になること」なわけですが、制振ダンパーにもそれに似た悲哀があります。

 

免震では、いろいろな設計上の制約をクリアできれば、ある意味いくらでも揺れを低減することができます。しかし制振ではこの矛盾した特性のため、性能の頭打ちが起こります。常識的な範囲であれば、耐震の建物に比べ30%程度揺れを低減するのが限界です。実際の設計において、揺れを30%も低減できればものすごい効果ではあるのですが、物足りなさを感じるのもわかります。

 

最大値だけが指標じゃない

建物の解析を行う際、建物が持つ「減衰」を設定します。ヒモで吊るしたオモリであれ、ブランコであれ、コマであれ、動いているものは放っておくといつか止まります。周囲との摩擦やその他諸々によりエネルギーが逃げていくからです。ではどのくらいの時間で止まるの、ということを表すのがこの減衰です。

建物の減衰とは何か:減衰係数と減衰定数の違いと各種減衰の紹介

 

普通の建物では減衰が1~5%程度あると言われています。鉄骨の建物では2%、コンクリートの建物では3%と仮定することが多いです。この値が大きいほど揺れがすぐに収まります。

 

制振ダンパーを設置するということは、この減衰を大きくするということです。建物にもよりますが、減衰を数%から十数%追加することが可能です。建物だけでは減衰が2%や3%と小さいため、元の数倍まで大きくなる場合もあります。

 

すると、建物の揺れが収まるスピードが劇的に早くなります。地震が収まった後建物の揺れもすぐに収まる、台風が来てもほとんど揺れさせない、という効果があります。

 

揺れの最大値としては30%程度の低減でしたが、制振には建物の居住者、使用者の「安心感」を高める効果があります。

 

そういった違う視点から制振を見てもらえると、制振もきっとうれしいでしょう。